...
なんで、そんな男のためにっ
懸命にレオの腕を引く。
レオが、
傷つく必要なんてない。
レオを傷つける父親のために、
ぼくたちを掻き乱す男のために、
もう、
もう、じぶんを傷つけないでほしい。
これ以上、レオが傷ついて、小山先生はっ、
ピクリ、レオの肩が揺れる。
小山先生は、そのあと、どうしたら、いいんだよっ、
じぶんなんてどうでもいい。
そう思っていた、ぼくも。
けど違った。
手が傷ついただけで、
女の子を泣かせた。
ましてや、
背中の傷を見て、
きっとお母さんは泣いたに違いない。
また負うに違いない
見える傷を、
見えない傷を見て、
きっと小山先生は泣くに違いない。
ぼくのせいでって、
泣くに、違いない。
そしたらっ、
レオはゆっくり、前を見据えたまま、ポツリ、漏らした。まだ大人になれない、掠れた声で。
「べつに?」
…え?
べつ、に?
『家族、いねぇの?』
カイトさんのはなしが頭の端をよぎる。
カゾク、いないの?
レオが守った、
身体を張って守った、
カゾクは、
どこにいったの?
ねぇ、まさか、
『そういう子、多いよね、』
まさか、
迎えにこなかった、の?
愕然とする。
鑑別所の門の外、
ひとり佇む少年を見た、
気がした。
凶悪な目つきで、
まっすぐ、前を見据えて。
与えて、
与えて、
その手に、
なにも残らない。
守ったはずのものが、
愛したはずのものが、
鵠沼海岸の砂みたい、
指のあいだから、
溢れてゆく。
べつに、なんて、ない。
なんでもないフリをして、
その実、負った傷が深すぎて
気持ちが麻痺してるじゃないか。
べつに、なんて、あるはずない。
そんなのは、ない。
「……っ!」
あまりの衝撃にぼくが怯んだ隙を突いて、腕をふり払いレオが弾かれた弾丸のように飛びだす。
手には、きっとあの日から大切に隠し歩いてきた、小さなナイフ。
ダメだ、レオ!
べつに、なんてない、
守り抜いたものに、
捨てられて、
傷ついて、
また傷つこうとして、
おかしい、
おかしい、
なんで、
なんでっ
レオだけがっ
傷つくんだよっ!
熱い塊が発作みたいに喉に迫り上がって圧迫する。
男がレオと、その手に鋭く光る物を認めて驚愕に目を見開く。
「お前、お前、あの、横浜市のっ」
「レオ! よせ!」
平井巡査の制止も聞かない。
「とまれ! レオ!」
天さんが飛びだす。
「…オ、」
お前がそれでもいいとして、
「レ…っ、」
オレが、そんなのは、
「ダメだっ! レオッ!」
許せねーんだよっ!
喉が焼けたみたいなぼくの声に、飛びだしたレオの足が一瞬、緩む。
けど、一度飛びだした弾丸はとまらない。
ドンッ
鈍い音。
「……っ!」
すばやく男の前に回り込んだ小山先生が、レオを抱きとめていた。
小さな身体で。
レオの背中と頭に腕を回して、胸に抱き込むように。
小山先生の踏ん張る足元に、
音を立てて、小さなナイフが転がった。
かわいい花柄の、黄色い柄のついた、果物ナイフだった。
「ありがとう」
小山先生の優しい声。
あの日、寮に来た日に聞いたのと同じ。
「もう、十分だよ?」
レオは、微動だにしない。
小山先生に抱きとめられたまま。
きっと、ほんの数秒だったのかもしれない。
どのくらい経ったか、やがてゆっくり、小さく、ほんとうに小さく、レオは頷いた。
次の日、レオの面談日。
レオの家族はだれも、来なかった。
来たのは、鑑別所をでてから入所していたらしい児童相談所の職員がひとり。その人がレオの『保護者』だった。
面談が終わりひろみ先生と一緒に職員さんを見送りにでてきたレオを、ぼくたちは学校の正門で待っていた。
海にでる支度をして。
小さな軽自動車を見送ったレオはこちらを向いて、その凶悪な目を少し、ほんとうに少しだけ、一瞬見開いた。
「おかえり」
小山先生がにっこり、笑う。
柔和を絵に描いたみたいな、笑顔で。
「海へ、いこうか」
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