...
三階にでたところで部屋からでてきたユウトと鉢合った。
「あ! 先輩!」
目に見えてあわてている。
なに、どうしたの?
「レオが、自販機にいくっていったまま、戻らなくて、いま上に見にいこうと思って。先輩、レオ、上にいましたか? もうご飯の時間なのに…。スマホがなくて…、ちょっと心配で、」
いない、いなかった。自動販売機コーナーにも。談話室にも、食堂にも。それに浴場はまだレオたちの時間じゃない。
…外にでた…?
「先輩?」
ユウト、それ、天さんに伝えてくれる?
「は、はい!」
ユウトの肩を掴むと、大きく頷いてくれる。
ネコ、ユウトと一緒に天さんのところいってくれる? ごめん、きょうは雪さんとお風呂、入れる?
「コータ?」
ネコが不安そうに瞳を揺らすのに、ハグをしてユウトと送りだす。
ぼくは階段を駆け降りると、寮をでてカイトさんのお店へ走った。
外はすでに闇が迫ってきていて、西の水平線に、夕焼けの残像だけが残されていた。
お店に走ると、もうカイトさんは自転車に跨ってまさに帰ろうというところだった。
「ありゃ、コータじゃん。どした? てか、お前、きょうは外歩くな。お兄さんが送ってやるよ」
ちが、そうじゃなくて、
レオが、ここに、きませんでしたか?
レオが、寮にいなくて…
「…もしかして、レオ?」
そう、そうです、レオが、寮にいなくて、
「こっちには来てないよ。ユウトと寮に戻したきり。…帰ってないの?」
一度帰ってきて、またでてったみたいで。
「ちょ、タカシ、なにやってんのぉ」
カイトさんが舌打ちする。ぼくはあわてて首を振った。
天さんにレオをどうする責任なんてないはずだ。むしろ井上先生の楽観主義に文句したい。小山先生を寮に引き留めておいてほしかった。
強くて優しくて生徒想いの先生だけど、剣道一筋、まっすぐ生きてきたぶん、まっすぐに人を信じすぎる。予算なんちゃらが終わって男は神奈川に帰ったって、そんなのそのまんま信じられない。
「…もしかして小山さんもいないとか?」
それはわからない。学校にいるのかも知れない。けど、井上先生は帰ったかもっていっていた。ぼくは曖昧に頷く。
カイトさんが駐車場の方へ目を走らす。
「…少し前、いやいや、もうちょっと前か。平井さんが駐車場の方へ降りていってたな。お巡りさん用バイクで」
「……っ、」
平井さん、てのは多々戸浜の平和を守る、下田駅前交番のお巡りさんだ。いつもはクーラーボックスをのっけた電動ママチャリに釣り道具を積んで巡回している。真っ黒に日焼けした坊主頭のおじいちゃん(もしかしたら、まだおじさんかも)で、日替わりで、あのお土産屋さんのアロハシャツを着ている。背が高くて細身なのにシャツから伸びた腕の筋肉が若者になんかに負けていなくて、漁師さんなんだと、ぼくは一昨日まで信じて疑わなかった。
その、平井巡査が、お巡りさん用のバイクで。
それは、事件だ。
そして、いまこの界隈での事件としたら、あのストーカーだ。
ぼくは握っていたスマートフォンで天さんにLINEを打とうとして、
「レオが、気になる?」
え?
思わず手がとまる。
「小山さんが、て、来なかった。レオが心配なんでしょ?」
それは、……小山先生はたぶん、大丈夫、な気がする。必要ならじぶんの身はじぶんで守る、気がする。それが教師て職業柄、いきすぎだったとしても。けど、レオは、
「優しいんだ。コータ。ぼくは知りません、みたいな顔してさ」
ぼくははっきり首を振った。はは、て、軽く笑われる。
「あんな、愛想のないガキに。かわいくないだろ? しゃべんないし」
たしかに、はなせば気の利いた返事が返ってきた、以前の学校の後輩たちとはまったく違う。
けど、かわいいとか、そんなのはもう、ぼくの中でたぶん、超えていた。そのくらいには、
あれ?
そのくらいには、
なんだ…?
「あ、来たきた。タカシパパが来たよ」
お役ごめん、て、調子でカイトさんはペダルに足をかけた。
「チビが待ってるからさ。あ、コータ。きょう、マジ残念だった」
「……?」
「コータと、入りたかった、海。次は一緒に入ろうな」
「見せてやるよ。多々戸の空の、色」
空、の、
「コータ!」
ぼくがことばを失っていると、天さんがお店の前に駆け込んできた。ハッ、と、意識を戻す。
あ、天さん、レオが見つからなくて…
「タカシ、なにやってんだよ」
「悪い、油断してた。寮に戻ってきたの見て安心してた」
「らしくない」
「…わかってる。コータ、海岸駐車場だ。ジュンから。小山先生が男に呼びだされたらしい、て」
なんで、天さんが謝るんだろう…?
「はるちゃん情報だ。きっとレオもそっちにいる」
「平井さんが、さっき向かったぜ。」
「カイトも、気づけよっ!」
天さんが舌打ちして走りだす。
天さんが謝るのが、
ぼくには理解できない。
レオのことなんて、
いや、
もうだれのことも、気になんて、
そう思うのに、ぼくは天さんのあとを追って駆けだしていた。
「いってらしゃい」
うしろで、カイトさんが小さく笑うのが、聞こえた。
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