...
「コータが来てくれて、よかった」
は、
「よし! きょうは、海で飯食うかぁ! ネコも待ってんだろ、あ! しまった! 雪も待たせてるんだった、やっべ! いくぞ、コータ、走れ!」
え、ぇぇぇぇえっ!
「レオも呼ぶか! ユウトがきっと弁当、用意してんだろ! はは! コータ、ほんと、おもしろいのな! はは!」
天さんが楽しそうに笑う。
だれかにも似たようなことをいわれた気がして、けど、空腹に邪魔されて思い出すには至らなかった。
時間は宵から夜にすっかり変わってしまっていて。
「おっせ! おっせーよ!」
お腹が空いたのと眠いのとで不貞腐れたネコはぼくの足に抱きついて離れない。
ちょ、転ぶ…歩けないから、ネコ…
「はは、ごめんな、ネコ」
だいぶへそを曲げている。天さんが頭をなでようとしても、完全スルーでぐりぐり頭をぼくのお腹に押しつけてくる。
「はは、ご機嫌ななめだ。なぁ、雪、」
「……、」
「あ、すみま、せん…?」
夜の海岸には、駐車場に泊まるキャンピングカー一台の灯りだけ。
ネコたちが下げてきたランタン四つと、キャンピングカーの灯りをおかりして。海岸駐車場の階段に座り、ゆらゆら揺れる灯りの中でお弁当を広げる。
ユウトのとなりにレオ。少し気まずそうに、でも、はじめてのピクニックにふたりとも嬉しそうだ。(なんといっても、寮母さんはお弁当をバスケットに入れてくれたのだ。ぼくだってこんなお洒落なディナーははじめてだ!)
天さんの腕の中に雪さん。天さんは雪さんの機嫌をとるのに必死だ。
「てか、レオのせいだから! ほら、謝れ、レオ!」
「……、す?」
「あ、ごめんなさい、ぼくが呼んじゃったからなんですっ」
「大人げない、天。大人のクセに」
「いや、待っててくれるとか思わなくてさぁ〜」
あれ、待たせてるとかいってたよね?
「まぁまぁ、パプリカ食っていいよ? な?」
「それ、天が食えないだけだし」
雪さんは意外に口が悪かった。
そして、ぼくの膝のあいだに、ネコ。
じぶんのニンジンやらパプリカやらはそっちのけで、容赦なくぼくのハンバーグにまで手を伸ばしてくる。
野菜も食べないと。
と、いいたいのを、けどきょうばかりは仕方がない。この時間まで夕飯を待っていてくれたわけなので。
ぼくのフライドポテトまで(おかげでぼくのきょうの夕飯はヴィーガンだ)平らげると、ネコはやっとご満悦な様子でぼくのお腹にふんぞりかえってきた。
悪い顔でぼくの膝に腕をまわして、斜め後ろでキャンプを楽しんでいる家族を見やる。
キャンプでは、夕飯を終えた家族がまったり、パパの爪弾く音楽を聴いているようだった。海に向けて開けたバックドアのデッキで、小学生の兄妹がカードゲームに興じている。
ネコが悪いドヤ顔を向けると、お兄ちゃんの方がそれに気がついた。カードを放りだしパパの膝の上に潜り込むと、負けないドヤ顔でネコを見返してくる。
うわっ、ちょっと、ネコっ!
そうゆうの、よくない!
無理やりネコの顔をこっちに向かせて覗き込むけど、ヒヒッ、なんて、まったく聞いてやしない。もみじ饅頭の手で、ぼくの顔を押しのけてくる。
パパは笑いながら、小さなギターみたいな楽器を抱えなおしてぼくに軽く挨拶をしてくれた。
ぼくもあわてて、頭を下げる。
ポロン
パパが優しく楽器を鳴らす。
どこかで聞いたことのある、優しい音だ。
どこだったかな。
パパが英語の歌を歌いだす。
少し掠れた、パパの声。
『How many roads must a man walk down
Before you call him a man?』
ネコが、
『Yes, and how many times must the cannon balls fly
Before they're forever banned?』
レオが、
『Yes, and how many years can some people exist
Before they're allowed to be free?』
月子さんが、
ユウトが、
ジュンが、
マナさんが、
雪さんが、
『Yes, and how many times must a man look up
Before he can see the sky?』
ぼくが、
おいてきたくて、
おいてこれなくて、
なお囚われているものがなにか、
とか
『Yes, and how many ears must one man have
Before he can hear people cry?』
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