...

 天さんが顔を覗き込むと、彼はフイ、と、視線を逸らして俯いてしまった。

 シャツにサーフトランクス、ビーチサンダルで、髪も潮に濡れたまま。スクールが終わってそのまま、小山先生が学校をでるのを待っていたのだろう。

 どうしても、逃したくなかったらしい。

 「あ〜、小山先生。どうしちゃいました? レオ」

「え〜と、」

 小山先生は困ったように相変わらずだんまりなレオを見ていたが、諦めたように、

「うちまで送る、て、いってくれて…麗央くん、ごめんね、でも、ほんとうに、大丈夫だから」


 え? 送っていくって、なに? レオ、


 思わず、目を見開く。天さんは小さくため息をつくと、レオに手を伸ばした。

「レオ、とりあえず手をはな、せ、…っと」

それを、レオが空いた方の手で、思い切りふり払ってくる。


 レオっ


「麗央くん!」

「レオ…?」


 レオの纏う空気が、一瞬で変わる。


 警戒している。


 天さんを、ぼくを。


 「なぁ、レオ…」

その様子に、天さんが目を見張る。

「……っ!」

凶悪な目をさらに凶悪に歪めるレオにもかまわず、その肩を掴む。


 「お前…、」


瞳の奥を見るようにして、無理やりレオの顔を覗き込む。


 「お前、なんか、見た…?」


 見た…?

 なにを?

 なにを…


 白い、プリウス。


 天さんとカイトさんの背中。


 「あの日…入学式の日…、」

 「え、」

 小山先生の顔から、サッ、と、血の気が引く。


 見たって、なに?

 入学式、て、なに?


 「なにか、見たのか?」

天さんがもう一度訊くのに、レオが顔を上げた。


 ……っ、


 その表情に、ぼくはことばを失った。


 ひどく、厳しい眼をしていた。


 幼い恋心だとか、

 逆にやましいことを考えているとか、

 異常な執着だとか、

 そんなものでは、なかった。


 なにか大きなことを、

 レオは隠している。


 その大きなことの故にどうしても、小山先生についてなきゃなんない。


 オレが、


 オレがっ、




 そういうこと?




 レオ、


 ぼくのいいたいことを読んだのか、レオはやっと、小山先生から手を離した。

 天さんも、小さく息をついてレオの肩を掴んでいた手を離す。

 と、レオは天さんとぼくを一瞥すると、踵を返して寮へ戻っていってしまった。


 きっと、ここで彼は引かないだろう。

 寮へ戻ったのは『フリ』でしかない。

 それ以上、なにか訊かれたりしないための…


 ぼくも天さんも、ただその小さな背中が坂を降りてゆくのを黙って、見ていた。




 「ごめんね。天くん、浩太くん…」

降りてきた闇の中で、小山先生は俯いてしまったいた。

「オレたちはなんも…、先生、掴まれたとこ、大丈夫ですか?」

 天さんがそう訊くのが、小山先生には聞こえていないようだった。

 「ごめんね。麗央くんにも…、」

いつもとは違う様子に、

 ゾクリ、

冷たい感覚が背中に走る。


 小山先生…?


 小山先生がゆっくり、顔を上げる。


 「もう、こんな心配は、」


 遠く、南風に騒ぎはじめた海を見据える。

 その瞳に、凍りつく。


 いつも柔らかく生徒を見守る瞳に、

 獰猛な火が灯る。


 「こんな、思いは、」


 グランブルーの瞳の奥に、

 冷光が揺れる。


 「させないから」




 小山先生がバス通りを挟んで向かい、果樹園の中の細い道へ消えていくのを見届ける。


 小山先生んち、近いのかな…


 バスにのるのかと思ったけどそうじゃないらしい。

「あ、あの細い道曲がったとこの、小さい一軒家」

天さんがスマートフォンになにか打ちながらサラリ、と、応える。


 そんなサラリと漏らしていいんですか⁉︎


「あ、レオには内緒な。あいつ、ほんとに押しかけそうだからな」


 いま、押しかけようとしてましたよね! てか、天さん、小山先生のうちを知ってるんですか⁉︎


「小山先生は心配ねぇよ? いま、三年が一人、小山先生んち張り込んでるから」

スマートフォンをしまって、そう、天さんが笑う。


 張り込む⁉︎ 三年生が!


「三年はみんな、小山先生んち、知ってるから」


 ちょ、小山先生の個人情報、生徒にダダ漏れですけど⁉︎


「先生、あんなだからさぁ、なにがあるかわかんないだろ?」


 はぁ、


 ぼくはついさっき目にした小山先生の表情を思い出し、素直に頷けない。

 波の上でもそうだった。

 あんな柔和のお手本みたいな笑顔をぼくたちには見せるのに、どこでスイッチが入るのか、文字通りの豹変ぶりだ。だれかが小山先生に変な気を起こすとして、『あの』小山先生なら簡単に、

 「変な気起こして下手に手ェだすヤツがいると、小山先生、わりと平気で返り討ちしちまうから」


 そうなんだ⁉︎

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