...

 どこにでもある、だれでものっている、どこにでも溶け込むその様が、ここではひどく不自然に見える。

 「レオ、」

「…、す」

カイトさんに呼ばれて、レオは渋々、けど鋭い一瞥を最後に投げて、駆けていく。

 「どうした?」

カイトさんが訊くのにレオは小さく首をふっているけど、

 ぼくも視線を戻そうとして、


 ……っ、


 レオのほかに、駐車場を警戒している二人がいることに気がついた。


 ユウトのママさんと談笑している天さんが、


 陸でレオのフォームをなおしているカイトさんが、


 ぼくにはわからない『なにか』からこの空間をガードするように、その威圧的な背中を駐車場に、向けていた。


 南からの風が、上がりはじめていた。




 「ぼく、お母さんの見送りにいってきます」

 ボードを片付けて着替えてしまうと、ユウトはそう、ちょっと寂しそうにママさんと寮からでかけていった。

 「帰ってこなかったりして」

ジュンがその様子を見守りながらポツリ、呟く。それもあり得る…。けど、それはそれでもいいのではないか、と、ぼくは思った。ユウトがそうしたいと思えるようになったのなら、ママさんのいる家から学校に通うのがきっと一番だ。そうじゃないだろうか。


 ただ、困るとすれば…


 きょうは小山先生と上がりたいとカイトさんにはなしているレオと、その様子を見守る天さんを見て、ぼくは小さくため息をついた。


 ユウトが寮に戻ってきたのはだいぶ経ってからで、もう夕食のはじまる時間ギリギリになってからだった。

 「先輩! 先輩っ!」

息を切らして食堂に転がり込んでくるユウトにぼくも天さんも目を丸くする。

 「ちょ、どうした? 飯ならこれからだぞ?」

「あの、レオくんが、ぼく、駅からバスで戻ってきて、そしたらバス通りにでるところで、」

「レオが? どうした?」

レオも、もう食堂に上がってくるはずの時間だ。

「小山先生ともめて、あ、違うのかな、えーと、レオくんがその、小山先生、困ってるみたいで、」

「ありがとう、わかった。」

 要領を得ないユウトの説明に、天さんはなにが起こっているのかすぐに理解ようだった。いや、むしろ、


 ズンッ


 黒いものがお腹に落ちる。


 こうなることを知っていた、そんな反応速度だ。


 「雪、ネコをよろしく。悪い、コータ、一緒に来れる? 男手が必要」

が、

「オレもいく!」

ネコが雪さんの腕の中で暴れてだした。

「悪い、ネコは留守番」

天さんの声は真剣だ。もう階段を降りようとしている。

 「オレもオトコだし! コータ!」

オトコだし、なんてなんの説得力にもならないような、いまにも泣きだしそうな声が追いかけてくる。

 ネコは、屋上の一件があってから独りになるのを前にも増して嫌がるようになっていた。


 またいなくなる。

 また、いなくなってしまう。


 仔猫みたいな大きな瞳に不安が映る。


 ネコ、


 ぼくはネコのもみじ饅頭を両手で包んだ。

 天さんも足をとめる。


 すぐ戻るから、


 お饅頭を包む手に力を込めて約束する。


 ぼくの夕食、お弁当にしといてもらえる? 食いっぱぐれたら、あしたまで生きていけない。


 ネコはまだ泣きそうな顔をしながら、

「し、しかたねぇな…おばちゃんに…おねがいして、やるよ」


 ありがとう、頼むね。


 頭をワシワシなでて、最後にハグをして、天さんのあとにつづいた。

 チラッとふり向くと、やっぱり泣きそうな顔で、それでも雪さんと小さく手をふってくれていた。


 「はは、コータ」

階段を駆け足で降りながら天さんが笑う。

「お前、上手くなったじゃん。コータパパ、はは!」

 こんなときなのに、天さんは機嫌がよさそうだった。




 海岸からバス通り(て、いっても片側一車線の細い道なんだけど)へでる坂を駆け上る。

 東の空からはもう暗闇が迫ってきていて、上がりはじめた風波と一緒にぼくたちを追いかけてくるようだ。

 不安に追われるように、天さんのあとを遅れずに懸命に走る。


 『総合高校入口』の信号から少し海岸側に坂を降りたところで、レオは小山先生を引き留めていた。

 「麗央くん、大丈夫だから。戻らないと、夕飯の時間終わっちゃうよ?」

そう、小山先生が宥めるのに、レオがなにか頑なに首をふっている。小山先生の腕を掴んで離さない。

 「あ、天くん、浩太くん、」

小山先生が、駆けつけたぼくたちに気がついた。

 ほんとうに困りきったような、焦ったような、困惑したような、複雑な表情だ。小山先生が生徒を相手にこんな顔をするのは珍しかった。

 「ちょ、レオ…、」

とりあえず上がった息を整える。

「つっかれたぁ…レオ? どうした?」

「……っ、」

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