...

 それは勉強も、生活も、(ユウトによれば禁煙にも励んでいるらしい)もちろん波乗りも。

 もうひとりで波を掴むことができるし、長いソフトボードは卒業して、ちょっと短めの、硬いボードで練習をはじめている。

 しかも、なんと、使わなくなったとかで、ショップから古いショートボードまでもらってきていた(古いといってもなにかのブランドのシールが貼られたり、ボトムに英語の句が手書きしてあったり、カッコいい。のれる人、ぽいやつだ)。

 なにがどうして、そんなふうに周りを睨みつけてばかりいるのか、とかは知らない。けどまじめな子なんだ、てことだけは、たしかだった。


 天さんは一番右奥の方で、ここのところずっと個人練習だ。その日も、駐車場から雪さんに動画を撮ってもらいながら、なにかぼくの知らない技を披露していた。


 「あ、悠人く〜ん!」

月子さんの面談がなくなったからか、ユウトは思いの外はやく浜へ降りてきた。

 しかも、

「うわぁ、そっくりじゃん」


 ほんとだっ!


 いや、似たのはユウトの方なんだけど。

 一目でユウトのお母さんだとわかるお母さんを連れて。

 ユウトがぽっちゃりちゃんなのはどうやら運動不足とかではないらしく、お母さんも小柄なぽっちゃりさんだった。


 「すみません…ママが…」

 ママさんはどうやら息子の様子を見たいようで、きっと、あの駅前のお土産屋さんで買ったに違いないレジャーシートを浜に敷き、白いレースの日傘をさしてニコニコと手をふっている。

 「ユウトくんのママ? え! そっくりだね!」

「なんか、かわいいお母さんだね!」

月子さんと冴子さんも楽しそうだ。

 「いいところ、見せなくっちゃね!」

小山先生にもハッパをかけられて、もうユウトは沸騰しそうに真っ赤になっている。


 かわいいな、ユウト。


 ママさんもやっぱりかわいらしいママさんで、休憩中にはぼくたちみんなに清川村の小さなお菓子を配っては、

「息子をよろしくお願いしますね」

て、手を握ってくれた。

 「恥ずかしいよ、ママ…っ」

ユウトはあわてていたけれど、ぼくたちはお菓子も握手もありがたく頂戴していた。

 だって、きっとみんな、こんなあったかいママの手なんて、久しぶりに触れるんだ。

 ぼくにしてみれば…もしかしたら、ネコ、レオや月子さんも…はじめてだ。

 手を繋ごうとすればいつもふり払われていたのを考えると、ママから手を差しだしてくれるなんて。甘えとかないともったいない。


 あったかくて、柔らかくて、けど子どもを育ててきた、はたらいてきた、厚くて強い感じ。不思議な感触だ。


 ネコに至っては、

「あら〜かわいいお友だちね!」

「先輩なんだよ、ママ…」

なんて抱きつかれて目を白黒させていたけど、満更でもないようだった。

 ぽっちゃり具合? が気に入ったのか、ユウトにはダサいだのなんだのいっていたクセに、慣れたころには図々しくじぶんから抱きつきにいっていた。

 「ぼくのママなんですけど」


 まぁまぁ、ちょっと、譲ってあげてよ。先輩だけど、まだ子どもだから。


 ユウトが口を尖らすのを、肩を軽く叩いて宥める。

 ユウトのママさんは天さんを顧問だと勘違いしていて、小山先生を友だちだと思い込んでいたけれど、だれもそれを訂正はしなかった。


 ユウトが海の上から、ふり返ってママさんに手をふる。

 ママさんも、浜から手をふり返して笑ってくれる。ニコニコ、嬉しそうに。


 息子の成長を、嬉しそうに。


 ユウトは波に巻かれたりしながらも

「ゴー、ゴー!」

二本テイクオフを決めて、

「うぇ〜ぃっ!」

ジュンや冴子さん、月子さんがシャカをつくって囃し立てる。


 ユウトが、みんなの真ん中にいる。


 「ママ、見てた? ぼくの…ママ?」

ママさんはなんども頷いていた。やっぱり白い、レースのハンカチでしきりに目を拭いながら。


 ママさんの白い日傘と、フワフワのワンピースと、赤いチェックのレジャーシートが、夏を控えた真っ青な下田の海と白い浜と、ひどく似合って、一枚の優しい絵、みたいだった。




 すべてが、

 夏の前、優しい陽の光の中にある。


 そんなふうに、思っていたのに。


 そんな優しい絵の中に、招かざる客がいることなんて、まったく思いもよらなくて。


 レオ?


 レオが、鋭い視線を駐車場の右端に向けているのに気づいたのは、練習が終わり寮へ戻る、て、頃だった。

 ただならぬ敵意が滲んでいて、思わず視線の先を追うけど。

 そこには数台停まっている車以外、なにも、ない。だれも、いない。いや…


 一台、他の車がバックを海に向けて停めているのに、フロントがこちらを向いている白の、プリウス。


 あの、車?

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