...

 DAY.1


 「毎日、午前授業でいいよな!」

面談週間中は午前授業だ。

 お昼のあとは当然のように海へでて、暖かくなったとからと、ジュンや冴子さん、三年生の何人かも海へでていた。


 きょうはたしか、ユウトと月子さんが面談で…、て、あれ?


 の、はずが、月子さんが冴子さんとウェットスーツで浜へ降りてきていた。

 ちゃんと、ラッシュの前を閉めてくれている。

「あ、がんばってね!」

冴子さんと身体をほぐしながら手をふってくれるけど、


 月子さん、面談じゃなかったっけ?


 そう、思って、いちいちじぶんがチェックしているみたいで思わず紅くなる。


 いや、実際、チェックしてるんですが…


 けど、月子さんは気にしたふうもなく、

「ママが、来たんだけどさ」

ぼくが足をとめたのを見て、そう笑った。

「顔を見たらイライラしちゃって」

ぼくは思わず、月子さんの腕に視線を走らせる。もちろん、ラッシュの袖に隠れて、見えることはないんだけど。

「でも、大丈夫だった」


 あ、


「大丈夫だったよ。思い出したよ、コータくんの声を」


 ぼくの、


「かわいい声?」

横から冴子さんがチャチャをだしてくる。

「それ! かわいい声! あはは!」


 あ、あれ?


「思い出したから、海へ来たよ。きょうは海に入ることにした」

月子さんは、いつもの天使みたいな笑顔で、そう海を望んだ。




 「ママは、おいてきた」




 そ、か。


 「うん。ありがとう」


 いや、


 「ありがとう。」

 月子さんが笑う。


 波の上にいるのと同じ。


 光を散らす

 眩しい笑顔。


 キュッ、と、

 日に焼けた頬の下に

 笑窪ができて。


 丸い目に、透明に光を透す

 海が映る。


 南から上がりはじめた風が、

 栗色に透ける髪をなでてゆく。


 あの夜、屋上で見た歪んだ笑みはきっと、月子さんのフリをしたなにかだったに違いない。


 ありがとう。


 ぼくも、思わず口元が緩む。

「はは! 笑った顔も、かわいいんだ!」


 え、あ〜…


 二人はキャラキャラ笑いながら、ボードを抱えて海へゆっくり、歩いていってしまった。

 「なにニヤニヤしてんだよ!」


 うぉっ、


 ネコがうしろから蹴飛ばしてくる。

「かわいい、だって! じょしにかわいいとか、だっせ!」

 また頭をぼくのお腹にぐりぐりしてくる。


 そうだよねぇ…


 そうは思うのだけど、口元を引き締めるには至らず。だって、


 伝わったなら、

 よかったんだ。


 ぼくの、声が。


 ありがとう。

 それは、ぼくのほうだ。

 なんのことばもだせないぼくの、

 気持ちを受けとめてくれたのは、

 月子さんだ。


 その日も変わらず、

 月子さんは波の上で、

 光を散らして、

 舞っていた。


 すべてを抱えながら、

 なかったことにできる、

 満面の笑みで。




 ユウトも、お母さんが面談に来ているようだった。

 今朝の食堂。朝からソワソワのユウトはわざわざ、

「ぼく、きょう、三者面談で練習、遅れます」

て、伝えにきてくれた。

 「だっせ!」


 ダサくは、ないだろ?


 やっぱり後輩にはなぜか厳しいネコを嗜めるけど、ユウトはそれどころではないらしくネコを完全にスルーして天さんと雪さんにも報告にいっている。

 よっぽど嬉しいらしい。

 様子を見ていると、ネコが乱暴にテーブルを叩いてくる。


 ネコ、お行儀悪いよ。


 もみじ饅頭の手を掴んで顔を覗き込むけど、まったく聞いていない。大きな目をさらに大きくしてぼくを見上げる。

 「コータは? ママ、くるの?」


 じぶんのお母さんはババァで、ぼくのお母さんはママなんだ…


 大型連休中に転入したぼくは面談はない。あったとして、きっと父も母も、来ないだろうけど…

 答える代わりに、掴んだ手に少し、力を込める。

 「ふぅん」

ネコはそう鼻を鳴らして、やっぱり少し強く、握り返してきた。




 そんなわけで通常通り? 三者面談のあるユウトは、放課後の波乗り練習にいつから合流できるのかはわからない。面談の内容次第だ。

 「時間もったいないよ。まだ立ててないの、浩太くんだけだし」


 すみません…


 ということで、ユウトは待たずに練習をはじめる。

 ぼくは相変わらず小山先生(と、ネコ)とのスクールで。レオはいつの間にかあのショップのお兄さんとマンツーマンスクールをがんばっていた。

 ショップのお兄さん…カイトさんのケンカを買ってから、レオは学校ではなく、カイトさんに特訓を受けるようになっていた。

 あんな凶悪な目つきで、と、思っていたのに。実際のレオは大抵のことをなんの文句もいわずに黙々とがんばる少年だった。

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