...

 非常灯に揺れる影に息を飲む。

 「あ、」

 影の人物が小さく声を上げた。ぼくも危うくココアを落っことすところであわてて持ちなおす。


 「コータくん。」


 揺れる影のぬしは、月子さんだった。


 緩いスェットの上下にパーカーを羽織って、やはり眠れなくて部屋をでてきた、といった格好だ。


 自動販売機、かな?


 自動販売機コーナーへ道を開けると月子さんはにっこり笑って、

「ありがとう」

 と、中へ入っていった。


 なにかはなしてみたいな、とか、


 きょうは海に入るのはやめたのか、とか、

 学校はいつもあんな感じなのか、とか、


 なんで月子さんみたいな生徒がここにいるのか、とか、


 けど、


 こんな夜に女の子といるのはよくない。そんな警鐘が頭に鳴り響いて、ぼくは部屋へと足早に階段を降り、


 …自動販売機…?


 ようとして、足をとめた。


 当然だけど、男子の部屋と、女子の部屋と、こんな小さな寮だけど棟が別れている。

 食堂など基本的な設備はすべて男子側にある。

 けど自動販売機は、女子側にもあったはずだ。女子側の自動販売機にしかミルクティーがないとかあるとか、そんなのは女子側へいく口実だろうことを、頼みもしないのに教えてくれたのはジュンくんだ。


 なら、男子側にしかないものを買いにきたの?


 こんな夜中に、

 一人で男子棟をふらふらして、


 胸が騒ついてあわてて四階へ引き返す。


 自動販売機コーナーを覗くけどそけにはもう月子さんはいない。棟は二階で繋がっている。だれも階段を降りてはこなかった。


 ドクン、

 心臓が跳ねる。


 …月子さん…?


 四階には食堂と男子浴場、小さな男子棟談話室、それに、


 …潮の香り…?


 屋上へ通じる階段、しかない。

 階段の上の方から、緩い風にのって潮の香りが入ってくる。


 ゆっくり階段を上がる。

 いやな汗が背中を伝う。


 わずかに開いた屋上の扉から外を窺う。狭い視界からはだれがいるかもよくわからない。


 心臓がバクバクする。


 やはり先生を呼んでこようか、

 けど、呼んでいる間になにかあったらどうしようか。


 月子さん、いるの?


 呼びかけたいのに、声は喉に張りついたみたいにでてこない。


 そっと扉を開けて屋上へでる。


 波の音が

 ドンッ ドンッ

 と、迫るようで、心臓が震える。


 月子さん…?


 月もない夜の屋上は真っ暗で、けどその中に揺れる灯りが一つ。

 大きな室外機を囲んだフェンスの向こう、海を向いて座り込む小さな影を映している。


 そっと、近づく。

 人影は一つ。


 月子さんはひとり、フェンスにもたれ真上を見上げて、星空を見つめているようだった。

 きのう、海霧でお預けになった星空を見にきたのだろうか。

 フェンスを回り込み近よると、ぼくの影がスマートフォンライトの灯りの中に映しだされた。


 途端、


 ヒュッ、


 と、息を飲んで、月子さんがこちらをふり返った。


 驚愕と怯えに目を見開いて。


 「……っ、」


 拍子に、その手からなにかがすべり落ちて、

 カシンッ

 と、平たい音を立てる。

 「あっ、」

 月子さんがあわてて拾おうとしたそれを認めて、こんどはぼくが息を飲む番だった。

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