...

 寮に来て、はじめての眠れない夜だった。


 波の音が耳につく。

 飲んだ薬もまったく効かない。

 腕の中では昼間散々波と遊んだネコが、泥のように眠っている。


 「オレとうみにはいれなくてさびしかったんだろ? しょーがねーからいっしょにねてやるよ。」

 なんていって勝手にベッドに潜り込んできてのに、さっさと先に寝落ちしてしまった。ひろみ先生お手製の漢字練習帳を手にしたまま。


 ベッドを挟んでぼくの、で、反対側にネコの机。

 ネコの机の前にはシールで貼り付けた古い写真。もう端っこが擦り切れている。

 おそらく、お母さんだろう女性と並んだ写真。きっとディズニーランドかどこか。ミニーマウスのカチューシャをつけたケバケバしい女性はまだ高校生にも見える。なにか口に咥えてぎこちなくピースをつくるネコはまだ三歳かそこらだろう。ニコリともせずに、感情のない大きな目でこちらを凝視している。


 机の上には書き散らかしたメッセージカード。きっと、お母さんに渡すための。クッキーに添えて。


 ネコが手にしたまま眠っている漢字練習帳は、お母さんへの手紙によく使う漢字を練習するためのものだ。

 「ババァは、かんじかけねーから。オレがかいてやんだよ」

 見たものをその通りに書けないネコは、なんどもなんども、練習しながら手紙を書く。


 その姿を思い出して、胸が騒つく。


 ぼくは布団をでると食堂の自動販売機へ向かった。




 夜中一時を回った寮内はシン、と静まりかえっている。

 波の音だけが、


 ザン ザン


 と、四階下から響いてくる。

 食堂の入り口にある自動販売機コーナーでココアを買う。

 甘くて温かいものは精神安定剤だ。家にいる間、夜に眠れたためしはなくて、毎晩魘されて起きてはホットミルクやココアで気持ちを落ち着かせていた。


 ココアを手に部屋に戻ろうとして、

 「……っ!」

 三階へ上がってくる人影を認めて思わず心臓が跳ねた。

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