...

 「小山先生も戻ってくるな」


 小山先生は、ネコが浜に戻るのを見届けると沖から大きく手をふってきた。

 「見ててみ、」

 先生はすばやく周囲に視線を巡らすとボードを返して沖に向かって漕ぎだした。

 大きなうねりをいくつかやりすごす。


 「あ、先生が、」


 ユウトが焦ったような声を上げる。ぼくも目を見開く。

 けど天さんは口の端をあげて、まぁ見てろ、て、顔だ。

 ネコのとは比べものにならない波の壁が、遥か向こうから迫ってくる。


 「セット!」

 だれかが声を上げる。


 サーファーたちが一斉に波に向かってパドルするけど、そのだれよりもはやく沖にパドルアウトしたのは小山先生だった。

 だれよりも小柄な体躯で、筋骨逞しいほかのサーファーたちを嘲笑うように波の山の真ん中を陣取る。と、一気にボードを返した。


 その表情に、目を見張る。


 その瞳。

 口元。


 知っている小山先生ではなかった。


 獲物を射程距離に誘きよせた獣の目だ。

 ギラギラ、獰猛に笑う。


 一瞬、波を振り返る。


 口の端をあげて唇を舌で舐める。


 「ヤッベ、」


 レオが声を上げる。

 波が小山先生に襲いかかる勢いでほれ上がる。

 ガッ、と、大きくパドルすると、


 巻かれるっ


 そう思う瞬間、軽い体躯でボードに舞いのり、ゆく先を、獲物を追う目で見据えて波の壁を走りだした。

 行手で波を待つサーファーたちがあわてて道を開けてゆく。

 小山先生の口端が、愉快でたまらない、みたいに吊り上がる。


 ネコのようにターンすることなく、まっすぐスピードをつけて崩れる波を躱してゆく。


 だれかが雄叫びをあげる。


 巻いてきた波が先生に追いつく。


 小山先生は姿勢を低くとり、

 「「え、」」

 そのまま波のトンネルに入ってしまったのだ。


 …え、呑まれた…?

 

 巻いていた波が崩れるその一瞬前に、波のトンネルから、小山先生が姿を現した。


 ドンッ、


 と、音を立てて、先生のすぐうしろで波が崩れ落ちる。


 ほかのサーファーとハイタッチを交わしながら、小山先生は岸へと戻ってきた。




 「じゃぁ、戻ろうかぁ」

 呆けるぼくら新入生のもとに戻ってきた小山先生はいつも通り、柔和を絵に描いたような顔でにっこり、笑っていった。


 小山先生が、ただ優しいだけの人ではないんだろうと、ぼくたちは知った。

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