...
結果からいうと、ぼくは、ぼくだけが、その日まったく、ボードに立つことができなかった。
なんども波に押し上げられて、ボードごとでんぐり返しを繰り返す。
あ、ふらふらする…三半規管がおかしくなりそう…
て、ところで、
「先に休憩してた方がいいかな」
天さんにいわれてふらふら、浜へ上がらなければならなくなる始末だった…
ボックスの横に膝を抱えて座り、ペットボトルのお茶を呷る。
波打ち際ではユウトとレオがまだがんばっている。
危なっかしいながらもユウトは楽しげに満面の笑みでボードにのっかっている。レオといえばフォームはもうばっちりで、初心者用のスポンジみたいなボードの上で無駄に鋭い目つきで決めている。
なかなかうまくいかない…
波…いや、波が崩れたシュワシュワにのる。それで波に押される感覚を掴む。
その練習のはずが、波に押されるとノーズが沈み込み、波に押し上げられてしまうのだ。
…のは、じぶんのせい、か。
原因はわかっていた。
「下を向いてたら、下に沈むよ?」
天さんがそう、繰り返す。ぼくのボードを押しだしながら、
「前! 前見ろ! 下を見るな! 顔上げろ!」
それでもぼくは、
前も、
上も、
向くことができなかった。
「空! 空を見ろ!」
空を見上げるなんて、いつが最後だったかもう、忘れてしまった。
あんなに高揚した気持ちが嘘のように萎んでゆく。
ここでもぼくはきっと、
変われない。
前も、
上も、
それから、
「あ! なんだよ! コータ、もうへばってんじゃん!」
いつ海から上がったのか、ネコがこちらへ駆けてくるのが見えた。
ぼくのものよりだいぶ短くて軽そうなボードを放りだし、ボックスの中からガサガサお茶とお菓子を引っ張りだしている。
あぁ、あぁ…
お目当てのドリンクとお菓子を掘りだすまでほかの中身を散らかすから、ぼくは砂を払ってまたボックスに戻す。
いままではどうしてたんだろ。
散らかしっぱなしだったとか?
ネコはかまわずガブガブお茶を飲み、シリアルバーをかじっている。もみじ饅頭の手に、五百ミリのペットボトルはひどく大きく見える。
「これくえば、まだいけるって!」
ネコはそうひどく真剣に、砂まみれになったシリアルバーをぼくに握らせてきた。それからビッ、と、かわいらしい親指を立ててみせると
「もう、ワンラウンドきめてこいよ!」
なんてキメ顔をつくり、また海へ走っていってしまった。
なになに、もうワンラウンドって。
大人ぶっちゃって。
口元がまた、緩んでくる。
前も、上も、ましてや空を仰ぐこともできないけれど。
ネコはたしかにぼくの視線を、少なくとも海までは持ち上げた。
もみじ饅頭が握らせてきたシリアルバーを手の中で弄ぶ。
と、
あ、
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