...
ユウト…ぽっちゃりくんと、レオ…凶悪目つきの少年とぼくは、ようやっと波乗りの練習がはじまった。
けど、すぐ海に、なんていかないらしかった。
まず、サーフボードの説明。
デッキ、ボトム、ノーズ、テイル…
フィン、リーシュコード…
リーシュなしには絶対に海に入ったらいけない。
リーシュコードを掴んでボードを引き戻してもいけない。ボードを海で持つときはしっかり両サイド…レールを掴んで。
次にボードの漕ぎ方…パドルと、ボードの上での立ち方。
陸でできないことは海でもできねぇよ?
サーフショップのスクールが和気藹々とはしゃぐ横で、ぼくら三人は黙々と漕いで、立って、を繰り返していた。
楽しいの?
お前ら。
大学生らしいスクール生たちが嘲笑半分、哀れみ半分の目でこちらを見ている。
かまわなかった。
楽しかった。
「そう、クロールじゃねぇから。漕いで漕いで漕いで…波に押されたら、いち、に!」
脇腹の横に手をつき腕を張り膝をお腹に引きよせるようにして、ボードにのる。
リラックスして、脚は自然に肩幅に。膝は柔らかく。胸を開き視線は遠く。
まったく知らない世界を手に入れたような錯覚だった。まだ海にすら入っていないのに。
「フフフ、」
たまらなくなったのか、ユウトが小さく笑いはじめた。レオも背中の傷などもう、忘れているようだった。凶悪な目が、海に弾けた光を、映していた。
多々戸浜の砂はキレイな白色をしている。十六年過ごした鵠沼の浜とは違う。いつか写真で見た、沖縄の海の砂みたいだ。足の指で掴むと、キュゥ、と、音がする。
一歩、一歩、ネコや天さんのとは違う、柔らかいビート板みたいな大きなサーフボードを脇にしっかり抱えて、三人、ゆっくり、波打ち際に足を浸す。
「ひゃぁ! 冷たい!」
また、ユウトが笑う。ユウトはどうやら一番このスクール(いや、まさか部活なのか⁉︎ 届けなしに入部させられたのか⁉︎)を楽しんでいるようだった。
人馴れしていない様子はきっと、中学校を長欠していたんだろう。まぁ、ぼくも最後の一ヶ月は不登校だったわけだけど…。
レオとぼくはじっと、しばらく足元に寄せて返す波を見つめていた。
ドンッ
と、崩れた波の塊はシュワシュワ、泡になって浜に押し寄せてくる。そのシュワシュワがぼくらの足首を包み込み、またシュワシュワと、こんどは足元の砂を攫いながら引いてゆく。
「…すげぇ…」
レオがつぶやく。初めて耳にする彼の声はまだ声変わり途中だろうか、掠れてあどけない。
引いてゆくシュワシュワは引き際に、のせてきた光の粒々を撒き散らしながら引いてゆく。シュワシュワが引いたあとの海の水はまったくの透明で、透過した初夏の陽の光が砂地に、浸した足に、揺れる。
夏の、ソーダ水みたいだ。
薄いガラスのコップの中でシュワシュワ、まったく透明の液体の中で、泡が光の粒を弾いく、あれ。
「いいよ、そのままここまで、おいで。」
天さんが、波が崩れるてシュワシュワになるあたりで立ってぼくらを呼ぶ。
シュワシュワ、崩れた白い波に押されながらゆっくり、ゆっくり、進む。
発泡するソーダ水の中を、
弾ける光の中を、
そんな感覚が、たまらなくぼくを高揚させた。
波の崩れる音と、
風が耳をなでてゆく音と、
潮の香りと、
風が撒き散らす波のかけらと、
波のかけらがのせてくる光の粒と、
相も変わらず俯いたまま。
顔を上げることはできなくても。
青い空と初夏の陽を感じて、思わず口元が緩む。
思わず口元が緩む、なんて十六年生きてきて、きっと十五年ぶりだった。
この海はきっと、
ぼくのすべてをとかしてくれる。
そう、思った。
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