...
「オレのわざ、すっげーから!」
そう得意げに、ネコがボードに蝋燭みたいな香りのなにかをゴシゴシ塗っているのを、そばで眺める。
初夏の日がいよいよ高く昇ってきて暖かく庭に射す。
木戸の向こうでは、波の音、と、大人たちの声。漁師さん、サーファー、ショップのおばあさんの声も混ざっている。
「コータ。ボードは?」
そうしているうちに、やはりボードを取りにきた天さんたちが降りてくる。
天さんはちょっとそわそわしたふうにボードロッカーを眺めて、そんなふうに聞いてきた。
「……?」
ボード? サーフボード? ぼくの? え?
思わず目を丸くして天さんを見上げる。
「おいてきたのか? 実家に?」
え? ぼくは波乗りはおろか海水浴さえ、したことがないのですが、なにか?
戸惑いが伝わったのか、天さんは、波乗りを知らないぼくから見ても明らかにかっこいいサーフボードを手に、ピシリ、と固まった。
「あれ? 鵠沼出身て、聞いたけど、」
「ショーナンだぜ、なっまいき!」
ネコが楽しそうに、なにかのロープ? をボードに繋ぎながら口をだす。
生意気って、なに?
思わずププ、と笑いそうに…
あれ?
笑いそうに…?
ぼくはあわてて口を手で覆った。
なにかくすぐったくて、おかしな気分だ。
けど天さんはそんなぼくにかまうふうもなく、
「え、あれ? あ〜…」
目をパチパチ、
「波乗りは…やってたんだよね?」
え⁉︎
えぇぇえ!
鵠沼に住んでたらサーフィンするとか、イコールじゃないですから!
正確にいえば、ぼくはとなりの片瀬出身ですから!
そういうこと?
そういうことか⁉︎
ネコが新しく来るルームメイトと波乗りするのを楽しみにしている。
なんといっても、彼は鵠沼から来るらしい。波の一つや二つ、のれるだろうから。
て、ことなのか⁉︎
「あらー? えーと、はじめてですかぁ?」
「え、コータ、なみ、のれねーの⁉︎」
ふたり(改めて並んでるのを見るとまるで親子だ)目をまん丸にしてぼくを上と下から同時に見てくる。
えぇー…
なんだか理不尽な罪悪感だけど、ぼくは俯くほかなかった。
期待を裏切っただろうか。
いや、そもそも、
期待なんかされても困るのだ。
そんな重たいもの、負いきれない。
ぼくがキミにできることなんて、
なにもない、なにも…
「……っ、」
不意にもみじ饅頭が、膝の上で硬く握ったぼくの手を取った。
強ばった手を、子ども体温がほぐしてゆく。
力加減を知らない手がぼくの手を思い切り引き、楽しそうに、笑う。
「しかたねーな! オレが、おしえてやるよ! オレ、めっちゃきびしいから、かくごしとけよな!」
初夏にはまだはやい、真夏のエネルギーがそのまま溢れでたような、そんな笑顔だった。
結論からいうと、その日ぼくに波乗りを教えてくれたのはネコではなく天パパだった。
ネコが教えてくれたのはボードのある場所だけで、
「ひゃー!」
いざ浜に降りて波を見ると雄叫びをあげてさっさと海へ走っていってしまったのだ。
「薄情だね〜、浩太くんはオレが教えるとかいってたのにね。あはは」
一年生を連れて追いついた小山先生も、微笑ましい、みたいに笑っている。
「じゃ、ぼくもネコとショートエリアで入ってくるから、天くん、一年生よろしくね。月子さんはロングのエリアでもう入ってるから」
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