第15話 変化


 順調にゆいちゃんとの付き合いも続いていたある日、事態は急変した。



 ゆいちゃんが階段から落ちたのだ。

 

 幸い命には別状はなかったが、念の為入院する事になったらしい。


 僕は急いで病院に駆けつけた。ゆいちゃんはベットに転び、足には取れたばかりなのにまたギプスをはめ、頭にも包帯を巻いていた。


「ゆいちゃん!大丈夫なの?」


「‥‥大丈夫、だよ」

 目をキョトンとさせて、僕の方を見るゆいちゃん。


 ゆいちゃんのお母さんが付き添っていたが気を遣ってくれたのだろう、着替えを取ってまた来るねと言い残して病室を出た。


 僕は一安心して、立てかけてあったパイプ椅子を広げ座った。


「ビックリしちゃったよ、せっかく足が治ったばかりなのに本当災難だね。どこの階段から落ちたの?」


「駅‥‥」

 ゆいちゃんの顔がだんだん青ざめていく。


「ゆいちゃん?痛いの?」


「‥‥ねえ、一つ聞いていい」


「なに?」


「あなた、誰?」


「えっ?何言ってんの?かずきだよ」


「ごめん。わからないや」

 そう言うと布団を頭まで被った。


 こうゆう場合、頭を打った事による一時的な記憶障害でしょう。と医師が言いそうだな。僕は何故か客観的に捉えてしまっていた。


「落ち着いたら、また来るね」

 僕はすぐに思い出せるだろうと思い病室を出る。


 しかし、なんか前にもこんな事言われたような気が‥‥思い出せないな、誰に言われたんだっけ。


 僕は翌日も病院に向かったが会えなかった。


 ゆいちゃんのお母さんが言うには少し記憶が曖昧になってるらしく、今は誰にも会いたくないって言ってたみたいだから、お見舞いに行くのを控える事にした。


 ゆいちゃんは退院してすぐ学校に来るようになった。しかし、いつも遅刻してくるようになっていた。学校で会っても避けられてるし帰りにゆいちゃんを追いかけて聞いてみた。


「ゆいちゃん待って!」


「なに?」


「僕なんか悪い事したかな?」


「してないよ」


「じゃあどうして避けるの?」


「‥‥それは」


「なんかあったの?」


「実は‥‥」

 ゆいちゃんが気まずそうに話してくれた。


 その内容はこうだった。階段から落ちた日を境に記憶が時々飛ぶ事、脳に異常は見つからなかったけど経過観察の為通院をしないといけないらしく、費用がかかると。そのせいでお母さんは仕事を増やして朝早くから仕事に行っているらしい。


「だから、私が呑気に恋愛なんかしてる場合じゃないなって」


「ゆいちゃんのせいじゃないよ、事故だったんだから仕方ないよ」


「それに私、朝起きれなくなっちゃってさ」


「後遺症かなんか?」


「それは分からないけど、毎日変な夢を見るようになったの」


「変な夢?」


「うん、なんか真っ暗闇の中に私が居て突然深い穴に落ちるの、それもずっと落ち続けてさ」


「気味悪いね」


「そのせいで毎日寝不足なんだ。お母さんもいないから起こしてくれる人もいないし」


 そうだ、ゆいちゃんちは母子家庭だったんだ。僕は自分に何か出来ないかと考えた。


「あのさ、もしゆいちゃんがよかったら僕が毎朝起こしてあげようか?」


「いいよそんな。かずきにこれ以上迷惑かけられないし」


「僕がしてあげたいんだ、それくらいさせて?お願い」


「本当にいいの?」


「もちろんだよ」


 その後、僕はゆいちゃんのお母さんに許可をもらって、毎朝起こしに行く事にした。最初は僕も緊張していたが、いざ起こしに行くとそれもすぐ消えた。何故ならゆいちゃんは物凄いいびきをかいていて寝相も悪く、とても年頃の女の子とは思えないほどおじさんっぽい寝起きだったのだ。


「恥ずかしくないの?」


「なにが?」


「寝起きを彼氏に見られるって」


「あぁ」

 急に恥ずかしくなったようで、うつむくゆいちゃん。


 僕はなんだか悪い事言ってしまったなと思ったが、色々なゆいちゃんを見れて余計に好きになったのも事実だ。


 それからというもの、ゆいちゃんを朝起こして一緒に学校に行く日々を送っていた。


 それは高校に上がっても変わらなかった。僕達は自然と同じ高校を受験し、当たり前のように毎日一緒にいた。普通はキスのひとつもしてておかしくないが、そこまでの勇気は僕にはない。正直このまま一緒にいられたらそれで満足だった。


 ゆいちゃんの病状はというと、相変わらず突然誰か分からなくなったり、今自分がしようとしていた事を忘れたり、僕が側で教えてあげるようになっていた。


 でも毎日いるせいか、僕の事を分からなくなる事はなくなった。もし病状が悪化して、完全に僕の事を忘れてしまう日が来たらどうしようと不安はあったが。

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