第四十四話 販売戦略

「……と、言うわけで、倉庫予定地は使えなくなってしまいました。そのため非常に不本意ながら、この在庫群全て、今日中に捌ききってしまおうかと思います」


 時刻は午前10時。商店は既に営業を開始しており、今日も大勢のお客さんと従業員たちでにぎわっている。

 そんな中、私は商店運営の主力陣に今日のことを話した。中には私の正体を知らない人もいるから、エコノレ君のフリをするのも忘れない。これも大分板についてきた。


 私が倉庫予定地にと考えていた露店群は、軒並み潰されモンスターハウスになっており、とてもじゃないが倉庫として運用できる状態ではない。かと言って、今私たちが所有する敷地では、この量の在庫を管理するなんて到底不可能だ。ただでさえ、もう店頭もミチミチに商品を敷き詰めているんだから。


 現状、隣の露店や商店にお金を払って在庫を置かせてもらっている状況だ。しかしこの国の人は在庫保管の相場というものを分かっていない。結果、とんでもない代金を突きつけられた。冷凍保存も魔力に限界があるし、明日まで持ち越すと赤字になる。


「モンスターハウスの今後については、今足の早いのが組合に向かって話を付けてくれてるから、俺たちは気にしなくて大丈夫だ。中にいた魔獣もカッツァトーレが全部倒してくれたから、安全面も問題ない。むしろこの在庫の方がモンスター級というか」


「今日中に捌くって言っても、そんな方法があるんですか? 確かに、販売戦略についてエコノレさんは目を見張るものがありますが、今日仕入れたのは主に肉や魚など腐りやすい生もの。加工の工程に人材も必要なのに、この量を一日は厳しいでしょう」


 プロテリアの言う通り、野菜や米類はともかく、獣肉や魚は加工の必要がある。消費者に買わせるのはそう難しくないけれど、問題は人手が足りないというところだ。彼は販売担当の業務も行っているから、その大変さが分かるのだろう。


「こればっかりは、マンパワーに頼るしかないな。いくら道具を良くしても、結局一人当たりが捌ける量には限界があるんだから。臨時で肉・魚類の加工が出来る人を雇わないと……」


「はいはい! それならアタシ、心当たりがあるよ! 元々肉の販売はウチの専売特許だし、兄さんに話を通せば、肉の加工が出来る猟師さんを連れてこれる! 連中店長にでっかい仮があるから、バカみたいな給料も要求してこないはずだよ!」


「ま、マシェラ!? どうしてこんなところにいるんだ。お前がいないとレジの方が追いつかなく……」


「アタシは早めの休憩です~。大丈夫、みんなもう完璧に仕事できるから、アタシ一人いなくても混雑は起きないですよ。それより、店長お金儲けのお話でしょ? アタシを混ぜてもらわないと困りますよ。元々そういう契約なんですから」


 この子はいったい何処からにおいを嗅ぎつけてきたのやら。まだ呼んでもいないのに、大金が動くにおいを感じ取ってわざわざ参戦しに来てくれた。

 正直、めちゃめちゃ心強い。マシェラは現代の経済学を知っているわけではないけど、独自に強固な販売戦略を生み出し戦っていた子だ。私よりずっと賢い。


 ニヤリと笑みを浮かべるマシェラ。既に彼女は、現状を理解し何らかの作戦を立て始めているのだろう。それが私の戦略とマッチすれば最強だし、もし嚙み合わなくとも、次回以降役立てる機会は絶対に来る。


「じゃあ取り敢えずマシェラにはそっちをお願いしようか。アラレスタ、一緒に付いて行ってやってくれ。馬と馬車も持って行ってくれて構わない。出来るだけ迅速に、加工技術を持った人材を確保するように」


「了解! じゃあ行きましょマシェラさん」


「ひゃえ~、アラレスタ様とご一緒!? 緊張します! よろしくお願いします!」


 こんな状況でも、マシェラは普段の調子を崩さない。常にコミカルで明るい。彼女がいるだけで、場の雰囲気は晴れやかになるのだ。


 対するアラレスタは……予想通り。多分、今日の営業が終わって家に帰ったら、しこたま怒られるんだろうな、という感じだ。まあ、私が悪いんだから仕方ない。甘んじて受け入れよう。


「それで、具体的にどうやってこの在庫を捌くんですか? 今店頭に並んでいるだけでも、昨日売り切ったものと同じ量の商品が並んでいる訳ですけど」


「今朝言った、割引政策さ。特別価格政策、とも言ったかな。需要の価格弾力性が高い商品を大幅に値下げし、お客さんの来店を促す。この二週間資料を作成し続けて見つけ出したのさ。このマーケットで最も需要の価格弾力性が高い商品をね」


 POSシステムの存在しないこの商店で、全ての商品の売れ行きと回転率を調べるのは、本当に地獄のような作業だった。しかし私はそれをやり遂げて見せたのだ。ある程度売れ筋の商品に当たりを付け、需要の価格弾力性を徹底的に計算した。


 結果導き出された答え。それは……。


「イノシシ肉。海鮮食の強いこの地域で、俺の商店が登場するまであまり流通していなかった商品。実は、これが需要の価格弾力性が最も高い商品だったのさ。だから、イノシシ肉を中心に大幅な割引を実施し、お客さんを煽る」


 私の商店が登場する以前まで、生の肉というものはマシェラの露店でしか手に入らなかった。鶏肉や兎肉など小型の動物の肉は販売されることもあったが、脂ののった大型獣の肉はほとんど流通していなかったのだ。


 しかし、今まではそれでも良かった。肉の調理はある程度金銭的に余裕のある層の娯楽のようなもので、普通の農家や漁師が手を付けられるものではなかったのだ。


 だが、現在は違う。私の商店では肉の販売価格もかなり抑えられており、よほど生活に困窮していない限り、たまの贅沢の範疇に収まるのだ。ゆえに、この数週間で一般人にも肉食は広く普及している。そんな御馳走が安価で手に入るとなれば……。


「なるほど、イノシシ肉ですか。丁度いい。今ここには、イノシシを始めとした多くの獣肉が揃っています。仕入れ価格は定価の半額。どれほど安い値段で売りに出そうとも、こちらに被害は少ない。肉を目的に来店したお客さんが、他の食材も手に取ってくれたら……!」


「……莫大な利益が発生する。プロテリアも分かってきたみたいだな。よし、肉類の販売価格を仕入原価ギリギリまで下げるぞ。これに関しては、利率は考えなくてもいい。とにかくお客を呼び込むための商品だからな。利益は別で上げる」


 私はすぐさま肉の販売担当に指示を出し、販売価格を変更させる。開店してからの価格変更はあまりよろしくないが、今はそんなことを言っていられる場合でもない。

 値札を取り替えた途端、お客はお肉コーナーに集まり始めていた。


 30分間、私はその場で統計を取る。ミスが無いよう、プロテリアも一緒だ。


「順調ですね。来店した方の30%が、お肉コーナーに足を運んでいます。そして25%が、お肉を手に取っていきました。中には大量購入してくれるお客さんもいます。普段お肉コーナーのお客さんは10%程度なのに……」


「そうだな。しかし、店内のお客さんが全員お肉コーナーに足を運んでくれたとしても、あの量の在庫は捌ききれない。何より、野菜・魚類の売り上げがほとんど変動していないんだ。これではまだ足りない」


 今の状態では、お肉類を完売させられたとしても、大量の野菜と魚が売れ残ってしまう。しかし、お肉に比べ需要の価格弾力性は低い。価格を下げても、需要をあおることができないのだ。であれば……。


「やはり、店の外からお客さんを呼び込む必要がある。取り敢えずはこの資料を基に、作戦を立て直そう。販売広告を出すぞ」

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