第四十五話 経営者

「販売広告を出すって言ったって、具体的にどうするんですか? この国には、前に講義で話していたマスコミ四媒体は存在しないんですよ? 一般人に情報を行き渡らせるのは至難の業です」


 プロテリアの言う通り、この国にマスコミ四媒体は存在しない。つまり、新聞・テレビ・ラジオ・雑誌のことだ。日本ではこれらを中心に広告を行う。それだけ、この四つは影響力も大きく、消費者の購買意欲をそそるのだ。


 最近ではネット広告も増えつつあるが、やはり全体数を考えるとマスコミ四媒体の方が圧倒的に大きい。費用は掛かる。しかしそれ以上の利益を期待できるのが、マスコミ四媒体の力だ。


「けど、この国にはそれがない。ならば、もっと古典的な方法を使うしかないだろうな。いずれはマスコミ四媒体も生み出したいが、今はまだ用意が整っていない。足の早いものを見繕って、肉の割引をしていると触れ回るんだ」


「な、なるほど。かなりの力技ですね。ですが、それなら心当たりが何人かいます。傭兵組合には顔が利きますから。……お金は掛かりますよ? 人を雇うんですから、結構な出費になりますけど、大丈夫ですか?」


「ぐぬぬ……致し方ない! もうすでに結構な出費だが、食品をダメにするよりはずっといいし、経済も回る! 金のことは気にせず、とにかく沢山の人を雇ってくれ。ただし、信頼できる人間だぞ。宣伝をせずに休んでいるような奴はいらん!」


 最悪だ。せっかく溜まり始めていた資金が、今日でまた水平になっちゃう。

 本当なら、ちょっと資金に余裕が出てきたら、使っちゃったコンマーレさんのお金をこっそり返しておくつもりだったのに。これじゃあ当分先だ。


「承知です。人集めたら、取り敢えず居住区をそれぞれ一周させる形で動かして大丈夫ですか? 宣伝するなら、やっぱり人の多いところが良いと思うんですよね。それと、別働には農業区も行かせようと思うんですけど……」


「いや、マーケットの中だけでいい。せっかくだ、利用できるモノは全て利用する。今回の場合だと、ウチの商店のパワーかな。現時点で、ウチになめた口聞ける商店なんかないし、露店規模なら資本力と物量で押しつぶせる。だったら、居住区なんてみみっちいこと言わずに、他の露店から客を搔っ攫ってきたら良い」


「ほ、他の露店からですか。でも、そのお客さんはもう露店で買い物をするって決めてるんですよね? なら、宣伝としての効果は薄いんじゃないですか? そう簡単に、ウチになびいてくれるもんですかね」


「逆だよプロテリア。買い物をする意志があるからこそ、ウチに興味を持つんだ。考えても見ろ。仕事をしている時、家で料理を作っている時、商品の宣伝なんかされても五月蠅いだけだろう。買い物には、それなりの準備が必要だ。金を用意して、袋を用意して、何を買うのか決める。そういった準備が既に整っている人を、ウチに連れてくるんだ。そうすれば、短い時間で大勢に商品を捌ける」


 買い物というのは、「ヨシ今から買い物に行くぞ!」と決めて始まるものだ。それがない段階の人にいくら宣伝したところで、商店まで来てくれる保証はない。確かに興味は持つかもしれないが、「次で良いや」と思われたら終わりなのだ。


 その点、既にマーケットで買い物をしている人ならば、宣伝をすればすぐに食いついてくれるだろう。現金は持っているし、袋も持っている。心構えも充分で、ただ足を向ければ、その先にはウチの商店があるのだ。


「なるほど。では、協力者にはマーケットを走らせて、『肉がめっちゃ安い!』と触れ回ってもらいましょう。ついでに商店までの案内もさせましょうか。なら、マーケットの立地に詳しい人間が良いですね。候補が絞れてきました」


「そうか。なら、出来るだけ早く人材の確保を頼むぞ。……考えるべきことはまだ盛りだくさんだ。流石に、こんな早く割引政策を実施できるほどの余裕はなかったんだから」


 くそう。本当なら、割引政策はもっと準備が整ってから始めるつもりだったのに。

 大々的に宣伝が出来る設備を用意して、日ごとに割引する商品も皆で考えて。もうちょっと目新しい目玉商品の開発もする予定を立ててたっていうのに。


 いや、悪いのは調子に乗ってバンバン仕入を進めちゃった私だよ? 確かに、後先考えず生産者を煽りすぎたし、仕入れの予定時間とかも伝え忘れてた。けどさ、敷地を確保できなかったのは私のせいじゃないじゃん! 私の過失は五割くらいじゃん!


「色々大変みたいですね。分かりました。出来るだけ低予算で協力してくれそうな奴を当たってみます。……それと、ちょっと休憩を取ってきた方が良いですよ。お客さんの前でエコテラさんの口調になったら大変でしょう」


「ほえ? ……じゃなくて、そうだな。今日は色々ありすぎて、疲れが出ているみたいだ。お言葉に甘えて、少し休憩を取らせてもらおう。プロテリアが帰ってくる頃には、普段通り仕事を再会するから」


「なら、僕は少しのんびりとしてきますよ。組合までも少し遠いですし。あ、でも商店からは出ないでくださいよ? さっきみたいに一人行動したら、アラレスタさんがなんて言うか分かったもんじゃない。家の中が荒れるのは嫌いですから」


 そう言ってプロテリアは走り出した。彼の足ならば、馬を使うよりもずっと速い。一時間もしないうちに戻ってくるだろう。それを考えると、やはり彼も人間ではないのだと実感できる。安直に魔法というだけでは説明ができない生物なのだ。


 ただ、こんな状況でも私の身の安全を危惧してくれるのは嬉しいなぁ。

 ……分かっている。彼が危惧しているのは私ではなく、私を含めたこの国のことだ。私一人の過ちで、国中の人間・魔獣に被害を出しかねない。


 それでも、彼が忘れず声を掛けてくれるのが嬉しい。常に私のことを気にかけてくれているのだと思うと、とても安心するのだ。

 見た目は中学生くらいのくせに、どうにもしっかりし過ぎている。そのギャップも、彼の印象を良くするのだろうな。


 くだらないことを考えつつ、私は商店の表を抜けてバックヤードの休憩室まで歩く。

 今日は本当に疲れた。まだまだ業務は残っているけど、モンスターハウスだけでも私にとってはかなりの出来事だったのだ。小休憩を挟まなきゃやってられない。


 扉を開き靴をそろえ、和風な藁の床に座って足を伸ばすと、急に身体の疲れがあふれ出てきた。自分がどれほど頑張っていたのかを実感する。


「アラレスタもマシェラも外に出しちゃったからなぁ。多分二時間もすれば戻ってくると思うけど、それまで私が仕事を代わらないと。今は元々マシェラの休憩時間だし、30分くらいは大丈夫かな。少し寝たら、レジに立たないと混雑がヤバいかも……」


 棒のように動かなくなった足の疲労に逆らわず横になると、充分寝たはずなのに、恐ろしいほどの睡魔が襲ってきた。藁のにおいがまた、私を眠りへと誘っていく。


 大丈夫、仮眠を取るだけだ。マーケットは今日もにぎわっていて騒がしいし、熟睡してしまうことはない。五分おきに時計を確認すれば、寝すぎてしまうことはないだろう。

 とにかく今は頭を落ち着かせて、身体が壊れてしまわないようにするのが最優先だ……。

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