第二十五話 空間系魔法
「ところでカッツァトーレ、先程俺に空間系の魔力が存在すると言っていたが、あれは本当か?」
大切な話も終わり、今はみんなでお茶をしばきつつ談笑している。木こりの爺さんも、精霊種のフレンドリーさに慣れ始めたのか、朗らかな笑みを浮かべ楽しそうにしていた。
俺はと言うと、さっきから胸の鼓動が収まらない。というか、雇用契約の相談をしていた時から、ずっと俺は興奮し続けている。
俺も研究者の端くれ、空間系魔法と聞いて気持ちが高ぶらない訳がない。それが、俺の身に宿っているだと? 本当なら、もっと詳しく話が聞きたい。それに、彼は空間系魔法を扱えるようなことを言っていた。ぜひ見せて欲しいのだ。
「う~ん、厳密に言うと俺の持ってる魔力とは若干違う気もするが、属性は空間系で間違いないはずだ。俺でも生成できないレベルの圧縮率だぜ。その身体が保たれてるのが不思議なくらいのエネルギー量だ」
やはり、俺の体内には空間系の魔力が存在するらしい。我が故郷の国でも数名しか生成できない空間系の魔力。それを、俺が生成出来ているなんて。
コンマーレさんは魂臓の遺伝子異常とか、訳の分からないこと言ってたけど、とんでもない。空間系魔法は人類が最も求める至高の魔法だ。
実際、俺も文献だけだが研究していたことがある。空間系魔法は一般化できないが、それを使える個人の力だけで、一つの軍隊にも及ぶほどだと。
空間収納を使えば武器や食料を楽に移動でき、空間系の攻撃魔法は鎧を無視できる。さらに極大魔法に至っては、単体で部隊を消滅させられるほどだ。戦闘においては、まさに次元が違うと言える。
「それで、俺はその空間系魔法を扱えるのか? 具体的に、どんな魔法があるのかも教えて欲しい!」
俺は今まで魔法を使えかった。しかし今までは、基本的な属性魔法しか使おうとしてこなかったのだ。そもそも空間系が扱えるなんて思ってもいなかった。
だが、もしかしたら訓練次第で使えるようになるかもしれない。実際に空間系魔法を扱える人物がここにいるのだから。
「あ~それだけどな、お前に空間系魔法は使えねぇぞ。というか、どれだけ魔力が多かろうと、魔力対流症の人間に魔法は使えねぇ。全部だ。全部の魔法が使えなくなる病気、それが魔力対流症だ」
正直、期待は薄かった。そもそもアラレスタが俺と出会ったその日に教えてくれたじゃないか。魔力対流症がどういうものなのかを。
それに、俺に魔法が使えるのなら、ロンジェグイダがそれを教えてくれないはずがない。魔法を使うことが、体内のエネルギーを排出する最適解なのだから。
「だがま、空間系魔法がどういうもんなのか見せてやることはできるぞ。お前、魔法が好きなんだろ? 俺の実力も見せておきたいし、ちょうどいいや。ラトレ、ついてこい。ちょっと運動の時間だ」
そう言って彼は一人の男を呼び出す。俺よりも大柄で、髪は綺麗に剃られていた。顔つきは少々怖いが、その口元は笑っている。とても良い印象を受ける男性だ。
彼に連れられ、俺はツリーハウスを降りる。木がこられ平坦になった広い場所だ。ツリーハウスを挟んで反対側には、茶葉を育てているのが見える。
「それじゃあ今から、実戦形式でお前に空間系魔法を見せる。ラトレも、空間系魔法を使っていいぜ」
おお、この場で本来の空間系魔法の力が見れるのか。俺は扱えないが、一研究者としてぜひ、この目に焼きつけておきたい。
それに、彼らがどんなふうに戦うのかは、エコテラも知っておく必要があるだろう。しっかりと記憶しておかなければならない。
彼らはお互いに距離をとる。しかし魔術師の間合いとしては近すぎるくらいだ。得物はもっていないが、ちょうど剣士がとるであろう間合いに近い。二歩も前へ進めば拳すら当たる距離だ。
「それじゃあ、始めぇッ!」
カッツァトーレの叫びとともに、互いの拳をぶつけ合う。前進する様子はまったくと言っていいほど捉えられなかった。彼らの身体強化が、それほどまでに高い練度だということである。
叩きつけられた拳からは、魔法の使えない俺にも分かるほどの魔力が溢れだす。
恐らくは空間系の魔法なのだろう。二人の後方にある木々をすんなりとなぎ倒して見せた。
これこそ空間系の力。物体の耐久力、頑丈さなどをまったく無視して破壊できる。
しかし彼らの拳は、俺が見る限り傷一つ付いていない様子だった。本来ならば腕ごと消し飛んでもおかしくはないはずなのに。
二人は続けて拳を放ちあった。
カッツァトーレが反動を利用して横薙ぎに拳を振るうと、ラトレはこれをしゃがんで回避する。そしてアッパーの用量でカッツァトーレの腹を穿った。
しかしカッツァトーレ、そんなもの歯牙にもかけないといった風に耐え切り、ラトレの顔に掴みかかった。腕には空間系の魔法が込められている。あれでは、頭が消滅してしまうはずだった。
だがラトレの対抗魔法も熟練のようで、これを全く受け付けていない。
そればかりか、捕まれた顔から空間系魔法の斬撃を飛ばし、カッツァトーレを引きはがそうとしている。
これが精霊種の強みだ。実際良くわかってはいないが、人間は手や足などの末端部分からしか魔法を発動できない。
それに対し、精霊種は身体のどこからでも魔法を行使できるのである。
ラトレの意外な反撃に面食らったのか、カッツァトーレは一時手を離し距離をとる。
そのまま一瞬の隙も見せず、素早い魔法を放った。
ラトレはこれを腕で軽く受け止め、次の瞬間には後方へ弾き飛ばしている。
流れ弾をくらった大木は粉砕され、大穴をのぞかせいていた。
とてもハイレベルな攻防だ。人間の俺には、その一端しか理解することが出来ない。俺にも魔法が使えたら、二人の間に何が起きているのか、もう少し分かるのだろうか。
そうこうしているうちにも、二人の攻防はとてつもないスピードで進行していく。
お互い掴み合ったかと思ったらどちらかが弾き飛ばされ、ノータイムで追撃の魔法を放つ。それに完璧な対応で防ぎ切り、今度は攻守が逆転。
無尽蔵かと思わせるほどの魔力量。彼らの戦いは途方もない魔力を消費するはずだが、それでもまだ戦い続けているのだ。
人間の魔術師では、彼らのようにハイペースで戦うことはできないだろう。まずもって、魔力制御が甘いために、走りながらの魔法は難しい。
だが戦いには必ず決着がつくもの、どちらも倒れるなどということは滅多にない。
勝利をその手に掴んだのは、兄貴分のカッツァトーレだった。
彼の放った魔法の衝撃波が頭部にクリーンヒット。それまで使っていたものとは桁違いの威力に、ラトレは対抗魔法の出力を誤ったのだ。
きっと、彼の攻撃の隙にカウンターを挟もうとしていたのだろう。目線は彼の攻撃ではなく、頭部を見ていた。
勝者カッツァトーレは、焦点の定まっていないラトレを抱え上げこちらに歩み寄ってくる。あの一撃で、ラトレは軽い脳震盪を起こしたのか。
長身のラトレを持ち上げる筋骨隆々マッチョのカッツァトーレは、言葉に出来ない迫力があった。
「とまあ、これが空間系魔法だ。どうだ、面白いだろ!」
彼は言いつつ、破壊してしまった木々を治していく。今の彼はまさに、精霊と呼ぶべき神々しさがあった。
顔に浮かべた笑みも、先程の野蛮な印象とは違って美しく見える。
「ああ、素晴らしかった。とても勉強になったよ。研究者として、これ以上ない体験だった。しかし、ひとつ確かめなければいけないことがある。その力、人間たちに向けることは……?」
彼らの力は強大だ。ともすれば、たった一人でもあの町を崩壊させうるほどに。だからこそ、彼らには確かめておかなければならない。これは雇用主としてではなく、一人間としてだ。
「安心しろよ、人間に攻撃魔法を使うことは、大長ロンジェグイダ様の法律で禁じられてる。それに空間系魔法に関しては、コンマーレさんと大長が共同開発した、簡易対抗魔法が各家庭に配布されてる。あれは人間でも使うことができて、俺たちの魔法を抑制できるんだ。どういう仕組かは全然わからなかったけど」
精霊種の長ロンジェグイダ、彼は保守派であるにも関わらず、人間のことをそこまで気にかけてくれているのだな。なんと心の広い人物なのか。
安心した。ロンジェグイダが協力しているというだけで、彼らが暴走し、人間に危害を加えることは絶対にないという確信を得られたのだ。
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