第二十四話 兄弟喧嘩
~SIDE プロテリア~
登り出した太陽に照らされ、美しく輝く海。俺たちにとっては、もう朝とは呼べない時刻。普段なら一通り家事を終わらせ、町に買出しに行っているか、森に入って食料を調達しに行く時間だ。
対して弟は、毎日毎日ここに来て海を眺めている。それも、ただぼんやりと眺めている訳ではなく、鋭い目つきでじっくりとだ。
よくもまあ、飽きないものだと常々思う。俺だったら海に入っているだろう。
「なんの用?」
弟コストーデは俺に振り返ることはなく、海を見つめたまま問いかけてきた。
コイツは朝喉の調子が悪く、いつにもまして口数が少ない。今も、少々声が掠れていた。決して嫌われているとかではない。
「用がなかったら来ちゃいけないか? ここは元々俺の特等席だったんだ」
俺も昔は、コストーデのように毎日海を眺めていた。そうしているのが好きだったし、何より父さんに言われていたことでもある。
毎日海の様子を確認して、場合によっては外敵と戦闘する。父さんの言いつけだ。
「いや、兄貴がこんな時間にここに来るのは珍しかったから。今日はエコテラさんたちと一緒じゃないの?」
「今日はお前に話があると言って、付き添いは辞退した。あと、今日はエコノレさんの番だぞ、コストーデ。そこを間違えたらいけない」
俺はこういうところに敏感な性質なのだ。少々鬱陶しいかもしれないが、許してほしい。
彼らからは、精霊に近しいものを感じるのだ。外見とはまったく異なる内側の姿を持った人間。以前に仲の良かったアイツを思い出す。
「それで、用ってのはなに?」
そっけない態度だが、弟の目を見れば分かる。ちょっと嬉しがっているんだ。そしてそれを恥ずかしく思い、ああやって隠そうとしている。
ここにはいつも一人で来ているか、たまにミノが流木で遊んでいるくらいだ。コストーデはいつも暇な時間を過ごしている。話し相手が欲しかったのだろう。
「なに、お前に改めて謝っておこうと思ってな。すまない、本来は俺の仕事であるはずなのに、お前に押し付けてしまって。父さんの不在も相まって、相当な心労をかけさせていると思う。本当にすまない」
俺たちは知っている。この海には、霊王ウチェリトや精霊種の長ロンジェグイダですら敵わない化け物がいることを。そして有事の際、そいつと一番最初に抗戦するのはコストーデだ。父さんの言いつけとはつまり、この大陸を守るために死ねということなのだ。
奴は今封印されているが、まったく規格外の生物。いつ自力で封印を解除してもおかしくないのだ。
父さんがいれば、この大陸は守られる。あの人に水中戦で敵う奴なんて、この世に存在しない。だが、だからこそ、その安心感がない今、弟の精神的ダメージは相当なもののはずなのだ。
「仕方ないよ、兄貴よりも俺の方が強いのは事実だから。それに、兄貴はエコテラさんたちに好かれているけど、俺はそうでもないよ。この間もエコテラさんに話しかけてみたら、笑顔で流された。多分子どもだと思われてる」
そうか、弟は彼女たちと仲良くなりたかったのか。人間と触れあったことも少なく、同世代のタイタンロブスターの知り合いも多くはない。地上で生まれ育ったコストーデには、友達というものがいないんだ。
コストーデはいつも無表情でそっけないが、本当は友達が欲しかったんだな。
使命のせいでロクに遊びにもいけないが、そういうことなら俺が一肌脱いでやろう。かわいい弟のために何か……。
「待てコラ、いまなんつった?」
「え? だから、エコテラさんは俺のこと子どもだと思ってるって。多分兄貴のことはそれなりに大人として思ってるけど、俺や姉貴のことはまだ子どもだと……」
「ちげぇよ、そん前だ前。俺がお前より弱いだと? 言うようになったじゃねぇかコストーデ! てめぇ、俺の実力を忘れたってのか? 俺が防衛を外されたのは弱いからじゃねぇ、別のこと任されてるからだ。断じて! 兄貴である俺が弟のお前より弱いなんてことはない!」
まさか弟がここまで思いあがっていようとは。父さんに信頼されているのは分かるが、それで自分が強くなったものと思い込んでいる。これは、再教育が必要だな。
「へぇ、兄貴、まだ自分の方が強いと思ってたんだ。俺が何もせず、ただここに座って海を眺めているだけだと思ってたの? 心外だなぁ、海の魔獣相手に毎日戦ってるんだ。昔よりも格段に強くなってるよ。兄貴、代替わりの時はもう過ぎているのさ」
「このクソ野郎、なら真剣勝負で決めようじゃねぇか。どっちの方が強いのか、それでハッキリするだろ。兄貴の力見せつけてやるぞお前」
「その勝負、受けてたとう。俺の方がずっと強い。そろそろそれを証明するべきだと思ってたんだ。兄貴は安心して、兄貴よりも強い俺に、防衛を任せると良いさ」
コイツゥ、どの言葉が俺にとっての地雷か分かっていやがる。そして敢えて、それを踏み抜きまくっているんだ。俺を怒らせたいのかコイツは。
タイタンロブスターにとって、年齢というのはそのまま力のことだ。
俺たちは半年に一度行われる脱皮で、特殊な能力を獲得できる。魔法の才能であったり、強靭な肉体であったり、賢い頭脳であったり。
そして、俺たちの寿命が尽きることはない。脱皮不全で死に至ることはあっても、タイタンロブスターに寿命は存在しないのだ。それもこれも全て、脱皮の力によるものである。
ゆえに、脱皮の回数が多い年長者は強い。若輩者が年長者を超えるなどということは、タイタンロブスターに限っては万に一つもありえないのだ。まあ、億に一つくらいはあり得るが。
とにかく、俺たちタイタンロブスターの兄弟において、弟が兄を上回ることなどありえない。ありうるはずがないのだ。弟の思い上がりを、ここで叩き潰しておく必要がある。
どちらからともなく、俺たちは距離をとった。こういうのにはお互い慣れているのだ。
弟とはこれまでに幾度も決闘している。晩御飯のおかずの大きい方を賭けて。おやつの果実を賭けて。ミノが生態魔法を獲得したとき、赤ちゃん姿の彼女を最初に抱っこする権利を賭けて。
とにかく様々な決闘をしたが、戦闘では常に俺が勝ち続けている。だからこと戦闘技能に関しては、絶対の自信があった。
「そういえば久し振りだな、お前とこうして決闘するのも。最後にやったのは、はて、いつだったか」
「十五年前、父さんの寝込みを襲うとかいうあほみたいな罰ゲームを賭けて決闘したよ。まったく、あんなに刺激的なことも忘れるなんて。兄貴、人間でいうところの認知症というやつじゃないの?」
「いちいち癪に触る言い方をするなお前は。常に健康年齢のタイタンロブスターに、認知症なんてあるわけないだろ。アストライア族最年長のムドラスト様を見てみろ。もう2000年近く生きているのに、未だ衰えを知らないぞ」
このアストライア大陸の近海を主な領地とするタイタンロブスターの部族、アストライア族。彼らの族長ムドラストは、御年1953歳になるとか。まあ実年齢は誰も把握していないが、彼女は俺でも惚れてしまいそうなほど美しい身体を持っている。それほどまでに、タイタンロブスターは老いを知らないのだ。
「分かっているさ、ちょっとおちょくってみただけだよ。開始の合図はいつも通り、この石を真上に投げて、落ちてきた瞬間だ。時間制限なし、魔力制限なし、実戦形式の決闘で構わないね?」
俺は一言了承を伝えた。弟コストーデはこくりと頷き、手にした石を真上に投げる。
かなりの高さが出ていた。落下の瞬間を分かりやすくするためだろう。こういうところに、アイツの律義さが出ているな。俺なら真下にぶん投げる。
砂浜に石が音もたてず落下した。それを目で追っていた両者は、まったく同じタイミングで拳を振るう。海岸を暴力的な魔力が襲い、史上類を見ない兄弟喧嘩が始まった。
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「いや~、お前も強くなったな。まさか俺相手に6時間も粘るとは、思ってもみなかったよ。これなら安心して防衛を任せられるな。海の化け物に特攻して、20秒ってところか」
気絶したコストーデに向かってそう言い放つ。勝者の特権、好きなように相手を罵倒できるのだ。こんなに気持ちいいことはない。
しかしコストーデ、本当に強くなった。使える魔法も以前より格段に多彩になっている。その出力も、目を疑うほどだった。
結果として俺の方が強かったが、一流の戦士になったことは疑いようもない。
「兄さん、終わった? すごい騒音で集中できなかったんだけど」
俺が呼吸を調えていると、ランジアが家の方から歩いてきた。コイツもコイツで、まったく表情を動かさない。どうして俺の弟妹はこう無表情なのか。ミノはあんなにも明るいというのに。
「悪い悪い、つい楽しくなっちまってな。もう終わったから安心しろ。……なんだよ、そんな目で見て。怒ってるなら怒ってるって言えよ。俺は今めちゃめちゃ機嫌が良いから」
「じゃあお言葉に甘えて、私の隠密魔法に何をしたの?」
「……気付かれてないつもりだったんだけどな。何、ただの翻訳魔法だよ。エコノレさんもエコテラさんも疑問に思ってなかったみたいだけど、別大陸の言語がそのままこっちで使える分けないだろ。今まで俺が一緒にいたけど、今日はそういう訳にいかないしな」
恐らくは、パラレルとかいう男の計らいだと思ったのだろう。二人とも、あの胡散臭い男を信用している。顔も知らないが、俺はそいつの存在にどうも懐疑的だった。何か良からぬものを持ち込んでくるのではないかと。
「そ、なら良いけど。あと、コストーデは兄さんが治療してね。私今日魔法の研究に魔力使い過ぎて、回復属性も枯渇してるから」
「はぁ? 回復属性も枯渇って、どんな研究してんだよ。俺でも知らねぇぞ。まさかお前が医術系の研究なんかしてる訳ねぇし」
「それは秘密。あと、兄さん口調荒れてるよ。興奮するのもいいけど、エコノレさんが帰ってくる前に直しておいた方がいいと思う」
おっと危ない、一度戦闘するとこうなるんだ。頭が興奮して、口が悪くなる。
まあ誰でもそんなもんだろ。戦うと相手を罵倒したくなるし、呼吸は早まるし。
「忠告ありがとう、ランジア。俺は二人が帰ってくるまで夕食の準備でもしておこうかな。コストーデはその辺に投げとけばその内治ってるさ」
久し振りの兄弟喧嘩を楽しんだ俺は、上機嫌のまま夕食の支度をするのだった。
今度は、父さんとも喧嘩してみたいものだ。多分負けるだろうけど。
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