第二十三話 雇用契約

「にしてもあんちゃん、すごい魔力してんな。いったいどれだけ溜め込んだらそうなるんだ? それも、ほとんど空間系のもんだ。圧縮率は3倍? いや、4倍ってところか。人間には絶対に生成できないはずなんだが、あんちゃん何もんだ?」


 カッツァトーレはアラレスタとの口喧嘩が終わったのか、自分でお茶を汲みながら話しかけてきた。

 やはり精霊種というのはみな、鋭いものなのだな。俺の病気を第一に指摘してくる。


「は? アンタもしかして、エコノレさんが持ってる魔力の属性が分かるの!? それも、圧縮率まで読み取れるわけ!?」


「流石に正確な数字までは分からんがな。アラレスタ、お前まだ空間系の魔法は持ってないだろ。だからわかんねーんだ。その点、空間系は俺の得意分野だぜ。戦闘でも日常生活でも役に立つしな。ま、詳しいことは大長に聞いてくれや」


 驚いたな、アラレスタでも分からないことを、この野蛮な男は一目で言い当てたのか。彼女は人間との関係を築く代表に選ばれるほど優秀な人材だが、カッツァトーレはまた別分野で優れた人物らしい。


 恐ろしい形相でこちらを睨んでいるこの男、絶対に仲間に引き込みたい。

 単純に森林探索の護衛としても重宝するだろうが、それ以上に活躍できる場が必ずあるはずだ。この男の力は、ただ振り回すためにあるのではない。


「今日は、君に用があって来た。ただお茶をしに来たわけではない」


 話の切り口はすこしゆとりを持たせて。いきなり本題を話すのではなく、まず話があることを伝えるのが先だ。忘れがちだが、これがあるのとないのとでは受け取り方が全く異なる。気持ちの準備という奴が必要だからだ。


 彼は熱いお茶をすすりつつ、目線だけで話の続きを促してくる。

 俺の言葉を聞いてはいるが、今はお茶を楽しみたい気分なのだろう。その手からお茶が離れる気配はない。そして彼も、自分で作ったお茶に満足した表情を見せている。


「聞くところによると、カッツァトーレは人間と積極的に関わり、この森に新しい風を吹かせようという思想の持ち主。つまり革新派の人間だそうじゃないか。俺はまさに、この森、いや、この大陸に今までにない新しい風を吹かせようと、計画を練っている。俺たちはそう、この国にまったく新しい大規模商店を作るつもりなのだ。当然ながら、人間の協力者もいる。しかしこれには、君のように人間ではない革新派の力も取り入れようと考えているのだ。それこそが、これからの時代にふさわしい」


 大筋は間違ったことを言っていないが、当然全てが真実ではない。

 まず、人間への交渉はまだ進めていない。それは、精霊種の協力者がいるという手札を手に入れてからの方が、人間からの協力を得やすいからだ。


 それに、俺たちの経営目標はこの大陸に新しい風を吹かせる、などというお偉いものではない。ただ単に、俺個人が金を得たくて始めたことだ。

 確かに結果的にはこの大陸の文明をさらに高度なものに押し上げるだろうが、それを中心として行動するわけではないのだ。


 だが、自分で言っていて素晴らしいと思う部分もあった。

 今まで人間と精霊種は、どうにかして近づこうとして、結局は上手く行かず、精霊種側があがめられるような状況が続いていた。


 しかし同じ職場、同じ立場で働き始めれば、もっと深くお互いのことを知れるようになるだろう。そして、お互いのことをもっと知りたいと思うだろう。

 人間と精霊の架け橋という意味でも、この計画は良いものになると確信できた。


 カッツァトーレも、俺の嘘にまみれた言葉に関心を持っている様子だ。

 彼自身も気付いていたのだろう。このまま迷い人を救い、お茶を出す生活を続けているだけでは、一向に人間との距離は縮まらないと。


「具体的に、俺に何をさせたい? 話を受けるかはそれ次第だ。爆発寸前のあんちゃんの護衛ってんなら、俺は受けないぜ。そんなもん、命がいくつあっても、安心感がねぇ」


 ふむ、当然だろう。業務内容も聞かずに雇用契約を結ぶ阿呆はいない。そして俺も、そんな阿呆は必要としていない。


 しかし、彼ほどの人物でも俺の護衛は恐ろしいか。確かに、魔法的衝撃を受けただけで大陸の一部を巻き添えに自爆する爆弾なんて、誰も手にしたくはない。しかも俺が爆発したときの責任は、俺を護衛していたものが負うことになるのだ。


 改めて、アラレスタには感謝しないといけないな。

 それと、彼女の行動を許してくれた精霊種の長ロンジェグイダ、そして陰ながら俺のことを見守ってくれている霊王ウチェリトにも、改めて感謝を伝えたい。本当なら、俺を海にでも沈めているはずなのだ。


「ハハハ、そんなことは要求しないさ。それはアラレスタの仕事だ。何より、彼女は俺の相棒と仲がいい。君に頼みたいのは、森の幸を採取する際の護衛。それから、採取チームの案内だな。あともう一つ、俺の組織の戦力として、その名前だけでも貸してほしい」


 最後のは俺の独断だ。エコテラには何の相談もしていない。

 しかし俺の直感が言っているのだ。この男の力を存分に使い切れと。妥協はしない。お茶をすすり、向こうの言葉を待つ。


「護衛と道案内なら任せろ。今までも似たようなことはやって来たし、俺たちの得意分野だ。だが、最後のはどういうことだ? 俺の名前が借りたいと?」


「ああ。見たところ、君は名の知れた実力者なんだろ? 森の代表アラレスタの紹介でもあるし、俺の組織の戦力になってほしい。実際に戦わなくても良いんだ。ただ手札として君の名前を出す権利と、他勢力に戦力的な加担をしない契約を結んで欲しい」


 俺たちが作ろうとしているのは、この世界にはなかったまったく新しい組織だ。当然ながら、反発を受けることも用意に想像できる。力がただ一点に集中することを、大衆は恐れる。そして攻撃を始めるのだ。


 俺たちの場合で言うと、財力。これが一時的にしろ俺たちの企業に集中することになる。

 そしてそれを嫌がる相手は、この国の政を行っている連中だ。奴らからの反発を受ければ、当然武力で反撃する必要も出てくる。その時、彼のような人材がいれば安心だ。


「なるほどな。つまり、俺に守り人をやれと。だがその契約の場合、俺は戦力としてでなければ他勢力に協力しても良いんだな? かなり自由に行動出来るが」


「何も、君の行動を制限したい訳ではないからな。俺たちはただ、ある程度の武力が得られればそれでいい。それに、きっと君がうちを離れたくないと思えるくらい、良い組織を作るつもりだ。そこは安心してくれ」


 とにかく第一に考えるべきは、政治家たちの制裁を回避する方法。エコテラのいた世界の常識など知ったことではないが、こっちでは制裁といえば武力行使のことだ。

 彼女の言う大企業とはつまり、力のある豪族のことであろう。ならば、対抗できる武力を持っていても何ら不思議ではない。


「あんちゃんの話は分かった。俺はこの話、引き受けようと思う。正直人間との関係に限界も感じてたし、いい機会だ。お前たちも、この話に賛成でいいな!」


 カッツァトーレが、他のメンバーにも確認をとる。皆口々に賛成の意を示してくれた。どうやら問題はなさそうだな。皆一様に、これから始まる新しい取り組みに心を躍らせていた。


 これで、森林採集の安全確保はできた。仕入れ問題一歩前進である。

 さて、今日はもうひと仕事あるのだ。今度は野菜や魚の仕入れ先と交渉をしなければならない。


 けど、ちょっと疲れたな。もうお昼時だし、この家で少し休んでから向かうとしよう。

 ディリト少年からもう一杯お茶を受け取り、俺は愉快な野蛮人との談笑にふけるのだった。

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