第十三話 星空の誓い
時刻は夕方。先程の話は一旦忘れ、皆が一様にBBQコンロを囲んでいる。
海の見える広い庭からは、夜空に浮かぶ星が良く見えた。この大陸から見る星は、俺に故郷のものとは少し違うらしいな。
既に長女ランジアと次男コストーデも自己紹介を終え、ディリト少年と仲良くなっていた。少年は今日一日で沢山友達ができたと喜んでいる。
アラレスタも、ランジアとはすぐに打ち解けていた。しかしコストーデは大人の女性というものをあまり知らないのか、かなり引き気味の様子。こういうところは本当に子どもらしくて良い。プロテリアもあのくらい可愛げがあれば、もっと印象も良いのだが。
「アラレスタさん、その牛肉もう焼けてますよ。そろそろ食べごろです」
確かにアラレスタは童顔だが、プロテリアよりもずっと年上のはずだ。
何せ彼女は木の精霊だからな。精霊種は総じて寿命が長い。彼女ほどの存在なら、もう数百年は生きているだろう。
しかしプロテリアは一切怯むことなく相手している。子どもには見えない。大人びているというか、むしろアラレスタのことを恋愛対象とも思っていないようだ。
いや、タイタンロブスターと精霊なのだから、それも当然か? コストーデがおかしいのだろうか。
「い~や、プロテリアは分かってない。牛肉はもっとちゃんと焼いた方が絶対おいしいよ。歯ごたえが出るもん。それに、寄生虫を舐めてると痛い目見るよ~!」
食の好みは人それぞれ。プロテリアはレアの方が好きなようだが、アラレスタはウェルダンの方が好みらしい。
皆が楽しく食卓を囲む中、俺は未だに心の底から楽しめずにいた。
たびたびミノファンテが俺に肉を分けてくれたり、ディリトが気遣って野菜を肉と交換してくれたりしたが、さっきから中途半端な対応しかできていない。
俺が一人肉をほおばっていると、不意にコンマーレが近づいてきた。
目線を合わせ、指で付いてくるよう合図する。俺はそれに従い、席を立った。
そこはこの家の一階。海と直接繋がっている、タイタンロブスター用の入口だ。
海を改めて眺めると、星空が反射して実に美しい。庭から聞こえる楽しげな声も、あの夜空に吸い込まれるように遠くなった。
「やっぱ、病気の件気になるか?」
俺が地面に腰かけると、すぐにコンマーレから切り出してきた。
どうやら気付かれてしまったらしい。いや、彼ほどの人物なら、気付いて当然かもしれないな。
「まあな。今までずっと、俺が早死にするだけだと思っていた。けど、あんな話を聞いてしまっては憂鬱にもなる。これは、俺だけの問題ではなくなってしまった」
俺の体内に溜め込まれた魔力。それがひとたび解放されたとき、この大陸の形が変わってしまうほどのエネルギーがあふれ出るという。
通常、魔力を保存するための水晶に毎日魔力を注ぎ続け、それを一年繰り返すと、家屋を数十棟破壊できるとされている。
年齢によって魔力の生成速度にも変化があるから、一概に今の年齢分魔力が蓄えられているとは言えない。しかしそれでも都市を破壊し、山河を打ち砕くほどの力をこの身に宿してしまっているのは事実なのだ。
「お前の病気は、本来なら5歳の時に死んでいるはずなんだ。人間の体内には理論上、その者が生成できる30年分の魔力を保存できるが、魔力が人体に及ぼす影響は計り知れない。だからこそ、排せつ物などに魔力を混ぜて排出しているんだ」
魔力は、許容量を超えれば毒でしかない。
身体に溜め込み過ぎれば肉体は崩れ落ち、思考はまとまらなくなる。場合によっては、生殖機能を失うこともある。
「ああ、だからこそ、俺は勘違いしていたんだ。俺は魂のない病気だと、ずっとそう思っていた。だが、違ったんだな……」
この世界の魔法は、何も摩訶不思議なマジックではない。れっきとした科学だ。
まず、ここに魔法で生成した『石』があるとする。これは当然魔力の塊で、石のような見た目をしているが、魔力が石を模倣して同じ形をしているに過ぎない。他の魔法も原理は同じだ。異世界接続魔法などの例外を除いて。
そしてこれは、普通の石と同じようにいつかは消える。
基本的には、『太陽光』『魔力を分解できる消化酵素を持った微生物・昆虫類』『植物の活動』などによって分解され、儚焔という液体または気体に変化する。
これが人体に入り込み、『魂臓』という臓器で魔力に変換され、生成された魔力は体内を循環しながら諸所の器官で蓄積されていく。こうして、人間は再び魔法を使えるようになるのだ。
魂臓には魂が宿るとされ、戦場などでこれを貫かれたものは、例外なく意識を失うらしい。心臓は動いているのに、脳は活動を停止する、いわゆる植物人間という奴である。
たまにいるのだ。俺のように、生まれつき魔法を使えない人間が。
現代の地球でも稀にあるようだが、生まれる時に内臓が上手く生成できない子どもがいる。そして、魂臓の場合は他に比べこれが非常に多いのだ。
そういった子どもは魂のない者とされ、生まれたその時から奴隷のような扱いを受ける場合もある。
俺は父が大事に育ててくれたが、農民の子どもならこうはならなかっただろう。
「俺はそう遠くないうちに死ぬと言ったが、その時、俺の魔力はどうなる?」
「心配するな。基本的にはお前の魔力が解放されることはない。魔力が身体を蝕んで崩壊した場合も、大爆発を起こすような悲劇にはならないさ。お前は死ぬことになるが」
そうか、それは良かった。ならば、アラレスタの言う通り魔法的衝撃にだけ備えていれば、普段通り動くことは出来るんだな。
であれば、俺の目標を達成することは出来る。猶予はたった2年だが、エコテラと協力すれば不可能ではないはずだ。
「……本当はそんなことを気にしていたんじゃないだろ。エコテラだ。彼女に謝らなければいけない。いや、謝って済む話じゃない。異世界からわざわざ呼び出して、彼女の力を借りて。それで、何かしてやれることもなく2年で死ぬ? それじゃあ、彼女が報われなさすぎる。彼女は何のために人生を捨ててきたのか、分からなくなってしまう! それじゃあダメだ。そんな悲劇じゃダメだ! タイタンロブスターのコンマーレ、俺に力を貸してくれ。彼女を助ける方法を、教えてくれ!」
頭を下げた。生まれてこの方、頭を下げることは何度もあったが、今この時ほど切実に願ったのは初めてだった。
だってそうだろう。一人の少女の人生を壊しておいて、その上命も奪うなんて、そんなことは世の中の誰だってしてはいけない。誰にもさせてはいけない。
「良くわかった。元より、俺はお前のことをこのまま見捨てるなんて出来ない。アストライア大陸の守護者は、絶対にこの地の人間を見捨てたりはしないんだ。任せろ」
なんて頼もしいんだ。
彼の力もそうだが、彼の知恵が、知識が、声音が、表情が、そして信頼が、俺を蝕む病を必ず解決できるという確信を与えてくれる。
「我、アストライアの守護者ニーズベステニー、其方に宿る闇を災害とみなす。しかして我、其方を友と認めたり。故に我、其方を災害としてではなく、友として対処しよう。そのためならば、真名を明かすこともいとわない」
急に雰囲気の変わったコンマーレ。
彼の口から紡がれたのは、いったい誰に対する宣言なのか。当然俺にも伝えているのだろうが、もっと別の、大勢に宣言するような雰囲気だった。
「悪いな、俺の本当の名前はニーズベステニーと言うんだ。諸事情があって隠していた。今のは、アストライアのタイタンロブスターに伝わる風習のようなものでな、大きなことを起こすとき、必ず宣言しなければいけないんだ」
「なるほど……。いや、貴殿が本気になってくれたようで何より。あただ、これからも俺は貴殿のことをコンマーレと呼ぶが、問題ないか?」
「ハハハ、大丈夫だよ。むしろ、あっちの名前は海の里でしか使ってない。地上じゃこっちのが通ってるからな」
彼は本当にとてつもない男だ。言葉を交わし、宣言を聞いただけなのに、もう俺は助かったような気持ちでいる。それだけ、彼の言葉には重みと責任があったのだ。
きっと時間が掛かるだろう。だが、彼ならば必ず間に合わせてくれるはずだ。俺たちが死ぬ、その前に。
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「……悲しい、あまりにも悲しいよエコノレ君。私に、キミを助けてあげられる力はない。キミを幸せにするために、こっちに来たのに。私、気を遣わせてばっかりだ」
楽しい夜の宴は終わり。月が輝く満点の星空が照らす中、少女は一人、ベットの上で泣いていた。
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