第十二話 昼食と病

 どうやらディリト少年の連れは、コンマーレの息子プロテリアと一緒にいたようだ。確かに、一般人からすればプロテリアも少年にしか見えないだろう。ディリトよりはずっと大人だが。


 俺がディリト少年を地面に下ろすと、彼は姉の元へ駆け出した。

 俺たちが一緒にいたとはいえ、迷子になった不安は大きかったのだろうな。彼女と手をつないで安心した表情を見せている。


「弟がお世話になりました。私の名前はアラレスタ。何かお礼をさせてください!」


 そう言って彼女は俺たちに頭を下げた。


 弟と同じ深緑の髪、若葉色の瞳。そして白い肌。彼女も木の精霊なのだろうな。どことなく森のような温かい雰囲気を感じた。


 とても可愛らしい女性だ。実に俺好みである。まあパトロリーアには劣るが。いや、今はそんなの関係ない。


 まずは軽く自己紹介から。皆それぞれ名前を言っていく。その間、彼女はずっと頭を下げたままだった。かなり生真面目な性格らしい。これは、こちらから言わなければならないようだな。


「頭を上げてくれ、アラレスタさん。俺はただこの子と一緒に買い物してただけだから。それより、皆で昼食にしないか? もうお昼過ぎだし、お腹減ってるでしょ」


 俺がそう言うと、ディリト少年の腹の虫が鳴る音がした。このフードコートでずっとお預けをくらっていたのだから当然とも言えるな。


「そうしたいのは山々なのですが、あいにく私は弟を探しに来ただけで、お金を持ち合わせていないんです。山に戻れば食料があるのでお気遣いなく」


「それなら大丈夫さ、今ちょうど、ディリト君にブタ串を買ってあげようと思ってたから。お姉さんもひとつ、どうかな?」


 まあ、これは俺の金じゃなくてコンマーレの金だが。どうにも格好が付かないな。せめて俺も何か出来たら良いんだが。金が入ってくるまでの辛抱だ。


「じゃあお言葉に甘えて、私もひとついただきます。あ、私かなり小食なので、そんなにたくさんは要らないですよ。本当にひとつで大丈夫です!」


 やっぱり木の精霊だから、日光とかで栄養を補給できるのだろうか。むしろ肉とかは栄養効率悪いかもしれないな。ディリト少年は今すぐ飛びつきたそうにしているが。


「なら、夜はウチに来ると良い。今日はBBQパーティーの予定なんだ。食材も買い込んだし、来てくれると嬉しい。娘もディリトと仲良くなったみたいだしな」


「そうなの父さん! 今日は白身魚のボイルにでもしようかと思ってたけど。お肉、楽しみだな~」


 プロテリアも嬉しそうにしている。子どもとは思えないほどしっかりした少年だが、こういうところはやはり子どもらしい。

 というかプロテリア、夕飯を考えていたのか。流石すぎる。


「そういうことなら、お邪魔させてもらおうかな。ディリト、あの子とちゃ~んと仲良くできた?」


 幼いディリトがちゃんとお利口にしていたか、アラレスタが問いかけている。それに元気に答えるディリト少年がなんとも可愛らしい。


 にしてもアラレスタさん、母親過ぎるな。年齢差もあるせいか、ああしていると若い人妻と一人息子という風にしか見えない。精霊ってのは皆あんな感じなのか?


「まあ夜のことはおいといて、今は昼飯だ。ホラ、好きなのを選んできな」


 子どもたちに銅貨を何枚か渡し、自分で選ばせる。ここはある程度人も少ないし、見失ってしまうことはないだろう。


 ミノファンテとディリトは宣言通りブタ串だ。結構腹が膨れるが、渡した金全部使い切るつもりらしい。店主に全部渡している。


 プロテリアはというと、アイツは魚が大好きだな。まさかの塩焼きだ。あとはサラダを少し。夕飯のこともあって、魚の気分だったのかもだな。


 さて、俺は何にするか。コンマーレの金を大分使ってしまったし、ここは出来るだけ安い奴にしよう。これ以上彼に迷惑をかける訳には行かない。


 安くてある程度腹が膨れる。無難な料理と言えば、やっぱブタ丼かな。結構種類があるが、シンプルにネギと肉が米に乗っているだけの丼ぶり。これで銅貨10枚。少し高いような気もするが、葉物野菜の相場が銅貨4枚だったことを考えるとそうでもない。


 皆各々好きな料理を買い、ベンチに集まって座る。子ども二人は既に歩きながら食べ始めていた。

 アラレスタさんがディリト少年を叱るかとも思ったが、他人の子どもがいる手前少し引いたのだろう。難しい表情で眺めていた。


 まぁ正直あのくらいは許容範囲かな。串焼きだし、そもそも立ち食いを想定している。味付けもタレとかではなくシンプルな塩のようだし、歩きながら食べても特に問題ないだろう。


 さて、俺も自分のを食べるとしようか。

 まだ温かいブタ丼は、ネギの風味も効いてとてもおいしそうだ。


 一口運んでみると、優しい塩ッ気が口の中に広がった。ご飯と一緒に食べるのにちょうどいい味の濃さで、とても食べ応えがある。コイツぁ旨いブタ丼だな。


 そんな風に各々食事を楽しんでいると、いつの間にかかなり時間が経っていたようだ。太陽がかなり進んでいる。


 もう季節は秋で、冬も近い。この大陸は冬になると日が長くなるが、それでもかなり太陽が傾いていた。そろそろ帰る時間だな。


 そう思い、俺が立ち上がろうとした途端、アラレスタさんが神妙な顔で話しかけてきた。


「やっぱりそうだ。すみません、今勝手にエコノレさんの中を覗いてしまったのですが、これは絶対に伝えなければいけない」


 いったい何だというのか。俺はただブタ丼を普通に食べただけだぞ。木の精霊は今の一コマに何を感じ取ったと。


「「あっ、ちょっと待って。それは……!」」


「エコノレさん、そう遠くないうちに死んでしまいますよ。貴方は魔力対流症を患っているんです!」


 コンマーレとプロテリアが何か言おうとしていたのを遮り、口を早めてアラレスタがそう言い放った。


「なんだ、俺の病気のことか。魔法を持つものは皆一目で分かってしまうんだな。そんな名前が付いているのは初めて知ったが、分かっているよ。俺の先が長くないことも」


 彼女の口から飛び出した言葉は、俺にとっては意外でもなんでもないものだった。

 正直、コンマーレ一家が俺に気を遣って黙ってくれているのも、薄々感づいていた。彼らは皆俺の病状を俺よりも良く分かっているんだ。


「いいえ全然分かってません。良いですかコンマーレさん。魔力対流症っていうのは、身体の中で生成した魔力が、身体の外に出ていかない病なんです。つまり貴方は、その大きな身体に、常人ではありえない魔力を保有しているんです。さっき食べたブタ丼が、一瞬で魔力に変換されたのを私は確かに見ました!」


 魔法透視、か。対象の魔法的エネルギーがどのように変動したのか視覚的に分かる魔法。本来は戦闘中などで、敵がどんな魔法を使ってくるのか事前に察知するための魔法だが、魔力障害を持っている人間へ医療目的で使う場合もある。


 俺は去年位に身長が伸びなくなった。魔力は体内のいたるところに保存されるから、身体が成長しているうちはこの病気で死ぬことはないが、成長の止まった今、俺はいつ死んでもおかしくないのだろう。


 しかし良かった。俺はずっと、自分のことを魂臓が存在しない病気、つまり魂のない病気だと思っていた。

 だが違ったんだな。俺はちゃんと、魂を持っていた。そのことに、少し安心もしている。


 思い返せば、コンマーレが出会った時にそんなことを言っていたか。俺にはとてつもない量の魔力があると。


「けどこの病気の本当に恐ろしいのは、魔力が体内で暴発してしまうことじゃないんです。むしろ外傷や魔法的衝撃によって、体内に蓄積された魔力が体外に放出されてしまう可能性があるんですよ。理論上、一年魔法水晶に溜め込んだ魔力は、家屋を数十棟簡単に破壊できますが、貴方が20年以上溜め込んだ魔力は、ともすればこの大陸の地形すら変えられてしまうんです!」


「俺も息子たちも気付いていた。今まで黙っていてすまん。しかし長い時を生きた俺ですら、その病気を完治する方法を知らないんだ。お師匠に相談しようと思っていた。お前は聡い男だから、自分の身体のことは自分で分かっているだろうしな」


 なるほどな、先程俺の身体能力が魔法で向上したのも、コンマーレが何か試してくれたのか。俺の魔力が暴走しないよう考えながら。


「タイタンロブスターの長老なら何か知っているかも知れませんね。私も明日、ブルターニャの長に話してきます。ですから、今後は慎重になってくださいね。特に魔法を察知したら、まず逃げてください」


 どうやら、知らないうちにいろんな人に迷惑をかけていたみたいだ。

 本当に、俺の人生は上手く行かない。これからだっていうのにな。

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