第十一話 肉屋独占

「お兄さん、ウチの商品に興味があるの? あら、かわいいお子さん! ちょ~っと値段は高いかもだけど、じっくり見て行ってよね!」


 店主は若い女性だった。とても快活な声で喋り、笑顔も明るい。客引きにはもってこいの人材だろうな。

 お言葉に甘えて、じっくり見させてもらうとしようか。


 露店に並んでいるのは豚肉と牛肉。恐らくは山で狩ってきたものだろう。若干獣臭さがある。しかし露店で数時間並んでいることを考えたら、全く気にならない程度だ。


 やはり目に付くのは……。


「唐辛子、だな」


 コンマーレが俺の耳元で小さく呟いた。

 その通り、この店には唐辛子を始めとした香草がいくつも置いてある。一応肉の付け合わせという名目だが、本当の目的は肉の臭みを消すことだろうな。


 そもそもこの肉自体ある程度獣臭がするというのは分かっている。客もそれほど気にしないだろうし、唐辛子の使い方を宣伝する方法としては上等だ。

 しかしその実、肉が腐りかけている臭いまで打ち消してしまう。商品の品質が顧客に伝わりづらい状態にされているんだ。


 間違いなく、これは偶然ではない。ここの商人は相当知恵が回るらしいぞ。


 この露店に辿り着くまでも、いくつも小さな路地があった。しかしこの周辺にはない。人の流れが、一度ここで落ち着くようになっているのだ。

 人の密集する場所に、においの強い香草と珍しい肉。集団心理も合わさり、この露店は牛や豚と言った足の早い生鮮食品も問題なく捌けているのだろう。


 生鮮食品を売り出すのに最適解と言える。エコテラの生きていた地球ならば、誰もが生の食材を保存する術を持っているが、ここでは圧倒的な集客力と購買動機がなければ、こんな商材を捌くなど不可能。


 そして最大の決め手は、ライバル店舗が全くいないことだ。

 これほど良い立地条件と知名度、そしてインパクトを兼ね備えた店舗は、見渡す限り何処にもない。競争相手がいないのならば、いくらでも消費者から搾取し放題なのだ。


 強いな。これほどの人材、敵にするよりもむしろ、ぜひ味方に欲しい。しかし彼らは、この場の主導権を絶対に手放さないだろう。

 エコテラは商業の知識こそ豊富だが、この世界の事情に疎い。ならば、味方を作るのも俺の仕事だ。


「それでは牛肉をひとつ、いただけるかな? できるだけ新鮮な奴を頼む」


「あいよ~、かわいい子どもたちにおまけして、ちょっとおっきなお肉! あでも、このお肉は新鮮だけど、ちゃんと火を通して食べてね~。お腹を壊して、最悪トイレの住人になっちゃうかも!」


 コミカルな雰囲気で喋る店主。ディリトもミノファンテも彼女の話に注目している。子どもに好かれやすい人物なんだろうな。


 しかし意外だ。ちゃんと客には注意喚起しているのか。

 肉に火を通さなければ危険なんて誰でも分かっているが、ここで再び釘を刺した。客の安全をきちんと考えているのだな。


 俺は彼女に大銅貨1枚を手渡し、大きな肉の塊を受け取った。

 改めて店から離れにおいを嗅いでみると、この肉からは腐敗臭がしない。こちらの要望通り、極力新鮮な肉をくれたようだ。


 血は完全に抜かれ、内臓がくっついていた跡もない。丁寧に捌き、肉の鮮度を落とさないように努力したのが良くわかる。解体の技術も相当なものだ。


 だがこれでハッキリしたこともある。今日捌いた牛は、一頭ではなかったのだ。


 あの店からは、確実に牛肉が腐りかけているにおいがした。上手く隠してはいたが、最初から疑ってかかれば気付かないほどではない。


 しかしこの肉からは腐敗臭がしない。ならば今日は、最低でも二頭以上の牛を解体しているはずなのだ。そうでなければ、これほど綺麗に処理された肉の腐敗具合に、ここまで大きな差が出るのはおかしい。


 けれどあの商店と言えども、牛二頭をその日のうちに、それこそ腐敗が始まる前に捌ききれるはずがない。

 ならば確実に、廃棄もしくは顧客が判断を誤って購入することが目的で捌いた牛がいる。


 それはひとえに、商品の豊富さをアピールするためだろう。


 現代の地球でも良くありがちな作戦だ。

 商品の陳列棚を出来るだけ高くし、奥行きのある棚に商品を敷き詰める。


 すると店に来た顧客は、商品の数の多さと迫力に圧倒され、気分が高揚してくる。整然と並べれらた商品に何故か安心感のようなものも芽生え始め、ついには特にいらないものも買ってしまうのだ。


 それを、かの露店は完全に理解している。

 牛一頭分の肉をまるまる店に並べ、通りがかった客にこれを見せる。すると消費者はだんだんこの肉に興味が湧いてきて、中でも賃金に余裕のある層は簡単にこの肉に手を付けてしまうのだ。


 そして店に並ぶ商品を増やすため、二頭目も解体した。この時点で一頭目の肉が売り切れないのは確定するが、店に足を運ぶ客は増える。結果的に利益は増え、露店は大儲けというわけだ。


 商品の豊富さをアピールするなら、牛二頭を二日間に分けて売り出すよりも、一日で全て解体し、客引きに利用する方がずっと良い。


「だが……それでは、必ず誰かが腐りかけの肉を手にしてしまう」


 いや違う。そのための注意喚起か!

 あの一言で、消費者は腹を下しても店に文句を言えなくなったのだ。肉の腐敗のせいでも、加熱が甘かったのだと言われてしまう。


 なんと悪知恵のはたらくことか。まさかこれほどの実力者がこの国にいるとは。いやむしろ、この程度で収まっているのがおかしい。もっと巨大な商家を立てられるはずだ。何か理由があるのか?


「……ねぇお兄さん! ねぇってば! どうしたの、そんなに怖い顔して。お買い物楽しくない?」


 ふと気が付くと、頭の上から声がした。ディリト少年だ。

 言われてみれば、少々怖い顔をしていたかもしれない。少々不安にさせたかもしれない。


「なんでもないよ。少年、ちょっと疲れたから、あそこで遅めのランチでもしつつ休憩しようか。お腹空いてるだろ?」


「……うん!」


 俺は生肉をコンマーレ殿に手渡し、今度は調理済みの食品がどのような状態なのか調べに入る。

 ディリト少年は少し納得していないような様子だが、それでもニヘラと笑ってくれた。


 子どもを不安にさせてはダメだよな。何より、ディリト少年は親とはぐれているんだ。彼はすでに重たい不安の中にいる。殊更に気を遣わなければいけなかった。


「ディリト君は何にする~? ミノは串焼きかな~。お腹ぺっこぺこ」


「あ、ミノちゃん。さっきお兄さんが牛肉を買ってたよ。多分夕飯は牛肉になるんじゃないかな。ここはブタ串にしておこ!」


 俺たちの頭上で何やら楽しそうに話している。ディリト少年はしっかり考えているようだな。子どもながらにしっかりしている。


 さて、俺も何にしようか。 

 市場調査も良いが、一日の情報量としては充分だ。何より、加工食品は俺の扱う分野とは少し離れる。


 それに、どんな情報がどの程度役に立つのか、俺はあまりよく知らない。情報収集は俺の仕事だが、これを分析するのはエコテラの仕事だ。ひとまずは彼女の意見を聞いてから、次の行動に移すことにする。


 だからここは少し気を抜いて、好きなものを選ぶとしようかな。今日は走ったり長距離歩いたりで疲れたから、やっぱり俺も肉が良い。えぇとどの肉が良いかな……。


「いい加減にやめてください。僕は大丈夫ですから。貴女だって探している人がいるんでしょ!」


「いいやダメ。いくらタイタンロブスターって言ったって、まだ子どもじゃないの。弟も心配だけど、今は君の方が心配だよ!」


「ですから、僕はもうとっくに成人してるんです! 見た目はこんなんですど、貴女とそう変わらない年齢です!」


 俺が昼食を選んでいると、付近から聞き覚えのある声が聞こえてきた。誰かと口論しているらしい。


「あ、お姉ちゃん! お~い、こっちだよ!」


 ディリト少年が件の女性に手を振っている。よかった、どうやら無事に家族が見つかったようだな。


「ディリト! こんなところに居たのね!」


「父さんたち、助けてください! この女性が……!」


 おっと、これは再び面倒ごとの予感がする。

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