第十四話 決意

 朝だ。昨日の星空が嘘のように淀んだ雲が空を覆いつくしている。まるで私の心をそこに移しているかのように。


 今日は比較的早く起きたと思う。エコノレ君の身体は朝に弱いけど、昨日は相当疲れていたみたいだしよく眠れた。それに、昨日の出来事も関係しているのだろう。


 ふと、ベットの横に置かれた鏡台が目に入る。

 ああ、酷い顔だ。やっぱり、泣きはらした跡がくっきりと浮かんでいた。エコノレ君はせっかくイケメン顔なのに、これではもったいない。


 絶好調の身体とは裏腹に、私の頭の中はどんよりしていた。ベットから起き上がるのも鈍重な動きである。

 あんな話聞かされたら、誰だってこうなるはずだ。


 私はエコノレ君を助けるために、幸せにするためにこの世界に来た。

 私にはそれが可能だと言われたから。誰かに必要とされるのが嬉しくて、頼られるのを誇りに思って、この世界に来たんだ。


 けど、実際はどうか。私に彼を助ける力なんてない。真の意味で幸せにすることも出来ない。

 それが可能なのは私じゃなくて、むしろこの世界の人たちだった。私はただここから見ていることしか出来ない。


 重い不安が私にのしかかる。当然自分が死ぬかもしれない恐怖もそうだが、何よりこのままエコノレ君に何もしてあげられず、彼の目的も果たせないのがひどく恐ろしかった。


 こんな重圧を私一人で抱え込むなんて、絶対に無理だ。確かに私には経済の知識があるけど、一年や二年で大財閥を作るなんてできっこない。それにそんな重大なことの責任、私には取れない。


 誰かにこの場所を代わってほしいと思いつつも、自分の身体を鏡台越しに見て改めて感じる。もう、この身体は私のモノじゃない。エコノレ君と私、二人のモノなんだ。


 そう思ったとたん、何故だかもう少し頑張れる気がしてきた。

 彼のためなら、もう少し頑張れる。自分のためじゃなくて人のために。こんな簡単なことを本当の意味で実感できたのは、これが初めてだった。


 大一、彼はまだ諦めてなんていない。コンマーレさんと誓いを交わし、大きな一歩を踏み出そうとしていた。

 なら、私にそれを邪魔する資格なんて何処にもない。そして誰にも、邪魔なんかさせない。


 エコノレ君よりも一歩遅く決意を硬め、私は歩き出す。まずは今日を頑張って生きよう。そして彼を助ける方法を、一刻も早く見つけ出そう。


 泣きはらした頬をはたきベットから立ち上がると、鏡台の上に一枚の置手紙を見つけた。置手紙というか、置き木簡? そういえば、エコノレ君が私とコミュニケーションをとるために置いて行ったんだっけ。


『初めまして、エコテラ。俺はエコノレ。まずは謝らせて欲しい。君をこんな世界に呼び出してしまって、本当に申し訳ない。君はここよりずっと良い場所で暮らしていたんだろう。大切な生活を壊してしまった。いつかこの借りは絶対に返す。絶対にだ。そして図々しくも、お願いがある。俺に力を貸してほしい』


 彼の言葉は、決意を固めた心に深く突き刺さる。

 このタイミングでこんなものを見せられたら、絶対に助けてあげたくなるじゃないか。頑張らない訳にはいかなくなるじゃないか。


「エコノレ君が本当に幸せになるまで、私だって絶対に諦めてなんかやらない。いつまでだって頑張り続けられるよ。君のためなら」


 そうと決まれば早速、昨日エコテラ君が集めてくれた情報の整理。それから作戦立てを始めよう。どんな方法を使えばこの国で金を稼げるのか。この国にはどんな競争相手がいて、それに対抗するにはどうすれば良いのか。じっくり考える必要がある。


「その前に、朝ごはんにしないと。ご飯も食べずに良い考えが出てくるわけないよね」


 扉を開け、階段を下る。開かれた窓からは朝の冷たい潮風が入り込んできて、しょっぱいにおいが脳を覚醒させていく。

 今日は少し降り出しそうだ。雨雲がどんどん押し寄せてきている。


 階段を降り切ると、リビングからは肉の焼ける良いにおいが漂ってきた。きっと昨日のあまりだろう。コンマーレさんが氷系の魔法も使えるから、肉の保存に関しては問題ないのだ。


「洗面所借りるよ~」


 一旦リビングを素通りし、私は洗面所の方に入る。こんな泣きはらした顔を子どもに見られるのは少々恥ずかしかった。せめて顔を洗ってから子どもたちに会いたい。


 洗面所に貯めてある水を顔にかけ、布でふき取ると多少腫れもマシになっていた。鏡には、エコノレ君の童顔でイケメンな顔が映っている。彼の愛用している輪で髪を結び、洗面所を後にした。


 リビングに入ると予想通り、既に薄切りにされた肉が並んでいる。シンプルな白米に目玉焼き。それからベーコン。ご機嫌な朝食セットが満点である。


 私がいつものように窓際の席に座ると、プロテリアがスープを運んできてくれた。


「プロおはよ。コンマーレさんの姿が見当たらないけど、何処かに出かけているの?」


「今日はお姉さんの方なんですね。おはようございます。父さんなら、お師匠に会いに行くって海に行きましたよ。久し振りの帰省ですし、しばらく帰ってこないと思います。色々面倒なこともあるので」


 コンマーレさんももう動き出してくれているんだ。彼はまだ謎だらけの人物だけど、エコテラ君も町の人たちも信用してた。何より、私も彼は大丈夫だと思っている。任せておけばきっと事態を解決してくれるはず。


 なら私がするべきは、事態をこれ以上悪化させないこと。コンマーレさんが帰ってきたとき、今と何も変わらない状態で出迎えること。


 もし容体が急変してしまえばコンマーレさんも対処出来なくなるかもしれないけど、今のままなら解決策がある。彼はそう、満点の星空の下で宣言したのだから。


 コンマーレさんのいない食卓で朝食を食べる。彼が居なくても、この家族がにぎやかで温かいのは変わらない。

 ミノはいつも笑顔だし、ランジアとコストーデは元気だ。プロも自分の料理の出来に満足したのか笑顔を浮かべている。


 当然、私もこの朝食が大好きだ。私も家族のようにこうして食卓を囲めていることに、感動すら覚えている。

 だからこそ、頑張らなければいけないんだ。この景色からエコノレ君が欠けるのは、誰も望んでいない。


「ごちそうさま。やっぱりプロの料理はおいしいね。さて、私は部屋に戻って作戦立案と行きますかな~。ランジアちゃん、余ってる木簡とかある? 色々書き溜めておきたいんだけど」


 ランジアは読み物が大好きだ。木簡に記された文章を読んで記憶して。とにかく毎日木簡とにらめっこしている。そしてたまに、自分でも何か書いているのだ。多分魔法の研究? だと思うけど。


「木簡ならまだあるけど、エコテラさん、そろそろ時間じゃないの?」


 時間? 時間ってなんのことだろう。私なんか約束とかしてたかな?


「こんにちは~、予定通りの時間! 迎えに来ましたよ、エコノレさ~ん」


 玄関の方から声がする。アラレスタさんの声だ。

 そうか、エコノレ君が何か約束をしていたんだ。でも今日は私の番が回ってきちゃった。


 それにしても、何の約束をしていたんだろう。ちょうど私の意識がなくなりかけていたときなんだろうか。


 身体の主導権がないときは、なんだか寝ている時みたいな感覚なのだ。

 意識が若干ハッキリしている時もあれば、外の状況が全く分からないほどに昏睡状態になっている時もある。私はちょうど、二人のやり取りを聞けてなかったみたい。


「こ、こんにちは~」


 エコノレ君とはもう打ち解けたんだろうけど、私は初対面だ。彼の記憶から悪い人じゃないと分かっているけど、それでも恐る恐る声をかけてみる。


「わお、こんにちは。話には聞いてましたけど、本当に中身が別人になっちゃうんですね。あ、これは失礼しました。初めまして、アラレスタです。今後よろしく」


 なんだか、エコノレ君の時よりも少しフランクな口調だ。それだけ仲良くなったということなんだろうか。それとも、私が女だと分かったからこんな口調に?


「初めまして、私はエコテラ。どうぞよろしくお願いします」

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