第22話 丸井と綾瀬②
「僕、学校で一人だったんです」
「知ってるけど」
今も自分たち以外の生徒と話しているところは見ない。
その理由に少なからず自分が関係していることは分かっている。
もちろん彼のコミュ力的なものもあるだろうが、自分と関わっているから周りに恐れられているのだ。
そういう意味でも、離れてあげた方が彼のためになる。
「学校が楽しくなくて、毎日来るのが憂鬱でした。でも、文化祭の準備のときに綾瀬さんに話しかけられて」
パシリをお願いしただけだが。
「それからも、その理由はどんなものであれ人と繋がれていることが嬉しかったんです」
それはただ純粋な気持ちだろう。
中学時代。
絵梨花はあまり積極的に人と関わることをしなかった。
見た目がこんなだということもあり、周りからはよく思われていなかったからだ。
陰では援交をしているだの、男を喰いまくっているだのと、とにかく悪い噂ばかりが流れていた。
最初のうちは訂正していたけど、次から次へと新しい噂が流れるのでいつしか諦め、人との関わりを絶った。
高校に入っても、結局どこからかそういった噂は起こっていた。自分に嫉妬する女子の仕業だろうと思い、今度は早々に諦めた。
そんなときにあの二人と出会ったのだ。
「みなさん、とても良い人で。そんか人と一緒にいれることが嬉しいんです。パシリでだっていいんです。だから……」
この男はあの二人に救われたのだ。
自分と同じように。
「別にパシリじゃなくなっても、あの二人はあんたとの関わりを絶つことはないよ」
「確かにそうかもしれませんけど」
でも、と丸井は続ける。
「綾瀬さんとの関係がなくなってしまいます」
「……」
この男は何を言っているんだ。
絵梨花は想定外の発言に言葉を詰まらせた。
「あーしはあんたをパシらせるような女だよ」
それに見た目もこんなだ。
そんなやつと一緒にいるメリットなんて一つもない。
「でも、綾瀬さんが僕とみなさんを繋いでくれました。それに、本当は優しい人だということも知ってます」
こんな恥ずかしいことを、よくもまあ真顔で言えるものだ。
絵梨花はそんなことを思いながら俯いた。
「……優しいやつは人をパシらせたりしないっつーの」
彼もその見た目で判断され続けてきたのかもしれない。
絵梨花自身、彼の見た目から勝手にオタクで陰キャだと決めつけていた。事実そうではあったけれど。
そういう扱いを受けてきたからこそ、彼は人を見た目で判断したりはしないのだろうか。
でなければ、とてもではないが絵梨花に優しいという印象を抱くことはないはずだ。
「ま、どうでもいいけど!」
絵梨花は自分の今の顔を見られたくなかったので、彼に背を向けた。
「そんなにパシられたいならわざわざやめさせる理由もないわ」
世の中には自分との関わりを大切に思ってくれる人がいるのか。
沙苗や萌もそうだが、そんな人がいることを嬉しく思った。
「レモンティーでいいですよね?」
* * *
「あんた、彼女欲しいとか思わないわけ?」
自販機からの帰り道、別々に帰るのも変だと思い、流れで一緒に帰ることになった絵梨花と丸井。
とはいえ、沙苗のように聞き上手ではないし、萌のように共通の趣味の話題があるわけでもないので。
これまでは気にしていなかったが、いざ会話をしようと思うと話すことが思いつかなかった。
「え、急になんですか」
「別に急じゃないでしょ。さっきの話の流れじゃん」
「……彼女、ですか」
丸井は少しだけ考える。
「興味がないと言えば嘘になりますけど、正直できるとは思えないので考えられませんね」
彼は相変わらずネガティブだった。
「できるように努力すりゃいいじゃん」
「いやあ、そう言われるとそうなんですけど。それを言うなら、今はもっと友達が欲しいですね」
切実な願いを呟く。
「友達いなくても彼女一人いるだけで楽しいと思うけどなあ」
「友達いない奴は彼女できませんので」
「あんたと付き合いたいって女子が現れたら? 告白とかされたらどうするよ?」
「そんなことあるわけ」
「仮にの話だッ!」
ネガティブが過ぎると会話にもならないとイライラした絵梨花は声を荒らげた。
丸井はビクッと驚いた。
「……まあ、もしそんな物好きがいたとしたら、そのときはまずはお友達から始めようと思います」
「それがすでに友達だったら?」
「一緒にいて楽しいと思えるなら、お付き合いすることもあるかもしれません」
「ふーん」
訊いたものの、絵梨花のリアクションは興味なさげだった。
そんな会話をしながら教室に戻ると沙苗がこちらに怪訝な視線を向けてきた。
「ずいぶん遅かったね、トイレ」
「あー、まあね」
そういえばトイレと言って出たことを忘れていた。萌はスマホをいじったままだ。
「なんで丸井と一緒なの?」
「……さっきそこで会ったのよ」
「なんか楽しそうに話してたけど?」
楽しそうだっただろうか。自分で言うのもなんだがわりと殺伐としていたような気がするが。
思いはしたが、絵梨花はそれを口にすることはなかった。
「雑談よ。あーしだってマルオと話すことくらいあるさ」
「珍しい」
そう思われるのも無理はないか。
これまではただのパシリとしか思っていなかったわけだし。
ただ、これからは少しくらいは歩み寄ってみようかなと、そんなことを思った絵梨花だった。
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