第23話 僕と連絡先
先日、綾瀬さんからパシリを解雇させられそうになったが、何とかこの位置をキープすることに成功した僕は、あいも変わらずジュースを買いに行っていた。
「別に一人で良かったんですけど」
「なにその言い方。あたしと歩くのそんな嫌なわけ?」
「そうは言ってないですけど。わざわざついてきてくれなくてもいいのになと思いまして」
昼休みに綾瀬さんから飲み物を頼まれたので買いに行こうとしたところ、宮村さんがついてきた。
「何買うか悩んでるだけ!」
「はあ」
綾瀬さんはレモンティーを好み、五十嵐さんは基本的にはミルクティーだ。宮村さんはオレンジジュースが多いが一番コロコロ変わる。
そう言われると納得だけど、そこまで怒らなくてもいいのに。
「ん?」
ポケットの中のスマホが震えた。
短さからしてメッセージかメールだろう。こんな時間に来るのはだいたいメールだ。
そう思い開いてみると綾瀬さんからのメッセージだった。
「綾瀬さんからだ。珍しい」
「へ?」
「レモンティーじゃなくてコーヒーがいいそうです。綾瀬さんってコーヒー飲むんですね」
「え、あ、うん。たまに飲んでるよ。ブラック飲めるんだもん、すごいよね」
しかもブラックか。女子高生にはあんまり似合わないと思うのは僕の偏見だろうか。
「あれ、五十嵐さんからもなんかきた」
「うん?」
「……ガチャで当たりが出たってめちゃくちゃはしゃいでますね」
最近よくスマホを触ってる五十嵐さん。スマホゲームにハマっているようだ。
「メッセのやり取りよくするの?」
「綾瀬さんは必要最低限のことを伝えてくるだけなのでめったにないですけど、五十嵐さんは最近ちょっと増えましたね。やり取り……というか、今みたいな一方的なものが多いですけど」
「そうなんだ」
「面白いアニメがあったとか、このグッズ欲しいとか、そういう感じの。満足すると終わるので、その類の話をする壁くらいに思ってるのかもしれません」
「結構ひどい話じゃないのそれ」
自分がその立場になったときのことを考えてか、宮村さんは肩を落としながら言う。
「いえいえ。僕レベルのぼっちになるとどんな理由であれメッセージ届くとテンション上がるので」
「ちょっと気持ちはわかるけど。暇なときとかにメッセ届いたら遊びの誘いかなーとか思うもんね」
「……ええ」
「あんまりピンときてない返事だ」
メッセージが届いて、遊びの誘いであったことがないのでその発想には至らない。
僕からすれば業者でなければ何でも嬉しいまであるのだ。
「……」
「どうかしました?」
宮村さんはむむむと難しい顔をしている。さっきの今でそんなに悩むことはあっただろうか。
「何か思うことない?」
「え、ないですけど」
「ちょっとは考えて!」
「は、はい」
なんか怒らせた?
さっきの今で?
でも明らかに何かに気づいてほしいやつだしなあ。でも全然心当たりないし。
「お腹空きましたか? パンでも」
「違う!」
食い気味に否定された。
それ以外に思いつくとすればトイレか……あるいは、あの日ということくらいだが、どちらも口にするにはデリカシーに欠ける気がする。
それに気づいてほしいとは思わないだろう。
「降参です」
「……はあ」
めちゃくちゃ大きい溜息をつかれてしまう。
「絵梨花と萌とは連絡先交換してるのに、あたしとはしてくれないのかなって思って!」
スマホを僕に見せつけながら、宮村さんはそんなことを言う。その顔が微妙に赤いのは怒りのせいだろうか。
「あ、いや、タイミングがなかったというか」
「いつでも訊けたじゃん」
「僕からは訊けないですよ」
断られるの怖いし。
そう言われてみると、以前休みの日に遊びに行ったときも宮村さんへの連絡は五十嵐さんに任せていたな。
「なんで?」
「え、だって普通に断られるじゃないですか。なんでお前みたいなやつと交換しなきゃいけないんだって」
「言わないけど!?」
これまでの経験が僕にその固定観念を植え付けてしまったのだろう。こちらからの提案は基本的に却下されるという。
「本当ですか?」
「言わないでしょ。友達なんだし、知らないほうが逆に不自然じゃない?」
「そうなんですかね。友達いなかったのでよく分かりませんが。確かに知っておいた方が何かと便利かもしれません」
「だよね」
僕から宮村さんに連絡をすることなんて、きっとないだろうなあ。あらゆる想定をしてみてもやっぱり思いつかないな。
そもそも何を連絡し合うんだろうか。母さんとやり取りはするけど、帰りが遅くなるとか晩ご飯いらないとか、そういう内容だしな。
うん。
分からん。
「……」
「訊いてこいよ!」
「ええ!?」
「今の流れは交換する流れでしょ!?」
「そうだったんですか!?」
「察しなよ、ばか」
「いや、なんかやっぱり悪いかなと思いまして」
「悪くないって。ほら、スマホ出して」
言われるがままにスマホを出す。以前五十嵐さんと交換した以来の操作なのだが、やっぱり分からない。
「あの、これお願いします」
「え、そんな抵抗なくスマホ渡してくる?」
「五十嵐さんはやってくれたので。やっぱりダメですか」
あのときは緊急事態だったからかな。そうだよね、普通は人のスマホの操作なんか面倒だよね。
「いや、いいけど。見られたくないものとかないのかなって」
「まあ、特には」
僕のスマホを僕よりも手慣れた様子で操作する宮村さん。五十嵐さんもそうだが、自分のスマホと違うのによく迷いなく操作できるな。
「はい、できたよ」
「どうもありがとうございます。これで家族以外の連絡先が三人に増えました」
「悲しい」
悲しいどころか嬉しいことなのだが。女子高生の感性は僕には分からないものだ。
「あたしいつでもスマホ見てるし、なんか暇なら全然送ってきてくれていいからね」
「あ、それはどうも」
「今日とか! 夜ほんとに何もしてないから! めちゃくちゃ暇だから!」
* * *
その日の夜のこと。
僕は自室でゲームをしていたのだけど突然スマホが震えた。
この時間に震えることがあまりないので驚いてしまう。何だろうかと思い、確認してみると宮村さんからだった。
『なんでメッセ送ってこないのさ!?』
え。
これ、なんで僕怒られてるんだ?
やっぱり、女の子というのはよく分からないな。
……とりあえず返事しておくか。
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