バジルとキスが絡み合う幸せの味

知足湧生

ファーストキスが宣戦布告する料理対決ショー!


「それではお2人とも。今から私と来海くるみが2人のお口に合う料理を作りますので、良かったと思った方にご褒美のチューをお願いしますね」

「え、輪花りんかと来海だけズルくない!? ひかりもチューされたいの!」

「光ちゃんに台所を任せたら家事が起きるからダメだよ。だから食べて感想を言ってちょうだい?」

「ブーブー」

「仕方ないだろ。お前が試しにパスタめんを温めようとしただけで黒焦げになるんだから」


 この生活力が点でダメな光には料理は任せられない。

 なので俺も光と大人しく傍観ぼうかんに徹しようと思ってたんだが──


「もちろん成人なりとにも料理を手伝って頂くのでよろしくお願いしますね」

「え、俺も?」

「ごめんね成人くん。輪花がどうしても一緒に料理したいって言うから。だから私の料理も手伝ってね?」

「……来海がそう言うのなら仕方ないな。分かったよ」

「じゃあ光はソムリエに徹するね! さあ私に美味しい料理を食べさせて?」

「んふふっ、それでは光の希望に沿って早速準備を始めましょうか」


 俺と来海と輪花でキッチンに移動すると、食材を台に並べてエプロンに着替えた。

 ちなみに光には俺たちの作業が見える位置に待機させている。

 本人の希望で俺たちが料理する姿を見たいとのことだ。


「どうですか? 昔に私のママが使ってたエプロンですが似合ってるでしょう?」

「そうだな……料理教室に通い始めた若妻のようだ」

「そ、それじゃあ成人くん。私のエプロン姿もどうかな?」

「ああ、本当に良く似合ってるよ」

「ありがとう、凄く嬉しいよ!」

「ふ〜ん。来海のときの反応とじゃ天と地の差がありますね。納得いきません」

「別に残念に思ってねえよ、本当に似合ってるが」

「ふっ……それとも成人は裸エプロンがご所望だったんですか〜?」

「んなわけねえだろ」


 意地の悪い笑みで揶揄ってきたのでスルーだ。

 とはいえ輪花のエプロン姿は客観的に見ても可愛い。

 まず赤を基調とした布が特徴的で情熱的な一面を強調してるようで似合ってる。


「それじゃあ先ずは誰から何を作るんだ?」

「来海、どうしますか?」

「輪花ちゃんは確かフィリピン料理を作ると言ってたんだよね? 私も先ずはそれが見たいから先手をお願いして良いかな?」

「んふふっ。わかりました。それでは初手は私と言うことで。私が成人と一緒に作る料理名は『卵でハートを撃ち抜くシシグ』です」

「初めて聞く料理名だな」

「これはママの受け売りですからね。それでは早速初めていきましょうか」

「了解」

 

 光と来海に見守られながら2人で料理をしていくことに。

 俺は輪花からの指示通りに動く。




「それでは成人は早速豚バラ肉を切っていって下さい」

「分かった」




 俺は豚バラのロック肉を細かく切ると、塩胡椒をまぶした。

 輪花の方はニンニクと玉ねぎをみじん切りにしていった。

 やがてそれをフライパンで炒めてるとカリッとして来たので別皿に移した。

 輪花曰く黄金色になるまで炒め続けるのがコツだそうだ。


 次に油を拭くと俺はフライパンにバターを入れて中火で熱し、そこに輪花が玉ねぎを加えて半透明になるまで炒め続けた。あまりの香ばしい匂いに唾液がじゅるりと分泌されてしまうな……。更に俺はニンニクを入れると2分ほど炒めた。


「あは〜っ! 何だか物凄く良い匂いがしてきたね!」

「やっぱり気になって至近距離まで近づいてきたか、光」

「まだつまみ食いしたらダメだからね?」

「んふふっ。鷹がお腹を空かせてるのは察しますが、我慢して下さいね?」

「誰が鷹だコラアッ!! それじゃあまるで私が食いしん坊じゃない!」

「まあ光ちゃんは好奇心も食欲も旺盛だもんね、仕方ないかな」

「来海までそんなこと言うの!?」


 4人でギャアギャア騒ぎながらも手順を丁寧に踏んでいく。


 やがて炒めた豚バラ肉をフライパンに混ぜ合わせると醤油、マヨネーズに鷹の爪を加えていき塩と胡椒で味を整えていく。本当に美味しそうな香りが漂ってきたな。そう思っていると寄せていた長袖が降りて来たので反射的に整えようとするが──


「じっとしててね成人くん、私が袖を直すから」

「あ、ああ。頼むよ」


 フワッと後ろから良い匂いが漂って来たので何事かと思っていると、来海が俺の背後に回り込んで右腕から袖を捲り上げ始めた。それは良いんだが何故かここでボワンっとおっぱいを思いっきり押し付けて来ている……もしや無自覚だろうか?


 俺の腕にちょくちょく接触する来海の指もくすぐったい。肩越しに袖捲りの作業を行ってるせいで首筋に当たる来海の鼻息がなんともくすぐったくてむず痒い刺激を受けてしまう。そのまま俺の反対側の腕も同様にしてくれる来海だった。


「……あの、来海さんや」

「うん? 何かな、成人くん?」

「その、胸が思いっきり当たってるんだが」

「ぁ……当たってるんじゃなくて、当ててるんですよ?」

「なっ」

「ニャアアっ!! 来海ずるいですっ! 成人も私のCカップを堪能して下さい!」

「おいバカ、料理中に妨害工作してくるな危ないだろ──」

「私を差し置いて3人だけで盛り上がるだなんて、随分と楽しそうですねぇ?」

「ギャアアアっ!! 輪花が包丁持ってるぅ!! 私まで料理されちゃうぅ〜!!」

「あっはは、ごめんね梨花ちゃん? ちょっと悪戯が過ぎちゃったみたい」

「集中を要する作業中に悪ふざけは勘弁してくれよ……」


 台所で遊んでちゃ流石にブチ切れちゃうよな……引き続き大人しく彼女の言う通りに進めていく。やがてそろそろ良い色になって来たので、味見だろうか。輪花がスプーンを持ってきた。肉を一切れつまむと自分の──じゃなくて俺の口に向けた。


「はい、成人。あ〜ん」

「……っ」

「あはは、輪花ちゃんったら大胆だね」

「ううぅ……光も羨ましいっ!」


 何だか物凄く楽しそうな笑みを浮かべながら俺にあ〜んとスプーンを口元に差し出してくる輪花。エプロン姿のせいで普段とは違う雰囲気に心臓が落ち着かない。


「ほら成人、あ〜んですよ?」

「それは知ってるんだが」

「まさかとは思いますがこんなことで照れてるんですか?」

「は、いや別に──」

「アハっ。初心な反応が可愛らしいですね」

「このっ」

「ほらほら早くして下さいよ、せっかくのお肉が焦げちゃいますよ?」

「っ……ああ分かったよ食えば良いんだろ!」


 パ──『パクっ』。


「なっ!?」

「うん、ばっちりですね♪」

「な………………っ」

「んふふっ、どうしたんですか成人?」

「今の不意打ちは卑怯だろ輪花」

「うわぁ……なんて大胆な小悪魔なムーブなんだろう今のは」


 輪花に何をされたかと言うと、俺がスプーンを咥える直前に本人が顔を滑り込ませてスプーンを自分の口の中に放り込んだのだ。

 食べながら浮かべてるそのサディスティックな笑みが彼女の本性を物語っている。

 何だかお預けを食らったような感覚さえ覚えさせられた……なんて狡猾な真似を。


「んふふっ。審査員の成人が先に食べちゃ台無しでしょう? 唾を思わずごくりと飲み込ませて、もう飢えてるでしょうけれど……期待させておいてごめんなさいね?」

「………………っ」


 そう言ってペロッといやらしく舌を出す輪花に何も言い返せなかった。

 さすが色々と研究してるだけあって男心の掴み方のコツを熟知してるようだ。

 モヤモヤしながらも料理を続けているともう完成したようだ。


「それじゃあ成人、もう出来上がったので鉄板に盛り付けていきましょうか」

「おけ、分かった」


 輪花が用意したぷちフライパンのような可愛らしい鉄板に盛り付けていく。

 だがここでトッピングを添えることで料理の味の真髄を引き出せるってものだ。

 盛り付けた後に青ネギやレモンを添えると、上から卵の黄身を乗せた。

 それからご飯を据えると……これで1人分の一品完成だな。


「これは……凄く美味そうだな」

「ええ、そうですね。それでは光、早速召し上がって下さい」

「やっと出来たんだね! ヤターっ!!」

「そうだな……って俺は!?」

「んふふっ。本命の審査員には来海の料理と一緒に食べて頂きますので、まだ出しちゃダメですよ? 寸止めプレイばかりでごめんなさいね?」

「出すってなんのことだよ、コンニャロ……っ!」

「あはは、もう輪花ちゃんったら。意地悪のし過ぎですよ?」


 なんでこうも輪花は俺の心をざわつかせるのがこんなにも美味いんだ。

 前のテーブルで美味〜い! と幸せそうに食べてる光を見てて辛くなってきた。

 別に輪花とナニをしたわけじゃないのに何だこの心を渦巻いてる重い感情は。

 いやいや今は目の前のことに集中しようか。


「よし来海、それじゃあ早速料理を始めていこう。何を作るんだ?」

「そうだね、今から──」

「成人はこれから私と子供を作りましょう」

「ブーーッ!! ゲホってゲホっ」


 いきなりとんでもない爆弾発言を投下した輪花に光が吹き出した。

 来海も突然のことで顔を赤くしてるが今に始まったことじゃないんだよなこれが。

 輪花が唐突に下ネタを吐いて光が1番被害を受けるこの件は何回めだよ畜生。


「輪花ちゃん、流石にその発言は度を越してると思うよ?」

「そうだよ、今は料理の時間だっつってんだろ」

「料理とは1と1を足して全く新しいものを作る作業なので立派な創作活動じゃないですか。なので早速新たな生命の誕生を迎え入れましょう」

「詭弁だッ!! あと誰が誘いに乗るか!」

「そうだよ輪花ちゃん。分かったから、いつもの悪ふざけはここまでにしようね?」


 クルミの優しい忠告を受けるも何を思ったのか、更に捲し立てる輪花だった。


「いえいえ成人はじっと仰向けになってるだけで構いませんよ? 『乗る』役目は私が引き受けますので……んふふっ、初体験では成人に『馬』になって頂きましょう」

「ならねえし。ほら来海こんなヤツ放っておいて料理していこうぜ」

「アンっ。い、イクのは私の中でのみにして下さい成人っ」

「うるせえ黙れ、そろそろ眉間に拳をぶち込むぞお前」

「ええ、私の中に成人のギンギンになったのをいつでもぶち込んで下さい」

「相変わらず会話が通じねえやつだな。ストレスで皿を破りたくなってきたぞ」

「ならば発散も兼ねて、良い加減に私の処女膜をぶち破って下さい」

「ぶっ飛ばすぞ」

「へっ、拳で!? いやん、フィストファ◯クは未経験なので優しくして下さいね? 流石に体内でアッパー決め込まれちゃうと色々と壊れちゃいますよ〜」

「んがあああああっ。なんでここまで会話が通じねんだよおおお!? 同じ言語を喋ってるはずだよな!?」

「ええ、私がしゃぶりたいのは成人のおちんちんだけですよ──」


 ガッツン、と。

 落ち着いて見てみたら来海が拳を握ってる前で輪花が頭を痛そうに抑えていた。

 俺の代わりにこらしてめくれたようだな、非常にありがたいサポートだった。


「輪花ちゃん、良い加減にしてね? 私もそろそろお腹を空かせたんだから」

「うぅ……ごめんなさい来海。大人しく観察していますので」

「ふふっ、よろしい! それじゃあ成人くん、早速始めていこっか」

「ああ、分かった。サンキューな」


 何はともあれ非常に助かった。

 毎回来海の鉄拳が無ければ暴走が治らないからな輪花のやつ。


「そういえば来海は何を作っていくんだ?」

「私は『胃袋を鷲掴みにするバジルパスタのジュノベーゼ』を作ろうと思って。ほら、成人くんも光ちゃんも大好きでしょ?」

「マジか!!」

「バジルパスタ!? ワーイワ〜イっ!」

「んふふっ。相変わらず光の無邪気に喜ぶ姿は可愛いらしいですね」


 ああ全くその通りだ。

 初対面の人が見たら年齢が俺たちよりも1個下の高1とは思わないだろうな。

 とはいえ俄然やる気が湧いて来たぞ……もう既にお腹が空いてきた。




「それじゃあ早速、始めていこっか」




 来海がテキパキと残りの材料と調理器具などを用意していく。

 そして松の実を適当な皿に入れて広げると、オーブンの中に入れようとした──


「ちょっと待ってくれ来海、もしかしてソースを1から作るつもりか?」

「うん、そのつもりよ。なんでなの?」


 俺が来海の手首を捕まえてるから驚いたんだろう。

 けど来海が光と仲良くなり始めたのはつい最近だから知らなくても仕方ない。


「ピノーリを使うのは止してくれ。実は光のやつ、ナッツアレルギーなんだ」

「ぁ……そうだったの?」

「ニャハハ……ごめんね来海ちゃん、実はナッツ類全般がダメなんだよね」

「そうだったの……ごめんね、知らなくて」

「まあ仕方ないでしょう来海が成人の家に遊びに来るようになったのも最近ですし」

「そうだよ、だから気に病まないでくれ」


 やがて来海が落ち込ませていた機嫌を直してくれたので、作業を再開させる。


「成人くん、冷蔵庫からミキサーを取ってきて」

「はいよ」


 そこで俺は家庭科室の冷蔵庫から冷やされたミキサーを取り出した。


「来海、何故わざわざ冷やされたのを持って来させたのですか?」


 台の上に普通にミキサーが置いてあったから河南も疑問に思ったか。

 だがパスタ大好き人間の俺にはわかるんだよな、何故なら──


「バジルって温度を上げると色が凄く悪くなるからだよ。それを防ぐためにジュノベーゼ作る時は低温の器具を使うのが1番なんだ」

「ほー、それは興味深いですね。メモを取らせて頂きます」

「光も覚えておくね! いつか料理出来るようになったらこの光景を思い出すの!」

「あははっ。かけがえの無い思い出に残せるように、この瞬間を大事にしないとね」

「確かにそうだな」


 真横で輪花が実際にメモを書き込んでる横で、ニンニクを軽く切っていく。

 そっちの方がミキサーの中で回しやすいからとのことだ。

 あまりサイズを考慮する必要は無いらしいからサクサクっと。


「良くも自分で1からソースを作ろうと思いましたね。普通にソースありますのに」

「せっかく材料が揃ってるんだから、有効活用してしまうのが1番だよ」


 来海は実際に家族分の飯を担当してるからな……主婦力は53万だ。

 バジルは茎を外して葉っぱの部分のみをミキサーに入れていく。


「本来はここでピノーリまで入れていくんだよね」

「よく松の実のイタリアでの名称を知ってるな」


 ご丁寧に置かれていたチーズをチーズグレーターで細かく刻んであげると同時にミキサーに振りかけた。それからオリーブオイルと塩も同様にミキサーにぶち込む。


「わあっ、そんなに入れるんだ!」

「んふふっ……緑の液体が飛び散る様子は見てて爽快感がありますね」

「何だか危険な思想を持ち合わせてそうだよなお前」

「輪花ちゃんったらホラー映画とか好きだもんね」


 蓋をしてスイッチオンにすると、緑のドロドロした液体がかき混ぜられて行く。

 クククっ……確かにこれは儚い命を摘んでるようで背徳的な気分になってくるな。


「……うん、良い匂い〜」


 出来上がったジュノベーゼのソースを小皿に移し替えると、先程から温めていた鍋の水に塩を入れた。湯気が出てる辺りかなり良い状態になったしそろそろかな。


「こうやって沸点を上げておくのが大事なんだよ」


 来海が主に光に語りかけるように言うと、余っていた麺をサッと鍋に入れた。

 それから隣にフライパンを用意してバージンオイルをかけると、パスタの茹で汁を少し入れてあげて混ぜていく。


「なるほど……フライパンを揺することでオイルとお湯を乳化させるんですね」


 随分と勉強熱心だな輪花は。まあその横で光も聞いてるから参考になるだろう。


「ねえ来海、なんでわざわざ茹で汁を入れたの?」

「パスタを加えたときにベースの下味にするためだよ」


 麺が出来上がったのでシンクにステンレスザルを用意するとパスタを流し込んだ。


「……あれ?」


 輪花も来海が水を切るときに少しだけ違和感に気づいたか。

 まあそれは後で説明するとして、ザルからパスタ麺をフライパンに移した。

 音がだんだん、フライパンが温まって来たのですぐにソースを加えた。


「最初に説明するとね、温度が上がり過ぎると色が悪くなるから、手早くソースを入れて行くのがポイントだよ」

「へ〜なるほどね」


 トングでパスタをかき混ぜてはフライパンを裏返す作業を淡々とこなしていく。


「……ぁ……」

「うわ、凄いって凄いよ来海!! こんなに料理出来たの? 知らなかったよ〜!」

「あははっ。せざるを得ない環境に身を置けば必然的にスキルが身につくものだよ」

「いえそれにしても……料理スキルが尋常じゃないと思いますが……」


 やがてパスタのペーストが固まって来たので、俺は茹で汁を少しずつ足していく。


「あ、なるほど! それでさっき茹で汁少し残してたんだね!」

「そうだな、まあ入れるのは適量で十分だけどな」


 それから最後に塩を少し足してあげると完成だな、っと。

 再びかき混ぜ終えると、チーズを掛けつつ2人分の皿に盛り付けていく。


「随分味しそうですね……」

「うわぁ……さっきから匂いも本当に美味しそうだし!」

「さてと、これで2品目が完成ですね。短い料理ショーでしたが、どうでしたか?」

「見てて楽しかったし、お腹が空いてきたよ!」

「食材とミキサーの器を冷やしておくと、ここまで色鮮やかに仕上がるのは初めて知りましたよ」

「それとピノーリ、だっけ? も入れたら味にコクが出ることも始めて知ったよ」


 あの小さな粒々にはそんな役割があったんだな。

 また今度1人で作るときに実際に再現してみるか。

 とはいえ俺も本気でお腹が空いて来たので皆に食事することを提案した。


「んふふっ、そうですね。では早速4人分に分けていきましょう」

「それじゃあ私は人数分にシシグとご飯をよそっていくね」

「じゃあ光はスプーンとフォークを出すぞぉ!」

「ふっ。そこまで張り切らなくて良いからな?」


 3人が各自準備をする中、俺人数分に分けられたシシグの上に卵の黄身を乗せる。

 やがて全ての準備が整ったので皆で合掌した。




「「「「頂きます!」」」」




 先ずは大好きなパスタから頬張ってやろう。

 クルクルっ。パクっ──ムシャムシャ、ゴクリと。


「うまっ!?」

「凄い、なんなのにゃこれは!!」

「工夫でこんなにも味が変わるものですか……感服いたしました」

「あははっ。そう言ってくれて嬉しいよ」


 いや冗談抜きでこの味は高級パスタ店で高額を取れるレベルだと思うぞ。

 やっと人生で探し求めていたユートピアが見つかったぞ……俺と結婚してくれ。

 

「来海……冗談抜きで思考の味だぞ。なんて言うか……依存性がある」

「……へっ?」

「ぁ……なんと……」

「えへへ〜確かにこれは病み付きになっちゃうレベルれしゅね〜」

「ああ……ってどうしたんだ2人とも?」


 光が幸せそうに頬を膨らませるなか、来海と輪花が固まってたのが気になった。

 

「う、ううん。なんでもないよ成人くん。お口にあったようで何よりだよ」

「ず、ずるいです……料理の作り手に対する最上級の褒め言葉じゃ無いですか」

「そうかもな。けどそう思うほどに美味くて」

「ニャハハ〜確かにこれは幸せの味だにゃ〜」


 光のやつもついに壊れたのか語尾が猫っぽくなってきた。


「悔しいですがこれは絶品なので否定できません……しかし私のシシグも決して負けてはいません! さあ成人、今度は私のお料理を召し上がって下さい」

「そうだな、それじゃあ早速頂こうか」

「この料理も美味しそうだよね」

「うん、食べて2人とも。予想が吹き飛ばされるよ〜!」


 そういえばバジルを料理する前に美味い美味いと言いながら食ってたもんな。

 光がそこまで言うのなら楽しみだな……ご飯と一緒に掬って口に運ぶ。

 モグっ……モグモグ……ゴクリっ。


「美味っ!? なんだこれ!」

「すごい、こんなにも美味しい肉料理があったんだねっ! 頬っぺが落ちそうだよ」

「本当だ……しかも微妙に味が変わった? なんでなの?」

「んふふっ、そうでしょう? 実はちょっとした工夫を入れたのですよ」

「そうなのか?」

「ええ、ちょっぴり味わえる爽やかな酸っぱい味の正体はこれです」


 そう言って輪花が取り出したのは……小さくて緑色のオレンジかこれは?


「わあっ、すっごく可愛い果物だねっ!」

「輪花ちゃん、私もそれを初めて見るのだけれど何なのそれ?」

「蜜柑ってわけじゃなさそうだな」

「ええ、シシグは脂っこい料理なので現地ではこの『カラマンシー』という柑橘系のフルーツをレモンの代わりに使って、絞って食べるのですよ」

「へ〜、そうなんだね」

「確かにこれはレモンと違って爽やかさも味わえるな」


 その上ご飯とめちゃくちゃ合うから咀嚼するのを辞められない。

 詳しく聞けば現地で外食する際に沢山の店が取り扱ってるほどに有名な料理だと。

 こんなに美味しいんだから爆発的な人気を獲得するのも頷ける出来だな。


「んふふっ。どうですか? 美味いでしょう?」

「うん、定期的に食べたくなる程だよ」

「なんで日本でこの料理流行ってないんだ……流行らせようぜ?」

「わたしたちで輪花のシシグを布教しないとね!」

「ふふっ。ええ、そうでしょう? みんな嬉しい感想を有難う御座います」


 いや冗談抜きで何でこの料理が日本で流行ってないのか理解できない程だ。

 流石フィリピン料理ってところだろう……肉料理が物凄く発達している。

 そう考えていると輪花と来海がじーっと俺たちの方を見つめてきた。


「どうしたんだ2人とも?」

「成人くん、この企画の報酬はちゃんと覚えてるよね?」

「へっ、報酬?」

「そうですよ。ほら……より美味しいと思った方にご褒美のチューをして下さい」

「あっ」


 そう言えばそんなこと言ってたなこの2人。

 何やかんや色々あったせいで完全に忘れてしまっていた。


「なので早速ですが、私たちにご褒美を下さい」

「そうだよ。せっかく作ったんだから、ちゃんとお礼をしてくれると……嬉しいな」

「っ……マジでしないといけないのか?」

「もちろんです。さあ、光もそうですが成人はどちらを選びますか?」


 どっちを選べって言われてもな。

 輪花と一緒に作った『卵でハートを撃ち抜くシシグ』。

 来海と一緒に作った『胃袋を鷲掴みにするバジルパスタのジュノベーゼ』。

 どの料理も本当に美味しくて甲乙がつけ難い。

 だが必ずどちらか一方を選べと言われたら、俺は──


「……うん! 迷ったけどやっぱり光はパスタが大好きだから来海を選ぶよ!」

「光ちゃん、本当なの? やったー!」

「……そうか」

「む、先ずは一票ですね」

「えへへ〜それじゃあ早速美味しいパスタを作ってくれたご褒美をあげるね!」


 そう言うと光が俺の真横からテーブルをぐるりと回ると来海の目前で止まった。

 おいおい本気で今この瞬間にキスをするつもりか?

 

「──チュッ」

「ふふっ。ありがとう、光ちゃん」

「本当にしやがったのか」

「あ、ソースがべったりついちゃったので拭きますね」

「あぁっ、ごめんね来海せっかくの綺麗な頬を汚しちゃって」

「あははっ。大丈夫だよ光ちゃん、こんなの全然気にしないよ?」


 光のやつ本当に来海にキスした。

 だから言わんこっちゃない。

 輪花からウェットティッシュで頬っぺを拭かれる来海が可愛かったが。


「それじゃあ最後に成人ですね。どっちを選びますが?」

「どっちなの?」

「もちろん私ですよね? 成人」


 そう期待したような目で俺の方を見つめてくる2人の絶世の美女たち。

 その視線はやめてくれよ……何だか落ち着かなくなるだろうが。

 だがもう決めてるんだよな……そのキラキラした目を裏切るようで申し訳ないが。


「俺も実は来海なんだ」

「ぁ! やったーっ!! ありがとう成人くん、嬉しいよ!」

「……そう……ですか……」

「やっぱりパスタに勝る食べ物はこの世に無いよね〜」

「理由を聞いても良いですか?」

「分かった。それは光同様に俺がパスタ大好き人間って理由がデカいんだろうな。もちろん輪花のシシグも負け劣らずに美味かったけど、よりバジルのジュノベーゼに魅力を感じたんだ。なんて言うか……これぞまさに幸せの味だな、って感じで」

「うんうん」

「……えへへ……ありがとう、成人くん」

「そうですか」

「だからその……あれだ。ご褒美のキスは食べ終わってからにして良いか?」

「う、うん……分かった……楽しみにしてるね」


 そう顔を少し赤くしながら返事する来海の横で顔を俯かせる輪花。

 その表情も前髪に隠れてるせいで見えないが……もしかして落ち込んでるのか?

 たかが料理ショーじゃないか──と言いたいところだが申し訳なくもなるな。


 けれど輪花がそのまま食事を再開させたので、とりあえず気に病んでなさそうだ。

 そうやってバジルパスタを頬張る様を見て少しホッとしたところだ。

 やがて何口か食べて水を飲むと、何を思ったのか輪花が俺の目前までやって来た。


「輪花ちゃん?」

「ん? どうしたんだお前。もしかして俺を恨んだのか?」

「んふふっ。滅相もありません、勝負に負けた以上は別のアプローチを試みてみようと思いまして」

「別のアプローチって何だ?」

「んふふっ。それはつまり、こう言うことなんですよ」

「何を言って──へ?」

「なっ!」

「ニャッ!?」




「──チュウ〜〜〜〜っ」




 その瞬間に時間が止まった。

 俺は輪花にキスをされたのだ。

 それも頬っぺたではなく唇と唇のキスで。

 これが女の子とする本物のキスなのか……とても柔らかくて良い匂いがする。

 向こうがねっとり啄むように唇を当てて来てるせいで味も加わったのだ。


 ──俺のファーストキスは俺の大好きな、バジルパスタの味がした。


「んっ……んふふっ、どうでしたか?」

「…………え?」

「………………」

「………………」


 2人が固まる中で輪花が獲物を見つめるような目でその艶やかな口を開いた。


「ほら……これが成人の言っていた、幸せの味ですよ」

「……ぁ……っ……」

「これからもパスタ料理を食べる度に、私の唇の味も思い出して下さいね?」

「……マジかよ」


 この記憶を忘れることは永遠に無いだろうな……そう思ってると騒がしくなった。


「輪花ちゃん!?」

「ずるいずるいですっ! 成人も私とキスして下さい!」

「あっ。成人くん、私にもしてくれるよね?」

「ちょっと待て、落ち着けって2人とも!」


 ──そう俺が来海と光をあしらう様を、輪花は微笑みながら見つめるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バジルとキスが絡み合う幸せの味 知足湧生 @tomotari0919

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ