第2話



「実は、ストーカーにあっているんです」

 セミナーを終えて赤坂のオフィスに戻ると、飛び込みの依頼人がきていた。

 かさみつると名乗る、太った男性だった。依頼書には三十三歳と書かれているが、肌が不健康そうに黒ずんでいて、実年齢よりも老いて見える。着ているネルシャツもぴちぴちで、サイズが合っていない。

「ストーカーとはただごとではないですね。詳しくお聞かせください」

 会議室のテーブルを挟んで、満とわたしたちは向かい合っていた。防音施工をされた部屋が、奥野さんの声を吸収する。

 この三ヶ月、わたしは奥野さんとパートナーを組んでいる。社内の立場としては同僚なのだが、元警察官と大卒二年目という圧倒的なキャリアの差があるので、自然と、上司と部下のようになっている。

「ストーカーをしているのは、こいつです」

 満が写真を一枚、机の上に滑らせてくる。

 女性のバストショットだった。顔が小さくて、明るいカラーの外ハネボブがおしやだ。かなりの美人だった。年齢はわたしと同じ、二十代半ばくらいだろうか。

あかと言います。こいつに、しつこく嫌がらせをされているんです」

「なるほど。この赤田さんとは、どういう関係ですか?」

「元カノです。去年、一ヶ月ほど、どうせいしていたんです」

 入社直後のわたしなら、こんな釣り合いの取れていないカップルがあるのかと驚いただろうが、いまはなんとも思わない。男女のシーソーは、色々な形でバランスが取れるものだ。

「僕はね、実家が資産家でしてね」

 例えば、お金とか。

「真美は、僕が金を持っていると知って、近づいてきたんです。たまにこんな女が現れるんですよ。すぐに気づいて追いだしたんですけど……こいつ、その後つきまといをはじめたんです」

 満が説明してくれた内容は、こういうものだった。

 真美と満は、共通の知人が開いてくれたカップリング・パーティーで知り合った。二十人くらいが参加した食事会で、アプローチは真美のほうからしてきたという。

 満は、父が興した投資コンサルティングの会社で働いている。もともと継いだ実家の資産も大きいようだが、仕事面でも優秀で高給取りらしい。そんなプロフィールに興味を覚えたのか、真美は熱烈にアタックをかけてきた。満もそんな彼女を悪く思わず、交際が開始、三ヶ月ほどしたところで同棲をはじめた。だがみつげつは、その後一ヶ月しか持たなかった。

「真美はね、僕と同棲をはじめてからすぐに、仕事をやめたんです」

 満は憎々しげに語る。

「最初からヒモ女になって、僕に寄生して暮らそうと思っていたんでしょう。あの女は僕の家に居座って、金を要求するようになりました。それだけじゃありません。家事もしない、料理もしない、とにかく何もしない居候みたいになったんです」

「それは……大変でしたね」

「真美の行動はどんどんエスカレートしていきました。僕の携帯を見たり、しまっていた通帳を出してきたり、挙げ句の果てには財布をのぞいたり、キャッシュカードをあさってみたり……。そのたびに揉めたけどやめないから、別れることにしました。それ以来あいつは僕のことを恨んで、つきまとうようになったんです。馬鹿ですよ、復縁できると思ってるんですかね」

「つきまとうって、具体的には何を?」

「色々です。例えば、道端から僕の部屋をじっと見つめていたり」

「ご自宅は、マンションですか、一軒家ですか」

「一軒家です」

「道端から真美さんがこちらを見ていた──それは確かに、真美さんだったんですね」

「夜だったから確実とは言えないけど、背かつこうは同じでした。それが何日も続いたんだ。真美しか考えられない」

「ほかにされたことは?」

「ポストが荒らされて、郵便物を物色されました。三回くらいかな……何か盗まれていたかもしれない」

「物理的な接触はどうですか? 仕事場にやってきたり、帰宅したところに押しかけてきたり」

「いまのところ、そういうことはないですね」

 わたしは、思わず首をひねりそうになる。

 真美が金目的で満と交際をはじめたのはそうかもしれないが、ストーカー被害の件はどうだろうか。確実な証拠がないのが気になる。奥野さんも、同じ疑問を持ったようだ。

「笠井さん、これは気を悪くしないで聞いていただきたいのですが、本当に赤田真美さんが、ストーカーなんでしょうか?」

「真美ですよ。ほかにこんなことする人間、思いあたらない」

「人は、知らないうちに恨みを買っていることもあります。物理的なコンタクトがないのでしたら、少し様子見をされてはいかがですか? 調査会社に依頼をすると、それなりにお金がかかります。それに、我々も三年前に探偵業法というものが公布されまして、無理な調査はできないんです。先方に迷惑がかかってしまいますからね」

 奥野さんは満に向かって言っているようで、半分はわたしに向けているようだった。言葉のとげが、ちくちくと刺さる。

「いや、確証があるんだ」

 満は、きっぱりと言った。

「二週間ほど前、僕の自転車におかしないたずらがされていたんです」

「おかしな悪戯?」

「はい。真美以外に、あんなことをする人間は絶対にいません」

 自信たっぷりの口調に、わたしは耳を引かれた。

 満が身を乗りだして語りだした話は、確かにおかしなものだった。

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