【二刀流】君に、好きだとは言えない。

にけ❤️nilce

第1話 君に、好きだとは言えない。

 風のように駆け寄ってきた君は、僕の腕を取り、無言で堤防上の道へと引っ張った。勢いで、緩くなっていたブレザーのボタンが外れる。

 毎度お馴染みな有無を言わせぬ扱いは、君にとって僕の意志など取るにたらないのだということを伝える。幼い頃から変わらない。傍若無人な君の背中に、諦めのため息をつく。


「フラれた。彼、自分じゃ役者不足だって」


 肩甲骨まで伸びた黒髪を風に揺らして振り返る。そろそろじゃないかと思っていた。パターンはいつも同じだ。


「謙虚な人だね。君は高嶺の花ってわけか」

「馬鹿にしないで聞いてよ。私の何がいけないの」

「本人に聞くしかなくない?」


 僕ならこう答える。私の何がいけないって、人を物のように扱うその態度の何もかもさ。相手の都合を考えない強引な振る舞い。思い通りに動くのが当然と言わんばかりの高圧的な態度。思い浮かぶ点はいくらでもあるだろう。

 彼女のそれが誰にでもじゃないのはわかっている。でも親密な相手には出てしまう。君の心が幼くて、とても相手を大切になどできないことが、伝わる。


「君は愛に見せかけた欲望と悪意の二刀流で、人を斬り刻む名手だからね。人畜無害の顔に悪意を隠して、人を嬲るのは見事だよ」

「へっ? なんって?」

「……褒めたんだよ」


 真っ直ぐ見つめられて、思わず目を逸らす。


「ウソばっか。どうせ酷いこと言ったに決まってる。私、人を斬り刻んでなんかないし」

「聞こえてんじゃん」


 まったく、人が悪い。


「私、あの人を愛してただけよ」

「愛してた?」


 大仰な言葉。愛する、なんてことが君にできるの、なんてことは言えない。君が自分のしていることに無自覚なまま、本気で愛を捧げているつもりなのかと思うと、泣きたいような気持ちにもなるけれど。


「本気よ。なのに、いつも裏切られる。好きになるのは酷い男ばっかり。なんでなの?」


 うんざりと言わんばかりの、思わせぶりなため息が演技じみている。男たち、とまとめて語る失礼さにも、気づいてなんかないんだろうな。目の前にいる人間が君が今腐した男に属していて、聞くとどんな気持ちがするかにも想像が及ばない。


「酷い男……君の中ではそうなってるのか」

「どうして私は愛されないの? 愛は、私には与えられない。決して、手にすることはない。昔からずっとそうよ」


 君は食い気味に迫った。僕の返答なんかお構いなしだ。

 君の中のストーリーは、過去と今が入り乱れ、目の前の現実から乖離してる。苦々しく歪めた君の瞳が見ているのは、過去だ。今の現実でも、愛していたあの人でもない。


「昔から。ずっと、ね」

「そうよ。誰も私を愛さない。私、愛されたことがないの」


 だから、君は愛することがわからない。

 かつて君を、愛しい、愛してると抱きしめて、なのにどうして思い通りにならないのと詰り、嬲った誰かを思い浮かべる。どこにも逃げられない幼い君を、愛に見せかけた欲望と悪意の二刀流で、密かに斬り刻みつづけた誰か。人形のように取り扱った誰か。彼女の代わりに、君は今、自分で自分を斬り刻んでいるんだろう? 君は最初から、幸せになろうとなんかしていない。


「泣きたい?」

「フラれたくらいで、泣かないし」


 泣けばいいのに。

 僕は、その誰かをよく知っていた。窓から覗く隣家のリビングには君に似て、慈悲深そうな、人畜無害な顔をした天使がいた。相手の都合なんてお構いなしな有無を言わせぬ扱いで、私にとって君の意志など取るにたらないのだということを、君に伝えた美しい人。


「僕には、彼を愛してないのは君のように見えてたよ」


 あの天使もきっと君を愛していると思い込んでいたのだろう。幼い君が離れられないのをいいことに、思う存分嬲った。何度でも斬り刻んだ。愛してる、世界一可愛い、大切な子。……酷い子。こんなにも愛したのにあなたまで私を見捨てるの?

 天使は自分の中のストーリーにのせて、幼い君を詰った。彼女は、ひとりぼっちで困惑していた君の絶望なんて見ていなかった。君を見ていなかった。


「そんなことない。愛してた」

「君はすぐに彼を忘れる。賭けてもいい」


 君は愛されていないことを証明するために男に接近し、密かに嬲っている。何度も、何人も。人畜無害のベールに隠した、なみなみと溢れんばかりの悪意を込めて。捨てられるために。相手のことなんか、見ちゃいない。


「あなたは、私が嫌いなのね」

「まさか。途方に暮れてるのさ。愛して欲しいと見捨てなさいの両方に応えられる人はいない」

「私はただ、受け止めてもらいたいだけ。それだけなのに」


 もしかしたら既に僕は、嬲られているのかもしれない。君の中の、愛されず、見捨てられるストーリーの、顔のない登場人物として。

 そんな君に、好きだとは言えない。

 決して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【二刀流】君に、好きだとは言えない。 にけ❤️nilce @nilce

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ