手のひらに鮮血がついている
○ 新庄は隣に座る月詠を見た。彼女は自分のチャーシューメンを食べ終え、今は煮卵を狙っているところだった。視線を感じた彼女が顔を上げてくるが、目が合う前に逸らす。
彼女の手にあるのは焼きそばパンだ。購買部で買ってきたものである。彼女は一口齧ると、こちらに目を向けたままモグモグと食べる。そして、一息吐くと、 月詠初瀬。身長一六〇センチの小柄な身体に、長い黒髪の少女である。
いつも眠たげな半眼で何を考えているのかわからない顔をしているが、しかし今日この場所に集められた使命に目覚め、いつもよりテンションは高い。彼女たちは厚労省超心理学保険局の臨時職員に抜擢されたのだ。未成年者を地方特別公務員に採用するなど異例中の異例である。月詠の両親は富士に代々伝わる霊媒師の家系だ。その由緒ある霊能を忠実に受け継いでいる。新庄と佐山はその助手だ。ペアで機能する。
これはどういうことかというと、厚労省の要請で人員が不足しているからである。
新庄の親書を読んで、自分たちは友好的な関係を築きたいと考えている。そのためにまず、佐山を派遣すべきと考えた。新庄は友人として付き合う分には構わない。しかし所詮は臨時職員なので本職である初瀬とは主従の関係で終わる。そこで選ばれたのが佐山だ。彼は民間人で、普段はシャワー柴山という芸名で吉本興業に所属している。今日は新喜劇のオーディションが控えているので早く帰りたかった。そしてもう一つ理由がある。
佐山が、新庄の護衛役として適任であること。
現在、新庄はテロ組織に追われている身である。護衛がいる。
だが、その護衛役は普通の軍人では駄目なのだ。相手はテロリストであり、軍人では対処出来ないこともある。そのため、佐山の特殊な力が必要となる。
それは、神曲楽士としての、能力。
新庄は席に戻ると、隣の初瀬を見る。
彼女はまだラーメンを半分ほど残していた。新庄は気になって聞いてみる。
あの、さっき、どうやってカップ麺を作ったんですか? と。
初瀬は答えた。……ああ、あれはな、科学の力を信じているからだ! そして、こうも言った。
新庄、私とお前はこれから敵になるかもしれないが、同じ釜の飯を食った仲でもあるし、仲良くしようじゃないか。と。
新庄は隣の月詠を見た。彼女は、煮卵に手を伸ばしたところだった。
● 佐山の前にはカップ麺が置かれていた。湯気が立っている。カップ麺の蓋を開けると、食欲をそそる匂いが立ち上ってくる。
割り箸を取り、麺をすする。味わうようにゆっくりと噛む。スープを飲み、喉を通す。
満足して息を吐き、隣を見た。
そこにいるのは長身の女性だ。長髪を後ろにまとめた髪型に、切れ長の目。細い眉にシャープな輪郭。唇は薄く、顎が尖っている。肌の色は白く、鼻筋が通っているためどこか冷たく見えるが、……そうでもないか。
彼女の笑顔は温かくて柔らかい。
彼女は佐山を見て微笑んでいる。
彼女の名前は舞・O・ブリタニア。佐山と同じ、新庄の友人である。
彼女は、舞は、 舞は両手で持った箸で、自分の分のカップ麺を食べている。
彼女は言う。美味いな、と。
○ 新庄は舞の隣に座った月詠を見る。彼女は食べ終わった焼きそばパンの袋を丸めていた。ゴミ箱へ捨てる前に、中身を確認するかのように一度広げてから入れている。新庄はそんな彼女を横目に見ながら舞の横へ行き、椅子を引いた。舞が礼を言いつつ座って来る。新庄は舞に聞いた。
先輩、どうやって作ったんですか? と。
すると舞は、科学の力を信じているからだと答える。
そして、彼女は言った。
○
「新庄、貴様、先ほどの私の言葉を疑っていたな」
新庄は目を逸らした。
月詠は新庄の頭を掴んで自分の方へと向ける。
「おいこっちを見ろ馬鹿者。私はちゃんと科学者だぞ! 証明してやる!」
言って、彼女はポケットに手を突っ込む。取り出したのは自分の財布だった。その中から一万円札を取り出し、テーブルに置く。そして、それを手で握ると指を開く。
月詠の手の中にあった一万円札は消え、代わりに、一枚の小さな紙片があった。
舞はそれを受け取り、新庄と月詠に見せる。
そこには『お年玉』と書かれていた。
○ 新庄は目の前に置かれた小切手帳を見る。それは月詠が持ってきたものだ。表紙にはマジックで大きく、『新庄用:二億円(税別)/佐山専用:五千万円(税別)』と書かれている。
新庄は思った。この金額の差は何だろう? 新庄は小切手帳を開き、中に書かれた数字を読む。そして思う。やっぱり差があり過ぎる、と。
しかし隣にいる月詠は、こちらが開いたページを覗き込み、
「ほほう、佐山君の方が高いな。やはり佐山君はそれだけ優秀なのだね」
月詠の言葉に、新庄は首を傾げた。
月詠は新庄の肩を叩き、教えた。
「けがをしている」
えっ、と彼は首筋を押さえた。
手のひらに鮮血がついている。
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