第2話


 佐藤えともは焦っていた。

小さな頃からアイドルになるのが夢だったえともは、今年十七歳になる。

この町は札幌からそこそこ遠く離れており、ローカルアイドルの類が生まれたこともない。オーディションなどに参加する機会すら与えられないまま大人になりゆく自分に、えともは絶望感すら覚えていた。

そんなある日、いつものように下校のためバスを待っていると近くから小さく「見て!大変!」という声が聞こえてきた。声の主は他校の生徒で、彼女の指さす方を見ると、町で噂の美少女・鈴木しおみの腕をヤンキー少女が掴んでいた。

「何?喧嘩?」

「あれってあの鈴木さんじゃん……ヤンキーに顔殴られたりしたらどうしよう!」

野次馬たちに交じって物陰から様子を見つめる。十中八九男の取り合いか何かだろう。そう思っていたえともの耳に、衝撃的な言葉が飛び込んできた。

「おいお前、アイドルになれ。」


あ、あ、アイドル!?

これはもしかして、チャンスなのではなかろうか?

 ヤンキー少女はしばらくその場で項垂れたのち肩を落として歩き出した。

 えともはその姿を後ろからつけていったのである。


ヤンキー少女こと田中みさきは、えともにアイドルにしてやると確かに言った。

でもどうやって?事務所もライブハウスもこの町にはないじゃない!一瞬不安が頭をよぎったが、えともにはそれならそれで考えがあった。

この田中みさきも一緒にアイドルとして活動すればいいのだ。

昨今のアイドルは、ピアスを開けたり煙草を吸ったりと何かと治安が悪めなのがブームだ。現役のヤンキーアイドルなんてめちゃくちゃ受けるのではなかろうか!?

普通にアイドルが好きなえともは他人事のようにワクワクしていた。

しかし、それも鈴木しおみをアイドルに仕立て上げてからの話だ。

「た、田中さん。鈴木さんはさっき何て?」

「わたくしにも分かるように作文を提出しろと言われた気がする。」

 それは、少なくとも話だけなら聞いてくれるということなのではないか。

「作文かぁ、えとも、勉強だけは出来るから作文は得意だよ。ねえ、鈴木さんってSNSとかやってるのかな?」

「知らん。でも同姓同名のアイドルが五年前まで活動していた形跡がある。」

 そう言ってみさきはスマートフォンの画面をえともに見せた。

 そこではBOTが「鈴木しおみ」という名の幼い少女の写真を投稿し続けていた。

 特徴的な色素の薄い巻き毛、そして何より同じ名前。すぐに本人だと分かった。

「鈴木さんって元アイドルなんだねぇ、何で辞めちゃったのかな。」

「さあな……。まあ、親の転勤とかじゃねえか?」

「ううーーん、そうかな。」

 画面の中の鈴木しおみが着ているセーラー服は、札幌で人気のローカルアイドルが数年前まで採用していた衣装だ。しかし、あの事務所は何かと悪い噂が絶えない。特に、タレントの扱いに関して。もし何かしらのトラウマを植え付けられて辞めたのだとしたら、鈴木さんにアイドルになってもらうのは難しいのではないか?

「えとも、おうち帰ったらアイドル時代の鈴木さんについて少し調べてみるね。もしかしたら何か嫌な思いをしたのかも……。」

「嫌な思い?……わかった。」

 みさきはピンと来ていないようだが、空気を察したのか真剣なまなざしでえともを見て頷いた。


 メッセージアプリでの連絡先を交換した後その日は別れ、みさきとえともはそれぞれ帰路についた。

 徒歩で帰るみさきに見送られバスに乗り込んだえともは、早速スマホを取り出し検索エンジンを立ち上げた。検索窓に「鈴木しおみ」と打ち込むと早速いくつかの言葉がサジェストされる。その一番上にあった『鈴木しおみ 解雇』をタップする。

 すると、数年前に更新されたブログ記事や匿名掲示板がヒットした。

『小学生アイドルを突然の解雇!すずらん少女隊運営のヤバすぎる実態』

 えともはそのブログを開いた。


 一方その頃、バスを降りたみさきは黒塗りの高級車に後をつけられていた。

 うぜえ……きめえ……と心の中で呟きながら走り出すが、車はみさきの進む速度に合わせてスピードを上げる。

「うぜーーっっ、何なんだよ!警察呼ぶかんな!!!」

 みさきが思わず声を荒げると車が止まった。ゆっくりとドアが開き、中から見覚えのある少女が出てくる。

「あ、あんた……!」

「ごきげんよう、田中みさきさん。」

 それは、先ほどみさきがアイドルになれと声をかけた鈴木しおみだった。

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