06. 異世界風呂、満喫!
私は風呂場に入って早々、目に映った光景に驚かされた。
風呂場は六畳ほどの広さで、洗い場は一面に石の床が敷かれていた。
その奥には黒っぽい石材で積み立てられた湯舟があり、お湯がめいっぱい浸かっていて湯気が立っている。
てっきり蒸し風呂だと思っていた私には、この光景を見た瞬間に頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「サキ様。こちらへどうぞ」
「あ、ああ……」
ルーラに手招きされた先には、床から天井まで伸びた柱があった。
その柱には、私が見上げるくらいの位置に蛇が首をもたげているような形の筒(?)が取り付けられている。
「このつまみを捻ると、上の湯口からお湯が出てきます」
言われるままにつまみを回してみると、本当に筒(?)からお湯が出てきたので驚いた。
「どうなってるんだこれ!?」
「あら。シャワーは初めてですか?」
つまみを回すだけでお湯が石の柱から出てくるなんて……。
原理は想像もつかないけれど、頭上からお湯が撒かれる湯浴みなんて前世では考えられなかった。
「はぁ~。体を洗うのが楽だし、なにより気持ちがいい」
「ライブラは街中に川が通っているので水が潤沢なんです。貴族の邸宅では、魔法使いを雇っていてお湯を沸かすのも楽ですし」
「異世界って凄い」
「え?」
「なんでも」
しゃわぁを浴びる私の背中を、ルーラが
しかも、前世では贅沢品だった石けんを惜しまずに使えるなんて、異世界のお風呂は私の
素晴らしい!
「サキ様、なぜ首に布を巻かれているのです?」
「こ、これは――」
頭が落ちないようにする苦肉の策、とは言えない。
「――首にちょっと古傷が、ね」
「あら? そうでした?」
「体が温まると目立つようになるんだっ」
「なるほど」
……なんとか誤魔化せた。
ここで転頭するのは絶対に避けないと。
「浴槽にはすでにお湯を張ってありますから、体を流したら入りましょう」
「そうだね」
ひとしきりお互いの体を洗い合った後、私は髪を後頭部に束ねて紐で結んだ。
いよいよ湯船に浸かるのだ。
私は胸躍る気持ちを抑えられず、今にも飛び込みたい気分だった。
その時、横に並んだルーラの体へと目がいった。
「……」
「ど、どうしました? そんなに見つめられると……恥ずかしいです」
「いや。服を着ていた時はやけに腰回りが細く見えたのだけれど、今はそれほどでもないな」
「ああ、それはコルセットをつけていたので」
「こるせっと?」
「はい。体型を補整する衣類とでも申しましょうか。それを締めることで、ウエストを細くし、バストを大きく見せることができるのです」
うえすと……。ばすと……。
うえすとが腰で、ばすとが胸のことかな……?
たしかに着物を着ている時の彼女は
「苦しくないのか?」
「もう慣れましたわ!」
「そんなものを慣れるほど身に着けているのか?」
「この国の女性はたいていつけていると思いますけど」
……変わった風習のある国だ。
まぁ、よその国の文化に口を出しても始まらないな。
「サキ様が羨ましいです。あんなものに頼らずとも、細く引き締まった腰に、大きな胸。首都だったなら、高貴な殿方に引く手数多でしょうに」
「そういうのは嬉しくないな」
前世で出会った男達はどいつもこいつもつまらない
そんな退屈な男しか知らないから、異性になど興味が持てない。
今のところ、この世界の男達も変わりないように思う。
「……安心しました」
「え?」
「いえ。なんでもっ」
ルーラが頬を赤らめながらほほ笑んでいる。
「わたくし、ずっとサキ様のことを待っていたのかもしれません」
「ん?」
「聖錬油の使命を授かったのも、サイクロプスに襲われたのも、すべては運命だったのではないかと思うのです」
「巡り合わせということ?」
「はい――」
なぜかルーラが私の背中に寄り添ってきた。
「――初めてでした。こんなに胸がときめいたのは」
「んん?」
「サキ様……お慕いしております」
「え?」
「ずっとこのままお傍にいられたら、わたくしどんなに幸せか……」
「え? え?」
これは一体どういう状況なんだ?
彼女の言動には何の意図があるんだ?
これも異世界の文化なのか……?
私が振り向くと、ルーラの顔が私の目と鼻の先にあった。
彼女の吐息が私の唇をくすぐる。……近い。
「失礼しました。そろそろ浴槽に参りましょう」
顔を逸らすや、彼女は私を置いて湯舟の方へ向かってしまった。
さっきの潤んだ瞳と赤く染めた頬。
その意味するところを考えてみるも、察しがつかない。
文化の違いは難しいな。
◇
湯船に浸かった瞬間、私は生き返った心地がした。
つま先からふくらはぎ、そして内ももから腰、腹、胸と、湯に浸されていく我が身が皮膚の内側から癒されていくようだ。
気っ持ちいい~!
「はぁ。極楽とはまさにこのこと」
「ごくらく?」
すぐ隣で湯に浸かるルーラが尋ねてきた。
「天国と言えばわかるかな?」
「ああ、天にも昇る気持ち、ということですね」
「そう」
「ふふふ。わたくしも今夜はその気持ちに至れそうです」
「……?」
湯船に浸かっているからか、ルーラの顔がますます赤くなった気がする。
湯あたりしないように早く出るように言った方がいいかな……?
「……」
「……」
会話が途絶えてしまった。
ルーラは少し前から落ち着きがなく、強張った表情で口を結んでいる。
私の方も特に話すことがないので、沈黙を破る糸口が見いだせない。
しばらく湯舟に浸かった後、沈黙を破ったのはルーラだった。
「……サキ様はミョウジョウ国の出身なのですか?」
「ミョウジョウ国」
「ご存じない? この国からすると東――太陽の昇る方向にある異国だと聞いております。黒い髪に黒い瞳の民族で、文化も風習も大きく異なるとか」
黒い髪に黒い瞳の民族、か。
たしかにその外見なら日本人である私に似ているかもしれない。
私は素性を説明しようがないから、身分を尋ねられた時にはそのミョウジョウ国からの旅人を名乗るのがよさそうだ。
嘘も方便と言うし、きっとその方が問題が起きない。
「すまない、聞き違えた。私はそのミョウジョウ国からやってきたんだ」
「やっぱり! この国ではミョウジョウの方は非常に少ないのですよ」
「遠いからかな?」
「それもありますが、壁の外にはモンスターが徘徊していますから。よその国へ渡るには都市間を旅するようには参りません」
「うっかり一つ目の怪物と出会ったんじゃ、長旅もそうそうできないか」
「サイクロプスだけではありません。今ではこの辺りにも、さらに恐ろしい怪物が現れるようになったと聞きます」
あんな妖怪変化のような生物がたくさんいるのか。
どうやらこの世界は、熊や猪よりもずっと恐ろしい
そりゃ高い壁で町を囲うわけだ。
「もしこの国の文化や風習でわからないことがあれば、いつでもなんでもわたくしに聞いてくださいね!」
「うん。そうさせてもらうよ」
……そろそろ湯あたりしそう。
私は湯舟を出るや、登頂部に結わっていた髪を下ろした。
湿った髪が肌に張り付いて
「はぁ」
湯船から変な声が聞こえてきた。
振り返ってみると、ルーラが湯舟の縁にもたれ掛かりながら私を見入っていた。
彼女は恍惚の表情で、うっとりとした眼差しを向けている。
「なんて
「……ありがとう」
変わった子だな。
そう思うのは、私がこの世界の文化に疎いからか?
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