04. 落っこちた!

「サキ様! 素敵なお名前」

「ありがとう」


 女性は、ほほ笑むくらいには落ち着きを取り戻してきたようだ。

 彼女は立ち上がるや、両手で腰布の両端をつまんでお辞儀をしてきた。


「わたくしはブラキウム男爵家次女、ルーラ=ララ・リュクス・ド・ブラキウムと申します」

「るーらら、るくすど?」

「ルーラ=ララ・リュクス・ド・ブラキウムと申します」

「るら、る……」

「……」

「ルーラ」

「はい!」


 私が名前を噛んだせいで、変な空気になってしまった。

 異世界の名前はずいぶんと長ったらしくて呼びにくいな……。


「お礼は必ずさせていただきます。取り急ぎ、彼の容態を見させてください」


 ルーラは大八車(?)の前に倒れている男のもとへと駆けていった。

 彼の前に屈んでしばらくすると、彼女は安堵したように溜め息をついた。


「よかった。打撲や擦過傷はありますが、気絶しているだけですね」

「その男は従者か何か?」

「はい。当家の召使いです」

「あんな怪物が出る中、まさか二人きりで?」

「まさか。護衛に雇った方が二名ほどおりましたが、サイクロプスと遭遇して逃げ出してしまいました」

「それは酷い」

「私達だけでなんとか逃げようとしたのですが、森まで追い詰められて……」


 道もない森の中に居るのはおかしいと思ったが、闇雲な逃走の結果だったか。

 ともあれ二人とも命があってよかった。


「この大八車――いや、乗り物はあなた達の?」

「はい。恥ずかしながら、男爵家とはいえわたくしの家はお金がなくて、このような粗末な馬車しか所有できず……」

「馬車」

「はい。ああ、馬も御者台も無事だわ。これなら何とか乗って帰れますね」


 馬車かぁ。

 元の世界では牛車も廃れてきてほとんど見る機会もなかったのに、まさか異世界に来て馬車なんてものを目にすることができるとは。


「ルーラ。もしよければ、私も馬車に乗せてくれないか」

「もちろん構いませんよ。むしろライブラまでわたくしの護衛をお願いしたいのです」

「ライブラ? ルーラはあの町の人間なのか」

「はい。父はライブラ侯直属の騎士ですから」


 ……ライブラのお偉方の側近、ということか。

 もしかして、彼女と一緒なら私もあの町に入れるかもしれない。


「ライブラへの護衛、承った」

「ありがとうございます、サキ様!」

「報酬は無用。その代わり一宿一飯をお願いしたい」

「命の恩人を無償で働かせるなんて、とんでもありません! 可能な限り礼は尽くさせていただきますっ」


 ルーラが私の手を取って、目を輝かせている。

 前の世界では、私が剣を振るうと誰しも奇異な目で見てきたので、この反応は新鮮だった。

 人に感謝されるのは思いのほか気分の良いものなのだな。





 ◇





 馬車に乗ってしばらく。

 夜道を灯りで照らしながら走る馬車の速度に、私は感動を覚えていた。

 この速度で野を駆ければ、一里などすぐに走れてしまう。

 これほど楽に旅ができる技術が元の世界になかったのが不思議なくらいだ。


「……サキ様。何も荷台の方に乗らなくてもよろしいのでは?」

「え」

「積み荷のせいで狭くはありませんか? わたくしが代わりますので、サキ様は御者台の方に……」

「結構。お姫様をこんな場所に座らせるなんて忍びない」

「まぁサキ様ったら、お姫様だなんて!」


 御者台に乗るルーラと従者殿に対して、私は荷台に乗っていた。

 積み荷でせまっ苦しいのは事実だが今は・・ここでいい。

 ライブラの門兵とは揉め事を起こした手前、城門をくぐる際には身を隠した方が良いという判断からだ。


「あと5分もすればライブラに着きますわ!」

「うん? ……うん」


 この世界の時間の単位は私の知るものとは違うらしい。

 ごふん・・・ってどのくらいだろう?


 その時。

 車輪が石でも踏んだのか、荷台が酷く縦揺れを起こした。


「……っ!!」


 衝撃を受けた私の頭が首から傾く。

 私はとっさに頭を押さえて、なんとか転頭・・するのを防いだが――


「凄い揺れでしたね。サキ様、大丈夫でしたか?」


 ――危うくルーラに首が取れる瞬間を見られるところだった。

 異世界とはいえ、さすがに頭と胴体が離れて生きている人間などいないだろう。

 可能な限り私のこの欠点(?)は隠した方がいいに決まっている。


「だ、大丈夫。問題ない」

「どうかされました?」

「え」

「頭を抱えて……もしや頭痛でも?」

「いやいや。違う違う。大丈夫大丈夫!」

「そうですか。何かありましたらお申し付けくださいね。ポーションがひとつだけ残っておりますので」


 ぽぉしょん?

 また聞きなれない単語が出てきたな。

 察するに、頭痛を抑える薬か何かだろうか?


「お嬢様。サキ様。ライブラの灯りが見えて参りました」


 御者台で馬を操る従者殿が言った。

 頭を横に回してみると、たしかに真っ暗闇の中、遥か前方に灯りが見える。

 ここからあの距離までがごふん・・・の距離ということか。

 覚えておこう。


「多難だったけれど、ようやくライブラに帰れるのね」

「はい。およそ一ヵ月の長い旅でした。旦那様も心配なさっていることでしょう」

「使命を果たしたことをきっと喜んでくださるわ」

「もちろんです。きっとライブラ侯からの褒美もありますぞ」


 この二人、何か重要な仕事を終えて故郷くにに戻るところだったのか。

 一体何の使命なのか気になる。

 積み荷の中にその秘密があったりするのかな?


「何か面妖な匂いがするな……」


 荷台に乗った時から鼻先に感じていた不思議な匂い。

 二人の会話もあって、いよいよ気になってきた。

 抑えがたい好奇心に負けて、積み荷を調べてみようと身を屈ませた瞬間――


「あっ!?」


 ――頭が首から離れてしまった。

 しかも荷台を転がるだけでは済まず、私の頭は荷台を跳ねて宙に!

 ぐわわっ! め、目が回るっ!!


「サキ様? どうかなさい――」


 空中に放り出されたわずかな瞬間、私はルーラと目が合った。


「――まぁぁぁぁっ!?!?」


 私の頭が地面に落ちる直前。

 ルーラが口から泡を吹いて倒れるのを目にした。

 ……やっぱりこれが普通の反応か。

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