03. 初めてのモンスター退治
「このクソアマ、ぶち殺してやるっ」
私に鼻を潰された男が鉄格子の奥でがなっている。
怒鳴るより、ひん曲がった自分の鼻を気にすればいいのに。
このライブラという町に入れないのは残念だけれど、いつまでもここに居ても仕方がない。
私は別の人里を目指して川沿いを下ることにした。
「待ちやがれ! こらぁーっ」
威勢だけはいいな。
文句があるなら、城門を開けて私に報復にくればいい。
そうすれば苦も無く町へと入れるのに。
「落ち着けよ!」
「こんな真似されて黙ってられるかっ」
「放っておけ。どうせ夜になればモンスターの餌食さ」
「くっ……」
城門から離れる途中、鉄格子の奥の話し声が聞こえてきた。
もんすたぁ?
この辺りに人を襲う獣でも出るのだろうか。
これだけ広大な自然になら、狼や猪のような猛獣がいても不思議じゃないけれど……。
振り返った際、壁の中腹に大きな亀裂が何本も生じているのを目にした。
まるで獣のひっかき傷のような……。
いやいや、まさか。
あんな高いところを引っかける獣など、いるはずがない。
「……腰が寒いなぁ」
真剣とは言わない。
せめて、どこかに木刀の代わりになる物でも落ちていないかな。
◇
私は川沿いを下流に向かって歩いていた。
川沿いには草の禿げた道があって、そこに馬の足跡に似た痕跡があったからだ。
どうやらこの世界にも馬、あるいはそれに類する動物がいるらしい。
人間が飼い慣らしているようなので、きっとこの川沿いの道がライブラから下流にある人里への通り道なのだろう。
「お腹空いたなぁ」
この世界で目を覚ましてからすでに
ずっと歩きっぱなしでさすがに疲れた。
青かった空も山の向こうに沈み始めた夕日に照らされて、真っ赤に染まっている。
見ず知らずの土地で夜間の旅は避けたい。
明かりにできるものはないし、夜の
日が沈む前に、人里にたどり着ければいいのだけれど。
「……ん?」
今、人の声が聞こえた。
「……」
いや、気のせいか。
川の流れる音を聞き違えたかな。
「……!」
いやいや、聞こえた。
たしかに聞こえた。
これは……女の悲鳴だ!
「――! 誰か――――!! 助け――」
間違いない。
川沿いの道ではなく、やや離れた森の中から聞こえてくる。
私は悲鳴の出どころを探りながら森へと駆けこんだ。
茂みを掻き分け、薄暗い森の奥へと進んでいくと――
「あれは!?」
――
その灯りが照らすのは、馬に似た四足歩行の動物。
それに縄で繋がれた大八車のような物体。
そして……。
「誰か助けてぇーーーっ!!」
身を縮こませる女性に、彼女へと迫る巨大な動物!
……熊!?
いや、違う。
かつて私が見たことのある熊よりも遥かに大きい。
というか、絶対に熊じゃない!
体毛はなく、全身が筋肉質の巨人。
その大きさは目測で
振り上げた両手の指先からは鷹のような鋭い爪。
大きく開いた口からは蛇のごとき長い牙。
頭部には剣のように突き出た二本の角。
何よりも目を引くのは、巨大な目玉がひとつだけという点。
……まさに妖怪変化!
「離れろ、化け物ぉぉぉっ」
私の声に一つ目の化け物が振り向いた。
化け物は声を荒げて私を威嚇するや、向きを変えてこちらに迫ってくる。
奴の気を引けたのは良かったけれど、このまま手ぶらで正面からぶつかっても勝機は薄い。
何か武器になる物はないか!?
「あっ」
ふと、大八車(?)の前に倒れている男が剣を握っているのを目にした。
でも――
「グルアアァァァッ」
――私とその剣の間には怪物が割り込んで迫ってきている。
捕まったら、私など軽々と絞め殺されてしまいそうだ。
なんとか躱して剣のもとまで行かなければ。
「はあぁっ」
怪物が頭上に構えた両腕を振り下ろした瞬間、私は怪物の股の下を転がってすり抜けた。
すぐさま大八車(?)の方へと跳んで、倒れている男の手から剣を奪う。
「これで! ……って、これは?」
私が拾った剣は日本刀とはまるで違った。
それは片刃ではなく両刃の剣で、刃は反り返らず真っすぐに伸びている。
しかも、どちらも刃こぼれが酷い。
「グルアアアアッ」
怪物が振り返って再び私に向かってきた。
……この位置はまずい。
私のすぐ後ろには、へたり込んで身動きの取れない女性がいる。
私が逃げれば、きっと怪物の標的は彼女に戻る。
絶対に逃げるわけにはいかない。
「来い。妖怪変化を斬るのは初めてだが――」
「グァオオオオォッッ!!」
「――人に害なす化け物も、悪と断じて叩き斬る!!」
迫る怪物。
距離は奴の歩数にして四つほど。
過去に立ち会ってきた剣士達に比べれば、動きは緩慢。
斬り伏せるのは造作もない。
「
掛け声と共に足を踏み出し、怪物の肩から脇腹にかけて袈裟切りを仕掛けた。
「……!?」
硬い!
刃の方が欠けてしまった。
「グルアァッ」
幸い、怪物は今の一太刀に怯んで後ずさった。
しかし、いくら刃こぼれした剣とはいえ、私が斬りつけても傷一つつかない怪物を相手にどうすれば……!?
「サイクロプスの弱点は顔の単眼です! なんとか眼を傷つけてっ!!」
背後から女性の声が私の背を叩いた。
このサイ……なんたらの弱点は、あの一つ目か。
私ともあろうものが、おぞましい見た目に動揺していたのだろうか。
そんなこと相手の姿かたちを一目見れば察せるだろうに。
……まったく、失態だ。
「グルオオオォォォッ」
この私を相手に三度も同じ攻撃を仕掛けてくるなんて、しょせんは物の怪。
目にもの見せてくれる!
怪物が前傾姿勢になったところで、私は足元に転がっていた小石を蹴り上げた。
小石は怪物の眼球に命中し――
「ギャアアアアアッ!!」
――奴は大きなまぶたを閉じて、両手で目をかばった。
隙だらけだ。
「今度こそっ」
私は地面を蹴った。
跳び上がるさなか剣の柄を離し、手のひらで柄頭を力いっぱい押し上げた。
その方向はもちろん怪物の顔面――閉じている単眼のまぶたの隙間。
「ギッ――」
剣身の半分ほどが目玉の奥へと突き刺さっていく。
不快な感触。
でも、たしかな手応えと確信がある。
「
私が両足を地面につけた時。
同じくして、怪物は背中から大の字に倒れた。
怪物はしばらくビクビクと痙攣していたけれど、閉じたまぶたから緑色の液体を垂れ流すや、動かなくなった。
「そ、そんな的確にサイクロプスの目を突くなんて……」
「狙った場所を斬ったり突いたりできなければ、剣士とは言わない」
振り返ると、女性がさっきと同じ場所、同じ姿勢で私のことを見上げていた。
青い顔をしたまま。
その体はいまだ小刻みに震えている。
名家のお姫様だろうか。
異世界とはいえ、彼女が身につけている衣服が立派なこしらえであることは私にもわかる。
胸元が大胆に開いている割には手足の露出が少ない。
袴を履いているのかと思ったが中仕切りはなく、腰から下がふわりと膨らんだ不思議な形の着物だ。
腰が異様に細いのは、そういう民族なのだろうか。
何より私の目を引いたのは、彼女の髪色だった。
髪が金色の人間など初めてお目にかかる。
「あなた様のお名前は……」
「私? 私は――」
おそらく何かの手違いで元の記憶、元の姿のまま転生(?)した私だけれど、わざわざ前世の名を名乗る必要はないだろう。
……とはいえ、他に名前は思い浮かばない。
「――私はサキ。そう呼んでくれれば、それでいい」
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