第3話 未知

 高校生になって、友達の恋愛話をよく聞くようになり、付き合うとか、彼氏彼女とかに少し憧れを持つようになった。

 そうして、わたしが初めて「付き合った」のは、親友の女の子が好きだった男の子だった。

 大杉くんではない男の子。

 

 その親友ミサとは、小学校に上がる前からの付き合いだった。ミサは小さい時から元気いっぱいで、何にでも積極的で、いつもクラスのリーダーで、少し気が強くて、その分、敵の多い一面もあったりする子だった。一方わたしは、小さな頃から引っ込み思案で、いつも誰かの後について歩くような子だった。全くタイプが違うけど、なぜかずっとお互いに気にし合っていて、小学校時代は、日頃同じグループにはいないけど、家ではいつも連絡を取りあっているという不思議な関係だった。時には、お互いのグループがケンカしていて、学校では全く口をきかないのに、家に帰ると普通に電話で話したりすることもあった。中学生になると、ミサは、目立つ分、先輩や同級生から敵視されることも多く、一匹狼のように孤立することもあった。それでも、2人の関係は変わらず、わたしはミサの大人びた考えに刺激を受け、わたしの考えや言うことにはミサも興味深く聞き入り信頼もしてくれていた。側から見るとタイプや色が全く違って見えるようで、たまに休み時間に廊下で2人で話し込んでいると、お互いの友達に、そこ仲いいの?と驚かれたりした。

 ミサとは高校も同じで、クラスは違ったが、休み時間や放課後には、よく一緒にいた。そんな親友が好きになった黒木くんと、わたしが付き合うことになったのには、複雑で微妙で謎深い乙女心が関わっている。

 ミサと黒木くんは同じクラスで、わたしだけ違うクラスだった。ミサに会いに、わたしは、たまにそのクラスに行っていた。ミサの恋愛話をよく聞いていた。ミサは小学生の頃から彼がいたり、恋愛にもとっても積極的な女の子だった。

 ミサは同じクラスの黒木くんに恋をしていて、その同じクラスに同じく黒木くんを好きな子がもう1人いた。その子もとても積極的で、強気なミサに対して、わたしも黒木くんが好きだからと宣戦布告するぐらいに強い子だった。どうしてもそのライバルには彼を取られたくないとミサは言っていた。なかなか激しい恋バトルで、心静かに片思いで満足しているわたしには、未知の世界ではあるものの、ミサの気持ちはわからなくはなかった。

 しかし、ある放課後、ミサが彼に告白したが振られてしまったという報告をミサから受けている時に、わたしの考えや想像を遥かに超える彼女の想いを聞くことになる。

 ミサは、黒木くんと付き合えないのはしょうがないけど、どうしても彼には、ライバルのあの子と付き合ってほしくないと言った。その気持ちはわたしにもよくわかった。

 そして、少し間をあけて、あなたと黒木くんに付き合ってほしいと続けたのだ。黒木くんと付き合うのが、他の誰でも嫌だけど、あなただったら嫌じゃないと言う。

 わたしの頭は大混乱だった。

 告白ダメだったのかぁと振られた彼女をどう元気付けようかと思いを巡らせながら彼女の話を聞いていたので、途中から話の流れが変わっていっていることに初めは気がつかず、二度見ならぬ二度聞き三度聞き状態だった。どういうこと?追いつかない頭で、少しずつミサのことばを処理していった。

 それまで、わたしと黒木くんは、話したこともほとんどなく、もちろん好きとかそんな気持ちは、お互いに全くない。ミサが言うには、きっと黒木くんはあなたを好きになるし、きっとあなたも好きになると。彼はとにかくいいやつだから、2人で会って話してみてほしいと彼女に懇願された。どうやっても頭が追いつかないのだが、長年、色んな状況、場面場面で、彼女の考えることや想いをたくさん聞いて共有してきて、彼女の行動も側で見てきていると、彼女がそう考えるのは、少しだけわかる気もした。とはいえ自分の気持ちとしては全く処理ができないまま、彼女の強い願いに押しに押されて、黒木くんと話してみることになった。

 彼は、少しナイーブそうな見た目に似合わず、会話はとても軽快で嫌味もなく、彼と話すのは楽しかった。かと言って当然すぐに好きとは思えなかった。彼はミサからどう聞いているのだろう。彼が笑って頭が揺れると、明るめの髪の毛が、透けるように白い肌にハラリと落ちる。彼の白い頬は少し赤く見えるが、緊張していたり、気負っていたり、困っているような様子は見えない。

 放課後に、たまに2人で話すようになっていたある時、そこに大杉くんが通りすがったことがあった。大杉くんは友達と話しながら、チラッとこっちを見て、通り過ぎて行った。わたしは話している黒木くんの色素の薄い髪越しに、大杉くんのその姿が視界に入った。その瞬間、わたしの心のどこかがチクリと痛んだ。それが、何に対する痛みなのかは分からなかった。

 そうこうしてるうち、黒木くんがあなたを好きになったみたいよと、ミサが嬉しそうにわたしに言った。わたしは、続く混乱と迷いの中、彼から告白された。そしてミサからの猛プッシュにより、付き合ってみることにしたのだ。

 こうしてわたしは、親友の好きな人と付き合うことになった。

 黒木くんと話すのは楽しかったが、恋愛力の極低めのわたしには、この状況はハードルが高すぎた。彼にも親友に対しても気持ちが複雑すぎて、恋どころではなかったのだ。

 どうしても好きという気持ちになれなくて黒木くんとは別れようと思うと、わたしがミサに言った時、彼女は残念そうではあったが、ひどく落胆もしていなかったように思う。仕方がないと受け入れたようだった。わたしに彼と付き合ってほしいと言った時の彼女の気持ちは、いつまで経っても共感はできないが、彼女の言葉をひとつひとつ拾っていくと、なんとなく理解はできた。長年共に成長してきたわたしを自分の一部と思う部分があったのかもしれないし、ライバルとの戦いにどうやっても負けたくない気持ちと、好きな人には自分が認める人と付き合ってほしいという気持ちと、自分の知っている所で彼に幸せになってほしいという気持ちと、そんな気持ちがごちゃ混ぜになって、たどり着いた考えだったのかもしれない。わたしが彼を好きにならないことを少し予測して彼に仕返し…とか、とにかくライバルに渡さないためだった…とか、という意地悪な考えもできなくはないが、それから後も彼と友情関係をずっと続けたミサの様子を見ていると、そんな思いはなかったとわたしには思える。

 黒木くんにも、わたしが別れ話をした時は、残念な気持ちと、そうだよね、という気持ちが混在しているように見えた。お互いに、本当にこれでいいのかなと思いながら過ごしていたのかもしれない。

 恋する気持ちは、ときに人をとても複雑な思考状態にさせるのだと、ミサを通して知ることができた。

 そんなこともありながら、相変わらずわたしは、初恋の彼以外の人に恋することがなかった。恋がしたいのにできない自分に、少し焦りのようなものを感じ始めた。

 その頃は、初恋はもはや現実とは別のモノとして頭の隅っこに置かれ、大杉くんへの想いを自分の中で確認しようともしなかった。初恋の時の、ときめく想いで過ごした日々が、幸せで、大切で、箱に入れて心の奥の方にそっとしまい込んでいた。

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