第2話 躊躇

 中学生になると、急に周りは大人びて、誰と誰が付き合ってるとか、そんな話が飛び交った。そんな中、わたしは、言葉も交わせないままずっと大杉くんが好きだった。中学校では、ひと学年の人数も3倍ぐらいに増え、新たに出会う男の子や、カッコイイ先輩もたくさんいた。それでも、わたしは、他に好きな人ができなかった。

 1年生の中頃、人通りの少ない渡り廊下で、大杉くんの男友達から、突然話しかけられたことがあつまた。それまで話したこともない男の子に、ねぇ大杉のことどう思う?と突然言われた。わたしは、驚いたのと、恥ずかしいのと、冷やかされたと思ったのとで、バッカじゃないの!と言ってその場を去った。我ながらなんてダメな反応なんだと、今では思う。それが、ただの冷やかしだったのか、大杉くんからの探りだったのかは、わからない。でも、よく考えれば、話したこともない女の子を、わざわざ呼び止めて冷やかしたりなんかしないかもしれない。もし、あそこで、冷静に話ができていたら、と思ったりもした。

 あの頃のわたしは、まだまだ幼く不器用に、ひとりで恋をしていた。

 大人になって、実家の荷物を片付けていると、中学時代に女友達としていた交換日記が出てきた。懐かしくページをめくると、青く丸まった文字で、お互いに、好きなモノのこと、友達とのこと、先生のこと、ムカついたこと、嬉しかったこと、好きな人のことが、雑多に書かれていた。

 あの頃の、コロコロ転がるような、楽しさや危うさや眩しさや儚さが、ページをめくるごとに思い出された。

 そこにも、所々に大杉くんのことが書いてある。大杉くんの部活姿を体育館のギャラリーから見たこととか、大杉くんと廊下ですれ違って友達と笑う横顔が見れて嬉しかったとか、小学生の頃と何も変わらない、恋するわたしが、そこにいた。大杉くんが誰かと笑い合う笑顔を遠くから見るのが一番好きだった。穏やかな笑顔が本当に好きだった。わたしには、笑った目もこぼれる白い歯も揺れる髪の先もキラキラと柔らかく瞬いて見えた。でも、その目で、その笑顔で、わたしのことを見てほしいとは思わなかった。交換日記をめくるうち、そんな想いが思い出された。

 中学生になって、一緒にふざけ合う仲の良い男の子や、わたしを好きになってくれる男の子がいたり、部活の校外練習で高校生のお兄さんと仲良くなったこともあったけれど、好きなのはずっと初恋の彼だった。

 それでも、自分から告白することはなく、相変わらず付き合うというのがどういうことか分からないままでいた。

 中学3年の時、仲の良かった男の子に、付き合ってほしいと言われた。そのとき彼には確か彼女がいたはずなので、彼女いるでしょと言うと、別れたと言った。嫌いじゃないし、一緒にいたら楽しいし、いいのかなと思ってOKした。

 夕方に告白をされて、なんだかフワフワした気持ちで家に帰り、夜寝る前になって、ふと、明日学校に行ってどうしたらいいんだろうと思い始めた。付き合うって何?って考えだしたらよくわからなくなって、なんだか落ち着かない気持ちになった。

 次の日、ソワソワしながら学校に行った。朝、その男の子に会うと、「おはよ」とだけ、ぎこちない挨拶をした。授業も上の空で、女友達にもまだ話せないままでいた。休み時間になると、すぐにその男の子に呼ばれて廊下に出た。その男の子が、照れたような少し困ったような顔で、「あのさ」と言ってわたしの顔を覗き込んだ。わたしは、ドキドキしているのを隠して、何?と彼の目を見ると、彼は、もっと真っ直ぐにわたしの目を見て、「実は、まだ前の彼女とちゃんと別れられてなくて、今日もう一回ちゃんと話してくるから、少しだけ待ってくれる?」と言った。

 わたしは、「だったら、やっぱり付き合うのやめる」と彼に言った。彼は、ちょっと待ってとか、ごめんとか、ちがうとか、慌てていたけど、わたしは彼に怒ったのでも、がっかりしたのでもなく、逃げる理由が見つかってホッとしたのだ。付き合うということを頭で考えたら面倒になって、結局逃げてしまったのだった。

 その男の子とは、少しの間だけ気まずさが漂ったが、すぐにいつもの友達に戻って、また楽しい日々を過ごせた。その頃のわたしはまだ、異性とも、付き合うよりも友達でいるほうが楽しくいられたようだ。

 目眩く速さで日々が過ぎていった感じがする中学校生活。その間、初恋の大杉くんとは、全く言葉を交わせないまま、卒業を迎えた。小学生の時、これが「好き」という気持ちなんだ!と煌きに打たれた瞬間から、そのまま時間だけが過ぎ、わたしの中で「好き」の輪郭はぼんやりとして、またよくわからなくなっていっていた。

 それでも、好きな人はだれ?と聞かれると、浮かぶのは、初恋の彼だった。

 

 高校生になっても、付き合うどころか、「好き」もよくわからない日々が続いていた。

 そういえば、わたしは、小さい頃から、アイドルとか芸能人にも熱狂したことがない。周りの子が、アイドルグループとかバンドとかに夢中になる中、音楽は好きで、曲は好きになるけど、誰のファンということはなかった。ドラマも大好きでたくさん見たけど、特定の俳優さんのファンにもならなかった。人への愛着や情熱が欠けているのだろうかと考えてみたが答えは出ない。

 そんなわたしが、大杉くんをあんなに好きになったのは、どうしてなのだろう。

 その大杉くんとは、偶然、同じ高校だった。

 高校生になると、お互いに少しだけ大人になって、恥ずかしさが薄れたのか、少しだけ言葉を交わせるようになった。と言っても、校内や登下校で、会った時に挨拶を交わすぐらいだったが。

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