第3話

その日、僕は身辺整理をしていた。特に理由はない。


あの子の本が出てきた。


それはいわゆる薄い本で、複数人共同で作る合同誌というやつだった。

その本に僕は参加していた。

彼は、大切なリア友と並べて僕の絵を一番初めのページに入れてくれていた。


あれからもうう3年は経っている。年度で言えば、4年だ。


読み返して、思い出して、想う。

彼にとって僕はなんだったのだろう。

少しでも救えていたのだろうか。

僕だけにしか見せない一面が幾度もあったのは、何故だったんだろうか。

彼の声が聴きたかった。

彼と一度会って語り合いたかった。

彼が20歳になったら一緒に飲みにでも行って何でも愚痴でも語り合いたかった。

彼と一生の友でいれると思っていた。

彼にとって僕は、 僕―――



暗転。




  『Teen Grave』3話




「またフラッシュバックか」

「…こんな本もう捨てちゃいたいよ」

「おい。"こんな"なんて言うんじゃねえ。殺すぞ」


カッターナイフを眼球の、まさに目前まで突きつけられて、流石に僕もわあ、と驚いて大きな声が出る。


「ご、ごめんって」

「あれがどれだけ大切なものか。そしてお前がどれだけ今までそれらを捨ててきたか」


そう。あれは唯一の、あの子が生きていた証。

僕にはあの本しかない。


今までたくさんの人を傷つけては、思い出の品すらも断捨離してきた僕が、

唯一、たった一度も捨てなかったもの。

捨ててしまえば戻ってこない。壊してしまえば戻ってこない。



「苦しい」

「は」


「あの子ともう二度と会話が出来ないことが何より悲しい」

「多分だけどな、一生折り合いなんかつかねえよ」

「つけなきゃいけないのに。もう4年も経つ。あの子より年だってどんどん取っていくんだ」

「忘れられそうにないってことはお前が一番わかってんじゃないのか」

「耐えられない」


一種の呪いでもあり、これは一種の祝福でもあるのかもしれない。

生きていると人は色んな事を忘れていく。たった1年前にお世話になったバイト先の店長の名前ももう思い出せない。

なのに、それは纏わりついて離れない。



ーーーーー。



「あーあ、出ちまったな」

「また~?ぐちゃぐちゃのへんなの出ちゃったね~」


正式名称は病魔(Disorder)。

ああ、今日の異形はあの子に似ている。

ショートカットで。金髪の。あの。あの


「あの子ともう一度会話さえできれば、それで、僕は」

「ねえ、ねえまた会えたね、僕ずっと、ずっと」


闘えない。


僕はこの病魔とはやれない。

ただ僕はうわごとのようにそれに話しかける。

あの子に。



「物理的に出来ないもんは出来ねーよ。」


今日は俺の番かな。

カッターナイフの形をした銃やマシンガンを次々取り出す。


「お前もこうなりたいか?十也」


異形の化け物にそれらを突きつける。異形は怯みきってしまう。



「なりたい時もあった」

ぽつぽつと、語りだす。


「環境からも逃げたくて、あの子と一緒になりたくて、飛んだ」

「けど、死ねなかった」

「歩道橋から落ちても骨折で終わって死ねなかった」


「あの子もそれを繰り返すうちに成功しちまったんだよ。」

「お前もそうなりたいのか。次は未遂で終わる自信があるのか」


「無い」


即答。


「だから僕はできない。いくじなしだから。」



「出来なかったから、"10代の墓場"としてここが出来てしまった」




「いいんだよ」

女性特有のやわらかい掌が頭に置かれる。それは幼い子供をなだめるよう、


「よく"あの時"生きたねって、10代の終わりをちゃんと迎えられたねって」

「そんな勇気なくていいんだよ」

「私は、そういう思いだよ。」


僕は泣き叫んで彼女に縋りつく。あたたかい。


そういえば、いつか誰かが言ってたなあ。


いつかは自分で自分のことを、偉いねって。よく頑張ったねって。

愛着を、寂しさを満たしてやれるようになると。



「なあ、十也、本当はさ」

「あの子の分まで生きたい」

「その想いでこの3年間も生きてきたはずだ」




僕は意気地なしだ。素振りは見せてもやる気はあっても、いざ計画を前にすると実行できない。

まともな自殺未遂なんて、親と暮らしていた頃にしかやれてない。


でもそれでもいいのかな。


少なくとも、僕が死んだら悲しむ人はいると思うから。

そう言える人生ならば。その間は。

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