二刀流令嬢。私、どっちもイケちゃいます! ~婚約者の妹を好きになったら、婚約破棄されました! 二人とも好きなので話し合いましょう~

いとうヒンジ

二刀流令嬢。私、どっちもイケちゃいます!



 婚約破棄の理由は古今東西さまざまあるだろうが……その中でも救いようがないのは痴情のもつれだと、私は思う。


 政略的な打算があったり、実は相手が悪人だったりなんて理由は、ある種健全とも言えるんじゃないだろうか。


 不健全なのは――やっぱり色恋沙汰。


 浮気、不貞、気の迷い、飽き性、気移り、密通、略奪愛、アバンチュール……まあ何でも好きに呼べばいいけれど、とにかく男女の関係は厄介だ。


 いや、男女に限定するものでもない。男同士でも女同士でも犬でも猫でも杓子でも定規でも、関係があればそこにトラブルはつきものなのだ。



 そしてそのトラブルが不健全たる所以は、原因がほぼ百パーセント性欲だからである。



 被害を受けた側からすれば、我慢しろよ以外何の感情も生まれない。いやほんと、我慢すればいいのだけれど、しかし人間というのは不思議な生き物で、どうしてもリビドーを抑えきれない時がある……らしいのだ。


 どう贔屓目に見ても婚約破棄されて然るべき事由である。そんな堪え性のないパートナーと、これから先の人生を健やかなる気持ちで歩めるわけはないのだから。



 ないのだけれど。



 まあまあまあ、それはそれとして。


 一旦ここで考え方を変えてみよう(?)。


 物事を一面のみで捉える危うさは、歴史が嫌と言う程証明してくれている……先達の失敗を活かして、私たちは賢くなるのだ。


 性欲。


 これは一見すると不健全だが、しかしどうだろう。私たち人類に性欲がなかったら、子を成し血を繋ぐという、種としての最大目標を果たせないのではないだろうか?



 だから私――レイナ・アルフォードは声高に宣言する。



 人類みな、性欲と共にあれ! と。



 笑いたければ笑うがいい。


 歴史に名を刻む革命児たちも、みな最初は馬鹿にされ蔑まれていたのだ……私もその偉大な一歩を踏み出したのだ思うと、妙な高揚感すらある。


 まとめると。


 私は、自分の性欲に正直に生きると――そう決めたのだった。





「最悪なまとめだな!」



 クリフさんの怒声が轟く。いやはや、我ながら綺麗に詭弁を垂れたつもりだったのだが、どうにも誤魔化せなかったらしい。



「お兄様、落ち着いてください……」



 彼の妹のカーラが、興奮した兄をなだめようと試みる……うん、相変わらず思慮深い子だわ。



「落ち着けだと? レイナは僕を裏切って、あろうことかお前と一夜を共にしたんだぞ! 冷静でいる方がおかしいだろ!」



「……それは、その……すみません、お兄様」



 ……さて、どうして私が、かの有名なホワイト一族のご子息とご令嬢の二人に挟まれているのかを説明させてもらおう。


 端的に事実のみを述べると、浮気をしたからだ。


 もう少し詳しく言うと、私は婚約者であるクリフ・ホワイトの実妹、カーラ・ホワイトとにゃほにゃほしてしまい、先日婚約破棄を言い渡されたのだ。


 今日は、その釈明をしにホワイト家の屋敷まで足を運んだのである。



「まあまあ、落ち着いてくださいクリフさん。興奮すると頭の血管が破裂しますよ」



「誰の所為だと思ってるんだ!」



「頭大丈夫ですか?」



「その心配の仕方には悪意しかない!」



「私はこの通り、逃げも隠れもせず事情を話しにきました……どうか元婚約者の話を聞いてはくれませんか」



「ぐっ……わかった。だが、さっき長々とこねくり回していた性欲云々の話はもう聞きたくないぞ」



 端正な顔立ちでいかにもプレイボーイといった風体のクリフさんだが、実は私以外の女と寝たことはない初心なお方なのだ。性欲性欲と連呼されるのに耐えられないらしい……可愛過ぎる。



「私がクリフさんの信頼を裏切ってしまったのは重々承知です、そこに釈明の余地はありません。誠心誠意、謝罪致します」



「……口では何とでも言えるさ。それに、僕は別に謝罪がほしいわけじゃない」



「では、何をお望みですか?」



「僕を裏切った理由を知りたいんだ。それに……お前は、女だろう。なのになぜ同じ女であるレイナのことを……その……」



「ああ、私はですから、男性も女性もイケるんです。アルフォード流剣術です」



「由緒ある家名で遊ぶな!」



 私の生まれたアルフォード家は、この地域では名のある商家である。ひいひいお爺様の時代から続く、歴史ある家柄なのだ。


 まあそれで言えば、私を挟んで向かい合って座っているクリフさんとカーラ……彼らはこの土地の領主の子なので、家柄で勝負すれば完敗である。


 人間性でも完敗かもしれない。



「くそ、二刀流なんてふざけてる……」



「ですがクリフ様、カーラも二刀流ですよ? 男性のことも女性のことも好きになれるのですから……ね、カーラ」



「そ、それは……意地悪ですわ、お義姉様ねえさま



「彼女との立ち合いはまさに死闘でした。互いに達人の技を駆使した攻防……二刀流同士の戦いは初めてでしたので、私も苦戦しました」



「意味がわからないしわかりたくもないな」



「どっちが受けるのか攻めるのかということです」



「説明するな! 僕は何も知らないぞ!」



 ちなみに、紆余曲折を経て私が攻めで落ち着いたのだけれど、それは言わなくていいかしら。



「……ちょっと待てよ? カーラが二刀流だって、どうして知ってるんだ? ……もしかして、カーラに好きな男がいるのか⁉」



「珍しく察しがいいですね、クリフさん。その通り、彼女には意中の男性がいて、その上で私と立ち合いをしたんです」



「何てことだ……妹に好きな相手がいるなんて……」



「気にするところそっちなんですね」



 私と寝たことに関して、カーラには怒りを向けていないようだ……あくまで私が裏切った事実を糾弾しているのだろう。


 さすがのシスコンっぷりである。

 そういうところも可愛いのだ。



「カーラ! 一体どこの誰を好きになったっていうんだ! お兄ちゃんは聞いてないぞ!」



「だって、恥ずかしいですもの……」



「僕に紹介できないような相手だとでも言うのか! くそ、どこの馬の骨がカーラちゃんをたぶらかしたんだ……」



「クリフさん、ちゃん付けになってますよ。素が出てます」



 ……うーむ、思い描いていたとは違うけれど、妙に察しのよかったクリフさんのお陰で話が先に進みそうだ。


 私はふかふかのソファに座り直し、姿勢を正す。



「クリフさんのおっしゃる通り、カーラには心に決めた男性がいます。ただ、彼女はその殿方と同じくらい、私のことも好きになってしまったのです」



「……兄としては複雑だが、別に妹の恋愛にケチをつけるつもりはない。問題は、レイナ。君がどうして僕を裏切ったのかだ。相手が誰なのかは、正直どうでもいい」



 真剣な面持ちで、クリフさんは呟く。


 私はカーラと関係を持ったのに、そんなことはどうでもいいと彼は言った。


 ただ――理由が知りたいと。


 でも私は、彼が納得するような答えをあげられないだろう。あなたへの気持ちが冷めたとか、元々好きじゃなかったとか……そんなわかりやすい理由ではないのだから。


 いえ、むしろ。


 わかりやす過ぎるが故に、理解してもらえないかもしれない。



「……私は、クリフさんのことを。その気持ちに嘘はありません」



「だったらなぜ、カーラと寝たんだ。僕を愛しているなら、そんな裏切りは……」



「カーラのことも。私はホワイト家のご子息ご令嬢に、心を奪われてしまいました。お二人のことを、心から愛してしまったんです」



 これが、レイナ・アルフォードの嘘偽りない真実だった。


 兄のことも、妹のことも、同時に愛してしまった。


 二本の刀を使える私は――二人の人間を、愛せてしまった。



「カーラと関係を持ったのは性急でした。でも、どうしても自分の気持ちを抑えられなかったんです。それはあなたに向けるのと同じ熱量の好意ですから」



「……その言葉を、信じろと? 僕より妹を愛しているのではなく、同じくらい愛していると?」



「信じてもらうしかありません……そして私と同様に、カーラも二人の人間を愛してしまったのです」



 私は彼女の目を見て合図を送る。予定ではもう少し後に話すはずだったが、今伝えるべきだと感じたからだ。


 カーラは意を決したように大きく深呼吸し。


 叫んだ。



「私は! !」



 静寂が訪れる。


 クリフさんは目を丸くして、口をパクパク金魚みたいに動かしていた。



「……お前が、僕のことを愛してるって? それは、つまりどういう意味だ、カーラちゃん」



「そのままの意味ですわ、お兄様。家族としてではなく、異性として、殿方として、クリフ・ホワイトを愛しているのです」



 妹の真剣な眼差しを受け、彼はそれが冗談ではないと悟ったのだろう――両眼を閉じ、何かを思案するように眉間に手を当てる。



「……レイナは僕とカーラちゃんを愛していて、カーラちゃんはレイナと僕を愛している……その認識で、間違いないか?」



 再び目を開けた彼の顔は。


 とても男らしい――頼もしいものだった。



「ええ、間違いありません。カーラからクリフさんを好きになってしまったという話を聞いて、私はこの館に舞い戻ったのです」



 自分の不義について釈明するよりはむしろ、そっちの方が重要な案件だった。私が彼らと関係を絶たれるとしても、カーラの気持ちを伝える手伝いはしたかった。


 なぜなら。


 私は、彼女のことも愛しているのだから。

 愛した人には、幸せになってほしい。



「……わかった」



 クリフさんは立ち上がり、私とカーラの元に近づいてくる。その動作には少しの迷いもなく、私がお慕いしているクリフ・ホワイトそのものだった。





「レイナ・アルフォード……それに、カーラ・ホワイト。――僕は、妻に迎えよう」





 こうして、私の愛は二つとも成就することとなる。


 もちろん、この先いくつもの障害が私たち三人に襲い掛かるだろうけれど――その時は。


 二本の刀で、ばっさばっさと切り捨てていこう。


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