第25話 幼馴染と助けた責任。
一人で帰って、リビングのソファーで制服から着替えもせず、横になる。
何もする気が起きない。
まず着替えなければならないし。夕飯を食べるべきだと思うし。
そもそも、そろそろ家の電気を付けなければならないだろう。夜目は利くほうだが、わざわざ暗くして過ごす理由が無い。
玄関の鍵が開く音、続いて、扉が開く音がした。
「史郎君? いるの?」
足音が、真っ直ぐにこちらに向かってくる。
リビングの扉が開き、部屋が明るくなる。
「あっ、ちゃんといた」
「どうした?」
「もう、明かりも点けないで」
「あぁ」
起き上がる。
奏は今帰って来たみたいだ。帰って来て、着替えもせずその足でここに来たのか。
「どうしたんだよ」
「ん?」
「今帰って来たみたいだけど」
「朝倉さんといたんだ。一緒に帰ったの」
はにかむように笑う奏に、少しだけ安心した。
「そうか……今日は悪かった、巻き込んで」
「良いよ。気にしないで」
奏は、優しい顔を見せてくれる。
「悪い、怖い思い、させたな」
あんな世界、奏も志保も、知らなくて良いんだ。もっと、上手くやれなかったのだろうか。
「……史郎君は?」
「ん?」
「史郎君は、怖くなかったの?」
「怖かったよ」
正直な気持ちを言った。奏に嘘を吐いたって、バレるから。
「そっか、史郎君も……」
「志保を、奏を、結愛を、失うのが、怖かった」
「えっ」
「誰かを失うのが、怖くてな」
思ったより、自分は怖がりだった。
ギリギリの状況だった。詰みかけていた。そんな状況になってようやくわかった。
「史郎君は、強いね」
「臆病だよ」
「強いよ。史郎君は。あのね、私、謝りに来た」
「いらないよ。そんなの」
奏に謝られることなんて、何一つ無いのだから。
「でも私、また、史郎君に。私たち、勝手に判断したから、だから」
「夕飯」
「その……えっ?」
「なんか作ってよ」
「えーっと?」
「お腹空いた。俺は着替えてくる」
無理矢理切り上げる。奏は気にし過ぎる。ちょっと強引にした方が、良い時もあるんだ。
奏を責める気なんて無い。謝られても困るだけだ。
着替え終わって戻ると、キッチンからトントントンと音が聞こえる。
冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出して、グラスに注いでキッチンが見える位置に座って。
「向いてないな、本当」
「何に?」
「人を助ける仕事に」
俺は、結局、自分のことを棚に上げっぱなしだ。逃げたと言われても、文句は言えない。
うちの親は、結愛の両親は、よく大人になってまで、創作物のヒーローみたいなこと、目指せるな。って。
例えば、女の子と世界を天秤にかけさせられて、でも最後には、どっちも助けてしまう、そんなヒーロー。
自分がそんなことができてしまう未来なんて、見えない。
「いつになく弱気だね」
「そんなもんだろ、俺は」
「そうかも。長年一緒にいることによる弊害だね。年単位を最近と錯覚してしまう」
「ねーよ」
「無いかー。ほいっ。ご注文の品です」
お盆に食事を乗せてキッチンから出てくる。
一人分の夕飯が、テーブルに並んだ。
「ん? 食わねーの」
「あー、私、朝倉さんと食べたから」
「珍しいな」
いつも、妹たち、あと俺の食事の心配をして、外で済ませてくるなんて無かった。
友達はいても、休日はそんなに出かけるようなことはしてこなかった。
買い物に俺を連れ出すくらいだ。荷物持ちに。
「でも、あの二人ももう中学生だ。これからそういうこと、増やしても、良いんじゃないか?」
「うん。そうかもね」
奏は頬杖ついて小さく笑う。
「史郎君のそういうところ好き」
「なんだよ、急に」
「いつも通りにしてくれる。あんなことがあったのに、いつも通りに接してくれる」
「あんなことがあったから、いつも通りが大切なんだよ」
「ごめんね、じゃなかったね。ありがとう、だね」
「そっちの方が嬉しいな」
話が途切れる。けれど嫌な沈黙じゃない。
黙々と、食べ進めていく。
億劫だったはずの夕飯が、今は嬉しい。
「なぁ奏」
「なぁに?」
食べ終わって、箸を置いて。
「俺はさ、普段から奏に色々してもらってるわけで。だからまぁ、その、なんだ。あれだよ、こんな風に、奏が困った時に助けるくらいしかできないから、だからあんま気にしないで欲しいなと、思うわけでして、えっと……」
「史郎君」
「はい」
「私はね、何かの保険とか、見返りを求めてとか、そういうのでこんな風にしてるわけじゃないと、理解しなさい」
「う、うっす」
良い感じにまとめて、そろそろ家に帰そうと思ったら、予想外の方向から切り返された。
「忘れた? 私、史郎君があの仕事してるって知る前から、こうしてたよ」
「そう、だったな」
「私にとって、史郎君と一緒にいるのは、自然なことなんだから。メリット、デメリットで考えるなんて、寂しいこと、やめてね」
「すまん」
「良いよ」
今まで、何回やっただろうか、そんな想定。もし、奏がいなかったらって。
意味の無い想定かもしれない。だって今確実に今の俺があるのは、奏がいたからなのだから。
ふと、結愛の言っていたことを思い出した。奏なら納得がいく、か。一緒にいるのが当たり前で考えたことがなかったことふと考えた。……きっと、楽しいだろうなって。でも、な。
「もう一つだけ良い?」
「何?」
「これは、前も言ったことだけどさ。一応、確認。史郎君は、確かに人を一人殺した」
「あぁ」
「でもね、史郎君。助けられた人がいること、忘れないでね。今の私がいるの、史郎君のおかげだから。それを、忘れないでね」
上を向いた。
見られたくない俺の、精一杯の抵抗。
「ありがとな」
「? 何が?」
「色々と」
史郎君の家を出て。ふと見上げた空。送ってくと言われたけど、少し一人になりたくて、私は丁重にお断りした。
「……やっぱり、言わなきゃ、わからないし。伝わらないよね」
ずっと決意も覚悟も固まらなかった決まらなかった。でも。今日、実感した。失いかけてわかった。うかうかしていたら、待ち続けている機会なんて二度と来ない、チャンスは作りにいかなきゃいけないって。そうしないと、取り返しがつかなくなるかもしれない。だから。
「言おう。ちゃんと。私から」
私の気持ち。私も、逃げない。
「おめでとうございます。では、最終ステージのダーツに挑戦ください」
全問正解賞品があまり動かない。ギブアップ賞が足りなくなりそうだな。
室長が今、目の前でさらっと全問正解賞を持って行った。くそっ、結愛に言ってダーツ迎撃させれば良かった。
室長は志保とも顔を合わせている筈だから、あちらも親しげには話しかけてこない。俺はあくまで、裏の護衛。
霧島は、いつも通りだ。
そう、いつも通り、登校してきた。
今朝、電話が来た。ここでいきなり逮捕者を大量に出すと、霧島がばら撒いたあの動画を肯定することになりかねないとのことで。厳重な監視のもと、一応の日常に戻ってもらうことになった。
「九重君。そろそろ交代だ」
「あぁ」
「そんな怖い顔しないでくれ。と言っても無理か」
「してない」
「してるぞ」
スマホを持ち上げて確認。
「……してるな」
「だろ」
「お前、なんか変わった?」
「取り繕うのをやめただけだ。ストレスが溜まる生活だよ。ネットとか連絡とか、色々制限されているし。郵便物は全部開封されるし。精神削られるよ。行く先々全部監視付きだし」
学ランのボタンを二つあけ、ビシッと整えていた髪形も遊びがある仕上がりだ。
「僕は本来、適当な人間だ。テストで点数を取ってさえいれば、好きにさせてもらえていたからな」
「じゃあ、奏に勝ちたいというのは?」
「あれはマジ」
「あぁ、そう」
「ほら、そろそろ終わりだろ、行って来たらどうだ?」
「そうする」
俺達の仲はよくわからないものになったが、今はそれで良い。答えは、これから出る。
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