第24話 一日目の終わりは事件の終わり。

 先輩なら心配はいらないだろう。私にはその確信がある。腹を括れる時は括れる人だ。トラウマなんて言っていられない状況だと、すぐに理解してくれる。

 できなければ、私たちの負けだ。志保さんと奏さんの命は無い。

 階段を駆け上がり、志保さんと奏さんと合流する。


「大丈夫ですか?」

「し、史郎君が」


 耳を澄ませなくても聞こえる。何かが衝突する音。これがする限り、史郎先輩はまだ負けていないということだ。

 そしてこの音。流石先輩。期待を裏切りませんね。


「落ち着いてください。あの人が負けるわけがありません。……覗いてみます?」


 どちらにせよ、私も露払いが済めばやることがある。スマホとか愛銃も返して欲しいし。

 というわけで、小さく扉を開くと。予想通りだ。

 真っ二つに折られた木刀。刀身がどこかに行ってしまい、柄だけになったナイフが床に転がっているのが見える。

 先輩が、利き手に……左手に持った警棒を振るうたびに、敵の武器は使用不能になる。

 まぁ、私でも先輩の攻撃、さっぱり見えないのですけど。

 また一人、わけもわからないまま自分の武器を破壊され、丸腰になった生徒の鳩尾に蹴りが叩きこまれ吹っ飛びそのまま動かなくなる。

 流石に、ナイフの刀身を折る威力で腹を殴られれば内臓破裂。頭に打ち込めば頭蓋骨が砕かれるだろう。

 懐かしい。練習と称して未開封の缶ジュースを竹刀で切り裂いて、吊るした空き缶を竹刀で突き貫いたりしていたな。私も挑戦してみたけど、全然できなかった。

 テニス部員十人が束になって襲い掛かったところで、流石先輩。流石、インビジブル・レフトと呼ばれた人。

 何をされたのかわからないまま床に転がっていく男子諸君の気持ちはよくわかる。


「ちっ、おのれぇっ!」


 霧島さんがピストルを真っ直ぐに史郎先輩に向ける。当たる軌道だ。

 激高したように見えて、きっちりと左肩を狙っている。

 それは先輩もわかっている。

 発砲音と同時に衝突音。その次の瞬間、史郎先輩の姿は霧島さんの目の前。その手に握られていたピストルは銃口が歪んで、床に転がっていた。

 そして史郎先輩の拳が、霧島さんの鳩尾にめり込む。


「ぐはっ。な、何が……」


 そう言いたくなるのも無理はない。 

 当たる軌道で放った弾丸を警棒で弾かれたなんて、誰が信じるだろうか。

 目線と銃口の向き。それに気をつけていれば一発くらいは、なんて言われても。

 静かになった屋上。先輩は空を見上げる。


「はぁ、はぁ」


 息が切れている。ブランクがあるから仕方ないか。

 私は屋上に滑り込んで霧島さんのノートパソコンを弄る。伊達眼鏡のスイッチを押して妨害電波を解除。奏さんと志保さんの腕輪に解除の指示を送る。


「これで大丈夫です」

「了解……確保部隊、どうすっかな」

「連絡すればどうにでもしてくれますよ」


 あー。疲れた。疲れた疲れた。


「ふへー」

「相変わらずだな、その情けない声」

「私、本来は頭脳労働専門ですよ。アクション俳優のようなことはあまりしないんです」

「格闘の訓練したんだろ」

「向いてないことが今日わかりました。足さばきとか真似したつもりでも、全然ですね。今後も後方支援で」

「背中は任せるよ」

「はい、お任せを」


 気絶させた生徒を拘束。消防の人に紛れて回収してもらうとしよう。

 さて、避難だ。と思ったところでおかしなことに気づく。

 屋上から校門の方、そしてグランドの方を確認するが、避難している生徒も、消火活動に当たる消防隊の方々も見当たらないのだ。

 そういえば、爆発音がして、火災が起きたのなら、火災報知器が起動していなければおかしい。避難を指示する放送を聞いた覚えもない。


「ククッ。余計な死体を転がしたくはないと言っただろ」


 手足を拘束された霧島が笑みを零す。


「あーあ。負けちまったぜ」


 そして、また目を閉じる。疲れを感じさせる顔色。これだけの規模を準備したのだ、その労力を、他に回してくれれば。


「戻ろう」

「そうですね。私は室長に報告してからいきます」

「頼んだ」


 すぐ下の階の、階段の踊り場を調べると、スピーカーを見つけた。そうなると映像の方は、CGの合成といったところか。俺達に決断を焦らせるためか。俺達にだけ聞こえれば良いから音量もそこまで必要無い。音が小さければ一階とか勝手に、実際俺は判断してしまった。


「やられたぜ。全く」




 

 放課後。俺は結愛を連れて本部に来ていた。

 本部の奥、俺達は職員の案内で進む。厳重に鍵をかけられた扉。開けてもらい中に入る。


「よう。どうだ、取調室って奴は」

「カツ丼はでないのかい?」

「ない」


 コンクリートの壁に囲まれた部屋。中央に簡素な机。

 霧島は飄々とした、いつも通りの爽やかな笑みを浮かべて座っていた。

 今回、確保した功労者として、特例で俺と結愛が話させてもらうことになった。記録に残らない非公式の取り調べ。室長からの恩情。この後、警察に身柄を引き渡される。 

 時間は三十分。目の前に座ると、霧島はニヤリと笑った。


「さて、何を聞きたい?」

「お前は、あの男の」

「そう、息子。君が殺したあのゴミの」


 ゴミ、か。


「犯罪やってバレて、追い詰められて、仕舞いには中学生に殺されて、家庭を崩壊させて、僕はおかげで県外の高校に進む羽目になった」

「どうやって俺に気づいた。何で俺が殺したことを、知っている」


 そう、あれは、情けない話だが、もみ消された。銃撃戦になり、流れ弾に当たって死亡。

 記録上、俺が殺したことにはなっていない。俺が、敵側の使っていた銃を奪って発砲したことが、結果的にその隠蔽を手助けすることになった。


「久遠さんが、父親が攫った子どもだって、すぐに気づいたよ。父親が攫った子どもに会うことがたまにあったから。子どもを預かる仕事だって聞いていたからね。その後どうなったかは気になっていた。つけていた」


 俺と結愛と奏。任務について、そして、あの夏休みについて、しっかりと触れてはいないが、話していたことが、一度だけあった。

 その時の会話で、俺が殺したことは推察すること自体は、可能だ。


「探りは入れていたんだけど。久遠さんが俺に気づきそうになったし、君を尾行するのは難しかったから、一旦手を引いたよ。

 スリの件も、不用意だったって反省してる。確証が得られなかったからね。何かに使えるかもしれないって用意した駒を無駄にしてしまったよ。もう少し確実な手を取るべきだったよ」


 そうだ。あの日、俺と志保、結愛が出かけると知っていたのは奏と当日の朝に会った霧島だけ。俺に探りを入れるのが狙いなら、確かに、納得だ。


「君が組織の人だと完全に確信したのは、朝倉さんを一回攫った時だね。

親父のフリをして、伝手を辿って、金をちらつかせたら、本当にやってくれてね。その時に君たちの組織のことも教えてもらったよ。

あとは君のスマホに、彼らが使っているビルの位置情報を送ってね。あそこまで大規模に色々やってくるのは予想外だったけど。流石お嬢様、手を出したら危ないってわかったよ。でも、今回の作戦の起点を、一つ得ることができた。取り返されること自体は織り込み済みだった」


「……てめぇ」


 霧島が俺のスマホに触れたのは一回。

 俺が忘れたのではなく、霧島が俺のメールアドレスを調べるために一時的に持ち出したものを返したのか。

 スマホの暗証番号なんて、後ろから多少離れていても、見ることはできる。

 人が不規則に入り乱れる教室なら、俺に気づかれることなく覗くことも、可能だ。


「最後の一手は自分で決めたい。欲張って打って出た結果がこれか。僕も、あの父親と変わらないな。その目は何かな? 家族を壊した人間は二人。父親と、父親を殺したお前。そうだろ?」

「くっ……」

「謝るつもりなら、口を開かないでくれ、九重君」


 冷たく、そう言い放たれる。


「謝るつもりなんて、ない」

「そりゃそうだ。そうでなきゃ困る。僕は、僕がやっていることがおかしいことは、わかっている」

「あの、制服泥棒の件は? 校門前のあの動画は?」


「あぁ、あれか。あれは、本当に運が良かった。虹が見えてね。あまりにも立派だったから、窓の外にカメラを向けたんだよ。君をあの二択にどう叩きこむか考えた時、あの動画を見て、全部思いついた。それからは仲間集めと朝倉さんを攫ってもらう下準備。あそこが一番時間かかったね。テニス部一年を掌握するのが一番大変だったよ」


 霧島は、ニヤリと笑う。


「九重君。今回、君は僕を打ち払った。僕は君を裁けなかった。人が人を裁くなんて烏滸がましいとは言わせないよ。君は、罪を抱えて生きる。僕は、捕まるよ。大人しく。僕がやったことを法の下で償う。君がどういう道を選ぶのか、塀の向こうで楽しみにしているよ」


 時間だ。俺達は廊下に出る。扉が閉まる直前、霧島が、親し気に手を振って来た。

 俺の手は、上がらなかった。




「結愛、俺は帰るよ。報告書は、頼む」

「良いですよ。先輩は、休んでください。明日もありますから」

「悪い」

「謝る必要はありません」


 結愛は、笑って許してくれる。

 霧島はどうなるのだろう。

 今回、本当に危なかった。組織の支援や作戦立案が無い、その場での対応、俺は、どこか間違えていないだろうか。


「先輩」

「ん?」

「そんなに、気に病まないでください。どのような事情があろうと、霧島さんは、間違えました。罪のない人を、巻き込みました」


 結愛は、息を一つ吸い、言葉を続ける。


「そして、あの時、あの夏の廃工場に、私もいました。あの結末は、二人で背負うものです」

「……結愛」

「大丈夫です。私もいます。大丈夫です」

「頼もしいな」


 結愛は、眩しい笑顔を見せてくれる。


「今日はゆっくりしてください」

「ありがとな」

「後輩を助けるのが先輩の役目なら、先輩を支えるのが、後輩の役目ですから」

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