第22話 一日目の始まり。

 開会式が終わり、最初のシフト三十分をこなす。

 あの動画の影響はまだ感じられない。登校している時、記者らしき人が隠れているのを見つけたが、逆に言えば、それだけだ。俺が警戒し過ぎたか……?

 あの程度の根拠の薄い陰謀論じゃそこまで気は引けない、ということか。

 そんな風に色々考えるが、現状、一番厄介な部分がある。そして、もしそれが狙いなら、達成されている。

 俺と結愛はしばらく、組織からの直接的な支援無しでどうにかしなければならない。

 マスメディアのカメラに映るリスクがある場合、組織は動けないのだ。


「俺達の存在を察知していて、あの動画を撮れる奴」


 二つとも、数少ない、俺達が派手に動いたケース。

 一つ目のケース。俺が制服泥棒を捕まえた時。映像は校舎の窓、上からしか撮れない角度だ。それはつまり、学校関係者が撮ったことを示している。

 今俺は、その場所、校門が見える階、三階の渡り廊下。ここからカメラを向けたのだろう。


「あっ。いたいた。史郎、これ、何に使うの?」

「これって?」


 廊下の向こう側から志保が歩いてくる。そうか、志保のシフトも終わったか。


「これだよ」


 志保が手に持って見せたのは白い腕輪。

 小さなタイマーが付いている。カウントダウンタイマーがゼロになる時間を頭の中で計算すると、文化祭の終了時間になる。


「……これ」


 俺は、似たような装置を見たことがあった。


「え?」

「……絶対に付けるなよ」

「う、うん。じゃあ、やっぱりこれ、史郎じゃないんだね。久遠ちゃんの机にも入ってたみたいだけど」


 志保が見せたのは手書き。何だこれ、俺の字じゃねぇか。


「奏ちゃんが、史郎じゃない。って言ったから。私もそう思う。史郎なら、こんなまどろっこしいことしないで、大事なことなら、ちゃんと言うって」

「……ありがとな」


 しかし、なんでこれをどういうことだ。何でこんなまどろっこしいことをする。

 殺すのが目的なら、教室に仕掛けてホームルームをしている時に爆発させれば良い。

 そう、これは爆発するもの。随分と前、二年前の夏に、奏の手首に付けられて、手こずらされたものだ。

 ……逆に考えろ。教室を爆破できない。まさか、クラスメイトか?


「史郎……?」

「何でもない。とりあえず、それは預かる」


 まずは、結愛だ。それと、室長にも報告だ。こんなもの、さっさと回収してもらおう。

 何が狙いだ。本人たちに気づかせず人質にしようとしたと考えるべきだろう。

 誰にとっての人質か。志保と奏。ピンポイントでこの二人を狙うとしたら、俺に対してだ。


「……もしもし。奏、そっちはどうだ?」

「んー? 問題無いよ」

「そうか」


 今はまだ、動きは無い。だが、すぐに来るだろう。狙い通りの展開ではない筈だから。

 結愛にメッセージを送る。すぐに、了解と帰ってくる。

 本部が大っぴらに動けない今、捜査能力として結愛以外に頼れない。

 室長に預ける前に結愛に見てもらおう。俺はその間、二人を守る。


「志保、奏と一緒に回らないか?」

「んー? 良いよー。楽しそうだし」

「よし」 

 


 

 奏は合流してすぐ、一つ頷いて、すぐに例の腕輪を差し出した。


「ありがとう」

「これを机に入れた人は馬鹿だよ。何年一緒にいると思っているんだか」

「だな」


 それに、奏も気づいたはずだ、嫌な思い出があるから。

 廊下の向こうから歩いてくる結愛、すれ違いざまに渡す。一瞬だけ目が合い、頷き合う。

 敵の正体はまだ見えない。だが、こうなった以上、何らかの形で強硬手段に打って出るはず。

 体育館、二年生と生徒会のブース。ステージ上では企画が色々行われている。


「これ、明日になったらもっと混むのかぁ」


 明日、自主休暇が欲しくなってきた。


「何をするの?」


 志保がパンフレットをポケットから取り出す。


「あぁ」


 志保から借りたパンフレットを開く。

 かき氷焼き鳥焼きそば鈴カステララーメン……ラーメン?。とりあえず、食べ物ばっかじゃねぇか。

 今何か食っても喉を通る気がしない。


「史郎君、カラオケ大会やっているみたいだし、見ない?」

「あぁ。そうする」

「あっ、ちょっと待って」


 志保がパタパタと走っていく。何か食べたいものがあったのだろう。

 すぐに戻って来た。手にはストロー付きのプラスチック製のコップが三つ。


「タピオカドリンク。おやつにはぴったりだよ」

「あ、あぁ。ありがと。いくらだった?」

「良いよ。気にしないで」


 ……不思議な食感だ。何だろ。この、ぐにっととした食感は。

 カラオケ大会。全校生徒の前で歌を披露する。その度胸を裏付けるのには十分な歌の上手さだ。だから、聞いてて苦にはならなかった。




 「……何の用ですか?」


 私は、男子に道を塞がれた。数は五。素人だ。囲むんじゃなくて塞ぐんだから。

 いえ、随分と前に先輩が、あえて逃げ道を残して、逃げた先に罠を仕掛けて、逆上して大暴れさせずに倒せるとか、言っていた気がします。それを狙っているのでしょうか? 

 史郎先輩から時限式の爆弾を預かり、ある程度調べたので、理科室でもお借りして解体しようと思っていたら、あちらは私たちの動きを把握しているようですね。

 無言でナイフを取り出し、向けてくる。肉を割いて獲物に傷をつけるのに特化した、そんな形をしている。


「ついてきてもらおうか」


 一言、そう要求してきた。

 普通の人はそれだけで怯えて動けなくなることだろう。伊達眼鏡を外す。広がった景色と共に流れ込んでくる計算結果の数々は全て、私に取るべき行動を教えてくれる。それに従い、私は、すぐに逃げを選ぶ。 

 敵が動き出した。私と史郎先輩の存在を察知して、生徒に武器を持たせ差し向けてきた。

 彼らはれっきとしたこの学校の生徒だ。生徒のリストの中に写真があった。経歴を調べても怪しいところは無かったのだが。

 廊下を走る。特別教室棟には今、人はいないだろうし、出入りする理由もない。

 振り返りざま、ピストルを取り出し、集中力を高める。視界を埋め尽くす数式が消え、演算結果が白い線となって、狙うべき軌道を示してくれる。ゴム弾を一発、足に放つ。

 味方が転んで対応に困っているもう一人の手にあるナイフを狙い撃ち。これで後ろからは大丈夫だ。

 後ろからは二人か。ということは残りの三人は回り込んでくるつもりか。

 文化祭会場の方に行くのもありだが、彼らがなりふり構わず追ってくるタイプなら厄介だ。生徒に被害が出る。

 とりあえず先輩に走りながらメッセージを打ち込み送信。さらに、私が捕まった時のために対策を施しておく。


「……ここまでですね」


 地の利があるとはいえ、ここまであっさり囲まれるのは予想外ですが。

 階段の踊り場。上に四。下に四。なるほど、追手を五人増やしたのですね。

 ……先輩なら殴り飛ばして突破するんだろうなぁ。

 そんなことを考えながら、私は武器を捨て両手を上げる。私は冷静だ。

 さて、先輩。一足先に敵の懐にいるんで、後はお願いします。

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