第14話 事件の始まり。

 「あっ」


 志保と結愛が、駅に入っていくのが見えた。


「どうかした? 史郎君」

「うぅむ」


 足を止めて数歩を下がる。

 奏は不思議そうに俺を眺めた。


「……そういえば、最近、萩野さんとの会話、少し余所余所しい気がする」


 奏がブツブツと呟き、腕を組んで悩み。


「……あんまり見たことない反応……あぁ、告白されたのか。多分、萩野さんに」


 何正解にたどり着いてんだよ。

 怖いよ、奏さん。ほぼノーヒントなのに。


「少し違うな。正確には、お付き合いを申し込まれた。だけ」

「ふぅん? 何が違うの?」

「過去の恋を忘れるには、新しい恋が一番効くんだと」

「うーん? つまり、身代わりを申し出てきたと。それで良いの?」

「勿論断った」

「そか。そこ、勿論なんだ」

「おかしいか?」

「うん」

「そ、そうか」


 自分が間違っているのでは? なんて思うが。

 改めた方が良いのでは、なんて思うが。


「おかしいかもしれないけど、間違ってはいないと思う」


 俺のそんな言い訳じみた主張に奏は小さく頷く。


「そうかもね。でも、それはわからないよ、私にも。誰にも」


 改札を抜ける。既に二人の姿は視界に無い。


「でもまぁ、真面目過ぎるかな、史郎君は。もう少し気楽に生きれば良いのに」

「これは気楽に考えて良い。案件なのか?」

「学生同士の恋愛は気楽で良いと思うけど」

「奏がそんな風に言うとはな」

「おかしい?」

「らしくない」


 即答すると、奏は眼をスッと細める。


「私、そこまでもう、真面目ちゃんじゃないよ」


 後ろ髪を弄る。考え込んでいるのか、少し不機嫌なのか、判断に困る。


「高校生にもなって、相変わらず委員長してる奴に言われてもなぁ」

「それは関係なくない? 史郎君もしてるし」

「お前に押し付けられたのだが……真面目じゃなくても、良い子だよ、お前は」

「そう見える?」

「あぁ」


 電車がホームに入ってきた。


「そっか、でもね、史郎君……私も、いつまでも良い子では、いられないんだよ」




 「せーんぱいっ」


 放課後、学校を出たところで腕に覚えのある重みに捕まる。

 思ったより動揺は無かった。


「お前はそう言って、腕に抱き着かないと、昼間は登場できない制限でもあるのか?」

「? なんの話ですか?」

「なんでもない。それで、何の用だ?」

「やだなー、先輩。わかっている癖に」


 校門の前でこの状態を見られたら面倒だ。さっさと歩く。結愛も腕を離して横に並ぶ。


「なんだよ。俺の答えは変わらない。断る」

「強情ですねぇ」

「強情も何も、お前、俺のこと好きなの?」

「好きですよ」

「は?」

「えっ、何ですか、その反応」

「いや、好き? Like?」

「それはわかりかねます」

「それで付き合おうって、お前なぁ」

「そうですか? もう少し気楽に考えても良いと思いますけどねぇ。相変わらず、真面目ですねぇ」

「知らん」


 今朝の奏の話を思い出してしまう。気楽に考えるか……。二人から、しかも俺が一番信頼している二人から言われると。


「志保は?」

「今日はお迎えがありましたので。一旦別行動です」

「迎え……あぁ」


 付き合っているときも何回かあった日。

 両親が迎えに来る日があると。


「親が休みか、何らかのパーティーか」

「結構有名な企業ですから。呼ばれますよね」

「何の企業なんだ?」

「製薬会社です」

「教えてくれるんだな」

「まぁ、先輩なら良いかと」

「そっか」


 何というか。いやまぁ。うん。

 ありがたいけど。そこまで信頼されると、むず痒いものがある。


「やぁ、九重君。ん? あぁ、萩野さんか。フード被っててわからなかったよ」


 後ろから聞こえた声に振り返ると、学年二位の点数を取った霧島だった。一位は奏だ。


「お前、部活は?」

「今日は休みだ」

「そうかい。お疲れ」

「うん。お疲れ」

「恭也様―」

「あぁ、すぐに行く。それじゃあ、気をつけて」


 男子生徒に呼ばれた霧島が、片頬を吊り上げるように笑って、学校の方に戻っていく。

 一瞬、探るような視線を感じたのは、俺と結愛の関係を訝しんでだろう。

 ……恭也様?


「お前のせいで誤解を受けたかもしれん」

「既成事実って奴ですね」

「へっ」

「ムカつきました」


 蹴られそうになったので避けた。女子に蹴られて喜ぶ趣味は無い。


「……恭也様ね。スゲー呼び方だな」

「あぁ、霧島さん、何やら、同学年の同じ部の人から、かなり慕われているみたいで。テスト期間も、まとめて面倒を見て、赤点を一つも出させなかったとか」

「ふーん」

「他にも、悩みの相談とか結構受けて、解決させているらしいですよ」


 それは凄いな。


「先輩、私、志保さんの護衛に戻りますけど、来ますか?」

「いや、俺が行くのはマズいだろ」

「まぁ、そうですよね。ではでは」


 駆けていく後ろ姿を見送る。

 ったく、勘弁してくれよ。

 人間の鼓動は一秒に一回だっただろうか、だとすれば、今のペースは明らかにおかしいよな。





 「史郎君、どうだった? 夕飯」

「美味かったよ」


 近々ある文化祭。学級委員はある程度事前に仮の案を決めておかなければならないらしい。その会議を兼ねた夕食。

 過去の文化祭のパンフレットがテーブルに並べられている。


「とりあえず、被らないようにはしたいよね」

「そうだな」

「どうしよっか」

「何もしないという選択肢は?」

「あるわけないじゃん」


 当たり前ではあるし、我ながら馬鹿なことを言っていることは自覚している。。


「ん? 史郎君?」 


 奏がスマホを指さした瞬間、着信音が鳴り響く。

 ノータイムで掴み取り、すぐに応答する。

 それは、結愛が仕事用のスマホで連絡してくる時用の着信音だから。


「どうした?」

「先輩。先輩」


 涙声で呼んでくる結愛の声。


「先輩、ごめんなさい」


 涙声に紛れて聞こえる音は騒がしく、慌ただしい。


「何があった」

「ごめんなさい、志保さんが、志保さんが」

「落ち着け、何があった。話してみろ」


 聞こえる音からはどんな状況かあまり探れない。

 わかるのは、結愛が取り乱すような、ヤバい状況ということだけ。

 言葉を待つ。その時間が、やけに長く感じて。

 聞こえた言葉は、嘘であって欲しい、冗談であって欲しい。そう祈りたくなるようなものだった。


「ごめんなさい。志保さんが、連れ去られました」

「……場所を言え。すぐに行く」

「駅ビルの、隣の、ホテルです」


 通話を切ってスマホをポケットに突っ込む。

 ここからなら自転車を飛ばせば五分で着く。


「どこに行くの、史郎君」

「話している暇はない」

「でも、史郎君はもう」

「知らねぇよ。元カノか、好きな人か、友達か、よくわからない関係だけど、でも、ヤバいなら助けに行くしかねぇよ」

「朝倉さんに何かあったんだ。……あんな態度取られてるのに、助けに行くんだ」

「関係ねーよ」


 話しながら家を出て。自転車にまたがると、その後ろに奏が乗った。


「何してるんだ」

「私も連れて行ってよ」

「は?」

「史郎君は一般人。私もだよ。それに、私はちゃんと、あの子に言いたいことあるし」

「……チッ。じゃあこっちだ」


 自転車の隣に止められているのは、父親のバイク。


「あれ、史郎君、免許」

「ねぇよ。でも動かせる。無理矢理ついてくるとか言ってるんだから、目を瞑れ」


 しばらく触れてすらいなかったが、エンジンはちゃんとかかった。軽快なエンジン音と共に走り出す。景色が後ろに流れていく。

 背中にしがみつく奏から、不安も緊張も感じられない。遠慮なくスピードを上げる。

 信号は都合良く全部青。急ぐのを許してくれる。

 それでも、遅く感じてしまうのは、やっぱり焦っているからだろう。

 ホテルの駐輪場にバイクを止めて入り口の前、結愛を見つける。


「あっ……先輩」


 こちらにちらりと顔を向けて、でもキーボードの上で走る指は止まらない。


「状況は?」

「その、今、協議中です」

「協議中って、警察は?」

「あまり頼りたくないそうで」

「それは……」


 攫われたのは大企業のご令嬢で、自分たちが護衛していた相手で。

 広まったらとんでもないダメージを受けるから、内々に解決してしまいたいと。

 法律的にはブラック寄りのグレーゾーンな組織だ。ちょっとしたヘマで潰されかねない。


「ごめんなさい」


 結愛が開いていたパソコンを覗き込むが、当然発信機はロスト。イヤホンも外しているということは、盗聴器ももう機能していないのだろう。


「心当たりは?」

「今は、無いです……先輩、その、電話しておいてあれですけど、やっぱり、ここは私たちに任せて、先輩は、その、気にしないでください。それでは、そろそろ捜索部隊に合流しますので。失礼します」


 今日二回目、駆けていく結愛を見送る。


「なんだよ。結愛」


 なんか、無性に腹が立った。

 でも、だからと言って、結愛が協力を拒否した以上、俺にこれ以上、何ができるというのだ。

 ポンと肩に置かれた手。苛立ちに任せて払おうとして、でもそれは、奏の手だと気づいて。

 目が合った奏が、安心したような顔をしていて。


「史郎君、帰ろ」

「……ああ」


 その時は、素直に従った。

 それでも、胸のムカつきは、静かに煮え滾っている。

 お前にとって、俺は何なんだよ、結愛。

 あれだけ復帰して欲しいとか言っておいて。チャンスじゃないか。志保を利用して俺を引っ張り込めよ。

 先輩先輩言って無駄に構って来て、今更良い子ぶるなよ。

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