第4話 任務の後は罪の味を。
夕方の五時。部活に行く人は部活に行き。無い人のほとんどはとっくに帰っている時間。
とは言っても、部活に入っていない人の方が少数派。
結愛の調べでは、今日は全ての部が活動している。一年生も初日ということでほぼ全員、部活動見学している。校内にほとんどの生徒が残っていると考えて良い。
「予想通りですね、先輩。志保さんが来ないと判断して、校門と裏門に、二人ずつ配置してるようです」
「了解。俺たち側に増援は?」
「学校周辺なので、確保用の車一台だけですね。戦闘は先輩だけで。先輩の存在は伏せているので。私が確保に動くと思われていますけど。命令違反で怒られるのは怖いです」
「ったく。じゃあ、結愛、手筈通りに、俺が確保する」
「ククッ。懐かしいですね、この感じ。仕込みはばっちりですよ」
不気味な笑い声と共に、頼もしいかつての相棒のお言葉。
「ほら、見てくださいよ、先輩。あの虹。私たちの成功を祝っているようですよ」
「ふん。随分と詩的なことを言うようになったな」
結愛の目線の方向を見ると、確かに、ちゃんと七色見える、濃い虹だ。珍しい。
「それはそうと。本当にいらないのですか? これ」
「いらない。……武器は、使わない」
「それだけ制服に仕込んでおいて、何を言いますか」
結愛の言う通りだ。でも、これは。
「……お守りだ」
「そうですか。……今は良いです。仕事をしましょう」
「あぁ。背中は任せた」
「了解です」
ハイタッチして、配置に付くべく動く。
校門の脇、スマホをいじりたむろっている感じを出しつつ、校舎の方をちらちらと様子を窺っている二人組。
目の前は住宅街で、校内には多数の生徒がいる状況。よって、目立った戦闘は不可。最小限の時間で四人を無力化せよ。それを一人で行うためには、四人を一か所に集めれば良い。
結愛から借りた伊達眼鏡。色々機能がある特殊な奴。レンズの横のボタン。押したくなる衝動に駆られるが我慢だ。あとは髪形を野暮ったくぼさぼさにして。ついでにパーカーのフードを被り、気弱な学生を演じる。
本来なら、相手に合わせた軽薄な感じにするのが望ましいのだろうが、顔を見られたくない。
『先輩、正門に移動お願いします』
「了解」
『以後、先輩の判断で動いてください。通話終了』
イヤホンを外して、指示通り、正門の傍に隠れる。すぐに裏門の方から、二人の男が正門の方に走っていく。
「おい、何があった!」
「えっ? なんでこっちに来てるの?」
「あ? 連絡寄こしたのはお前だろうが」
「は?」
混乱する四人。狙うなら今しかない。
顔を伏せながら四人に近づいていく。
「あ、お疲れ様でーす」
俺はそう声をかけながら、手前にいた奴の鳩尾をすれ違いながら殴る。
予想外に予想外を重ねる。
「今日もだるかったすねー」
二人目の股間に膝蹴りをかます。この時点でわかる。こいつらは、場慣れしてない。一人倒された時点で構えることができていない。
「帰りどっか寄ります?」
残った二人はようやく異常に気づいたがもう遅い。
この実力差、重ねた有利。人数差をひっくり返すのには足りている。
一人目の顎を打ち抜き、もう一人。回し蹴りを鳩尾に叩きこんだ。
五秒程度か。思ったよりも動けたな。
「先輩、すぐに離れてください」
無力化を確認していたら結愛が現れる。頷いてダッシュで校舎の方に戻った。
すぐに後ろの方から、結愛の連絡を受けた車だろう。エンジン音が聞こえた。今頃悶絶してる男四人は担ぎ込まれていることだろう。
監視カメラには今の様子は映されていない。ダミー映像が流されている手筈だ。
しかしまぁ、上手いことやってくれたものだ。
スマホを乗っ取って操作して、メッセージを送信して集めるとは。昼休みに結愛と打ち合わせして、そこから準備してもらい、即実行。
結愛がいなかったら別の作戦を考えなければいけなかったし。そもそも思い違いで、手紙が正真正銘のラブレターだったらただの無駄骨だ。
「さてと」
校舎に戻ってそのまま走る。図書室に入る。
「ずいぶん長かったわね。史郎」
「お腹痛いの? 大丈夫?」
「すまん。道に迷った」
「史郎が? 珍しい」
放課後、志保を図書室に誘っていた。引き止めるために。あとは適当な理由を付けて離れて、それからさっきの仕事である。
誘ったら、奏も「私も行く」とついてきたのだ。支障は無いから良いのだが。
「そろそろ帰るか」
「そうだね」
「そういえば志保、昼のカツサンド代」
「ん? 何だっけ?」
「……何でもない」
今は考えないようにしよう。もっと大事なことがある。
その日の夜。
部屋で参考書を読んでいたら、窓が勝手に開かれ、後輩がひょっこりと顔を覗かせた。。
「どうも。先輩」
「普通に入って来いよ」
「目立ちたくないので」
「さいで」
部屋に入れると、結愛は躊躇いなくベッドに座った。
「いやー。上手くいきましたね」
「そうだな。まぁ来いよ。そんなところに座ってないで」
結愛を連れてリビングに下りる。
「冷めちまったからな。ちょっと待ってろ」
Mを掲げたハンバーガーショップの紙袋。その中からチーズバーガーを二つ。ポテトのLサイズを二つ。それと、ペットボトルのコーラとオレンジジュース。
報告に来ると言っていたから、用意していた。
ハンバーガーはレンジに放り込み、ポテトはアルミを敷いてその上に盛り付ける。
チーズとマヨネーズをトッピング。そのままオーブンへ。千ワットで十分くらい焼けばいいだろう。
「あの、先輩。何ですか? そのカロリーモンスターは」
「味は保証する」
出来上がったものを持ってリビングに戻ると、結愛のひきつった笑顔に迎えられた。
「というか先輩、夕飯は食べたんじゃないのですか? お隣さんで」
「見てたのか」
「暇だったので。先輩の聞く用意が整うの、待っていました」
「連絡寄こせよ」
「邪魔しちゃ、悪いかなって。先輩、楽しそうでしたし」
「……そうかい」
否定はしない。
久遠家の両親は忙しいので、奏が妹二人の面倒を見ている。まぁ、二人とも中学生で、結構賢い子だから、そこまで手はかからない。
かなりお世話になっているから、手伝おうと思ったけど、何もできなかったくらいに。逆に世話されてしまった。ただ夕飯に混ざりに行っただけになってしまった。
それでも、わいわいと夕飯囲むのは、確かに楽しいものだ。
「あれからどうなった?」
「捕まえた人たちは、制服窃盗の件で警察に引き渡しました。まぁ、それなりに有益な情報は手に入りましたよ」
「どんな?」
「彼らが何も知らされていないことが」
「おいマジかよ。杜撰な作戦だったし、あっさり捕まったなとは思ったけどよ」
簡単に尻尾を捕まえられないとは思ってはいた。
俺の知っている組織のやり方なら、護衛を付けるなんてまどろっこしいことをせず、早々に大元を潰して、危険を払っているところだが、それをしていない。
つまり、相当手強い相手、ということだ。
「すいません、お役に立てず」
苦々しい顔で、結愛はそうつぶやいた。
俺はポンと、下を向く頭に手を置く。
「さぁな。俺は守るだけだ。背後にいる存在特定して潰すことは、そっちに任せる。俺は一応、休職中の身でな」
そう言うと、結愛は少しだけ顔を綻ばせた。
「そうですね。それで良いかと。あっ、来週には合流できるので。その時はよろしくお願いします。なんだか、楽しみです」
「そうかい」
そうだな。こいつも。子どもだ。
他の子達が遊んだり、家族と過ごしたりしている間、表では言えない仕事をしていても。
子どもは子どもなんだ。
ポテトを口に放り込む。
「よし。良い味だ」
「この時間にこのハイカロリーですか」
「ギルティックテイストだぞ」
「何ですかその、中学生が知ってる英単語を組み合わせて、適当に作ったみたいな単語は」
「正真正銘の中学生に言われるとはな。テイスト・オブ・シンよりかは言いやすいだろ」
「もう私は高校生です。飛び級みたいなものですけど」
懐かしい。任務終わり、こうやって本部の休憩スペースで一緒に差し入れの、冷めたハンバーガーとポテトを一緒に食べていた。
「先輩、正式に復帰、しませんか?」
「復帰するにしても、休み過ぎたよ。多分、後れを取る」
「先輩ならきっと、すぐに前と同じ、いえ、それ以上の活躍をしてくれるはずです。今日の動きだって、完璧でした。……武器が使えないのだって、すぐに克服できます」
「気づいていたのか?」
「えぇ。以前の先輩でしたら、気づかれないように行わなければならない戦闘で、素手を選ぶはず、ありませんから」
「……そうだな」
速攻で決めるなら、確実さが落ちる手段を、俺は選んでしまった。
「あんなことがあった後では仕方がありません。けれど先輩なら、きっと乗り越えられます」
「……俺はそんな、立派な人間じゃないさ」
でなきゃ、別れを切り出されたりしない。そして、俺は何を間違えたのか、未だわかっていないんだ。
「そもそも立派な人間がやる仕事じゃありませんから」
「おっ、言ってくれるな」
ピシっとデコピン。
「きゃーいたーい」
おでこを押さえて大げさに仰け反る結愛。この感じ。本当に、懐かしい。
あの場所は、確かに俺を必要としていた。
「少し、考えてみるよ」
「はい。そうしてください」
奏は反対するだろうけど。でも、選択肢の一つであるのは、間違いないんだ。
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