第三十章 憤怒の頭突き

螺旋階段を降り切って鋼骸鉱炉ステルヌム・オス・コルターレの街に到着したエイルは、改めて見た街の中の光景に息を呑んだ。


黒光りしたアーチ状の壁の中の街には、岩削種ドワーフの住居と思われる石でできた家が幾つもあり、中には鉄を鍛えるハンマーと台が置いてあって、家の壁には完成品と思われる武具が並べられていた。


「シノちゃんすごいね!まさに鍛冶職人の街って感じがして、奥深いね。」


「・・・・・・・。」


声を弾ませるエイルに、シノは言葉を一切返さなかった。


そんなシノの反応に、エイルは申し訳なさで心がいっぱいになった。


“やはり先程のことを、シノはまだ怒っているのか。”と。


イタメリに土下座して頼み込んだだけでは飽き足らず、身体まで売り渡した情けない自分の姿を・・・。


シノは、目の見えない自分のために、自らの視覚を与えてくれた。


だからある意味では、エイルの身体は自分の物だけではなく、シノの物でもあると言えるだろう。


だけど自分は、そんな大事な身体を、ヨトゥン=ハイに新たな武器を与える対価として、明け渡してしまった。


シノはヨトゥン=ハイのことを快く思ってない。


だから彼女が怒ることは当然だ。


(ごめんなさい、シノちゃん・・・。後で必ず、私にできることで、精一杯、償うから・・・。)


心の中でシノに贖罪を誓うエイルであったが、彼女の中にあるのはエイルに対する怒りではなく、に対する怒りだった。


「オイ2人とも!あれを見てみろ!!」


イタメリが指差す方を首を伸ばして見ると、向こう側のアーチの壁の傍に、巨大な穴がポッカリ口を開けていた。


「あっこから武器を鍛えんのに必要な鉄を採掘すんだ。近寄ったら分かっけど、すんげ~深ぇ~ぞぉ!!」


イタメリの自慢げな説明に、エイルは是非ともその採掘用の大穴を見てみたいと思った。


「しっかしおかしいなぁ~。」


「どうしたんですか?イタメリさん。」


「どこの家も炉を入れてないし、おまけに誰もいねぇ・・・。」


シノの目を通してエイルも家の中を見てみたら、確かにどの家にも炉に火が灯ってなく、鉄を鍛える音も全く聞こえてこなかった。


「あり?こりゃ~もしかしたら、かもなぁ?」


ニヤリと笑うイタメリをエイルが気になっていると、突然遠くの方から微かに歓声が聞こえてきた。


「おっ!今まさに真っ最中らしい!!付いて来いよ!!いい出しモンが見れるぜ!!」


子どものように走って行くイタメリを追いかけると、聞こえて歓声が徐々に大きくなっていった。


「ほほぉ~!!盛り上がってるねぇ~!」


到着すると、そこにはたくさんの岩削種ドワーフでごった返しており、みんな何か向かって「いいぞぉ!!」とか「また負けちまったよ~!!」と歓喜したり、残念がっていた。


「おっ、イタメリ!!帰って来てたか!ん?そいつ等は?」


「ああちょっとな。それで、今どんな調子よ?」


「もう圧勝よ!!こりゃ、今回もがトップかもな。」


「まぁ~強ぇもんな、アイツ・・・。」


「いっ、イタメリさん。この騒ぎは一体?」


状況がまるで理解できなく問いただすエイルに、イタメリはムフフと笑って説明しだした。


「これはな、頭突きの儀カスパ・スタドゥつって、岩削種ドワーフ達が街で一番の石頭を決める祭りなんだ!!」


「街で一番の、石頭・・・。」


「ルールはいたってシンプル!前の祭りでトップだった奴を頭突きでダウンさせた奴の勝ち、新しいトップになるってワケだ!!」


単純明快ながらも、如何にも岩削種ドワーフらしいルールだと、エイルは大いに納得した。


「だが今回も、優勝者は決まりかなぁ~?」


「どういうことですか?」


「ステージを見てみろ。」


エイルとシノが背伸びをすると、集まっている岩削種ドワーフ達の真ん中に、丸いステージがあって、その上で高身長で屈強な岩削種ドワーフが半裸状態で、挑みかかってくる挑戦者に次々と頭突きを炸裂させていた。ステージには彼に打ち負かされた挑戦者達が、多く伸びていてエイルはギョッとした。


「へへっ、ビビったか?あれが10大会連続のチャンピオン、ゴルガダだ。アイツを頭突きで倒したら、そいつが新しいこの街のチャンピオンだ。」


挑戦者の岩削種ドワーフを悉く倒すゴルガダを見て、エイルは「あんなのに勝てるワケがないよ~!」と、まだ挑戦していないのに弱音を吐いた。


「もういないのかぁ~!?誰でもいいからオレを倒してみろぉ~!!!」


あまりの強さに、誰も挑戦してこなくなったことに、ゴルガダはステージから怒声を響かせて挑発した。


「なぁ?お前らもやってみないか?まぁ負けると思うが、それでもストレス発散にはなるぜぇ?」


「わっ、私はいいです!!あまりに危なっかしいですよぉ!!」


ニヤつきながら誘って来るイタメリに、エイルは首と両手をブンブン振って遠慮した。


「そうかぁ~。シノ、テメェはどうする?」


「わたしは・・・やる。」


「ちょっ、ちょっと!!シノちゃん!?」


「へぇ~思い切ったなぁ!!なぁみんな!おれのツレの女がゴルガダに挑むってよぉ!!」


シノの手を上げてイタメリが言いふらすと、岩削種ドワーフ達の拍手と歓声が一気にどよめいた。


シノはそれを浴びながら、ゴルガダの待つステージに向かおうとしたが、エイルは彼女の手を引いて止めた。


「しっ、シノちゃん!危険すぎるよ。あの人すごく強いんだよ!」


「・・・・・・・。すまない、エイル。」


「え?」


「心配させて本当に申し訳ないと思う。だけど行かせてくれ。そうでないと、わたしは・・・己が内に宿る怒りで、どうにかなってしまいそうだ・・・。」


困惑するエイルがパッと手を離すと、シノはそのままステージへと向かっていった。


先程のシノの、心からの謝罪の言葉を聞いて、エイルは彼女が、自分に対して怒っていた訳ではないと知り、安心したのと同時に、彼女が今、何に対して怒りを向けているのか、分からなくなった。


「ほう?貴様がオレの新しい挑戦者か〜。女だてら大した度胸じゃないか!!」


自らの自慢の石頭を指でコンコンと叩いたが、シノは一言も喋らなかった。


「チッ!ダンマリか・・・。ならとっとと始めようか?あっ、一応言っておくが、オレは女でも手加減しないぞ。なんせ岩削種ドワーフは、女でも石頭だからなぁ。」


ヘラヘラと笑いながらシノの肩に手を置いたゴルガダだが、その直後、彼はシノが放つ凄まじいオーラと、まさに鬼のような形相に一瞬怯んだ。


(こっ、コイツなんだ!?この凄まじい・・・怒りの気配は・・・!?)


(エイル。君はトロルに新たな武器を与えるために、岩削種ドワーフの娘に身体を対価として支払った。わたしは君が、大きな覚悟をして決めたことにとやかく言うつもりはない。だがどうして・・・どうしても頭から消えんのだ。あの・・・醜い情景が・・・!!)


ゴルガダの肩に手を置くシノの頭の中には、彼女にとって最悪のイメージが広がっていた。





☆★☆





「だっ、ダメです。イタメリさん・・・。」


「オイオイオイ!!エイルの胸、まるでマシュマロのように柔らかいじゃねぇ~か~❤️へへっ!コイツはぁ・・・揉みがいがあるなぁ!!❤️❤️❤️」


「やっ、止めて・・・下さい・・・!!そんな・・・激しく・・・❤️くっ、はあっ!?❤️ああっ!!❤️❤️❤️」




☆★☆





ロウソクでムーディーな雰囲気で照らされた部屋で、全裸になったエイルとイタメリが汗でベタついた身体どうしで寝ながら激しく交わる光景・・・。


それをイメージしただけで、シノの額の血管が、「ブチ・・・!ベキ・・・!」と音を立ててくっきり浮かび上がってくる。


(エイルが決めたことを、わたしは止めることはできんし、止めるつもりもない。ならばせめて・・・このゴルガダヒゲを、あの淫乱な岩削種ドワーフのクソチビ娘に見立てて・・・!!)


ゴルガダの顔に、イタメリの生意気なニヤケ面がオーバーラップした瞬間、シノは頭を振り上げた。


そしてゴルガダも、頭を振り上げて双方の頭が「ドォン!!!」とぶつかり、まるで頑強な岩と岩とが激突したような様だった。


額を付けたまま、両者は微動だにしなかったが、暫くすると、シノが「うっ・・・!」顔を歪めて言った。


「しっ、シノちゃん!!」


シノを心配したエイルの声が、静まり返った辺りにこだました。


そしてゴルガダは、フッと笑うと無表情のままのシノの顔を見据えた。


「お前、中々やるじゃな・・・」


そう言いかけた途端、ゴルガダの両方の鼻の穴からジェット噴射のように大量の血が噴き出し、そのまま彼は「ドォン!」と仰向けに倒れた。


シノは頭突きの衝撃で砕けた奥歯を口の中でコロコロ転がして「ペッ!」と吐き捨てると、笑顔のまま口から泡を吹いて、白目を剥いて倒れるゴルガダを、仁王立ちのまま目線だけ下に向けて見下ろした。


「しっ、シノ、ちゃん・・・。」


「ばっ、バケモンかよ?アイツ・・・。」


10大会連続で無敗を誇っていた王者を、再起不能に追いやったシノに、エイルとイタメリはもちろん、その場にいた全員が言葉を失った。


それはまるで、かつて美〇ひ〇りがのど自慢大会に出場した際に、あまりの歌唱力に鐘が一切鳴らなかった光景さながらだった。

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