第二十九章 鍛造の対価

イタメリの父に最後に会ったのが、ヨトゥン=ハイであり、彼が鍛えた斧を持っていた。


その事実をイタメリから聞かされたエイルは、全身から熱気が失せ、心拍数が増していく感覚がした。


「いっ、イタメリさん・・・。」


「何だい?エイル。」


「お父様の・・・所在は・・・?」


「残念ながらついに分からなかった。だからアイツと一緒のお前さんらに聞こうと思ってたんだが・・・知らないとなると、直接聞く羽目になりそうだわ。ああっ!ヤになるぜ~!!」


イタメリが心底嫌気がさすにも無理がなかった。


父親が鍛えた斧を盗んで、それを自分の物として平然と使っていた相手に、父親の行方を聞くのだから。


もしかしたら、を聞くことになるかもしれない。


勿論エイルも、彼がそんなことをしただなんて考えたくもない。


しかし、エイルも、ヨトゥン=ハイと行動をともにして短いながらも随分と経つ。


だから嫌でも想像がつくのだ。


彼が、どのようにして、イタメリの父親から斧を手にしたのか・・・。


先程イタメリから、『父親は最高の職人でもあり、』だとも聞かされた。


その事実が、エイルが否定したい考えに、更に拍車をかけた。


「・・・・・・・。ごめんなさい・・・。」


暫しの沈黙の後、エイルはか細い声でイタメリに謝罪した。


「おいおい!何でエイルが謝んだよ?まさか、申し訳ないとでも思ってんのか?」


イタメリの問いかけに、エイルは重く頷いた。


「何を申しているのだ!?あのトロルがイタメリの父にした所業にエイルは何も関係ない!!だからエイルが謝る必要なんて一切ないッッッ!!!」


震えるエイルの手を握って、シノは必死で彼女を励ました。


だがエイルは何も答えず、聞こえてくるのは風が吹く音のみ。


「そうだぜ。シノの言う通り、今エイルがおれに謝っても、それは一銭の価値にもなりゃしねぇ。」


諭すイタメリに、俯いていたエイルの首が、更に下に向いて傾いた。


「はぁ~・・・!一体全体エイルとあの盗人・・・何があってそんな間柄になったのかねぇ~?」


イタメリのその言葉に、シノの心の中に何かドロッとした感情が芽生えたが、それでいて何処か清々しい思いもした。


“エイルにとってあのトロルは、本当に大切な存在なのだ。”と・・・。


その思いを少しでも払拭しようと、シノは今最も気になっていることをイタメリに聞いた。


「おい、トロルから斧を手に入れた経緯・・・つまり父親がどうなったか聞いた後はどうするつもりだ?」


「心配してんのか?アイツのこと。」


「いっ、いや・・・そういうわけでは・・・。」


不安げな表情のシノを余所に、イタメリは「フッ。」と軽く笑った。


「安心しな。別におれはアイツをどうこうしようってワケじゃねぇ。」


「なっ、何故だ!?」


「だってよぉ、おれがアイツをブチ殺しても親父が戻ってくるワケでもねぇし、それに冒険者やってた親父なら、魔族に殺られるのも覚悟の上だろうよ。」


イタメリの返事を聞いて、何故かエイルはホッと胸を撫で下ろした。


「ただ・・・。」


「ただ?」


「当然この斧は返してもらうぜ。もしかしたら親父の遺品かもしれねぇからな。娘であるおれの手に戻すのは当然の権利だろぉ?」


「そっ、それじゃあ・・・ヨトゥン=ハイさんは・・・!!」


「その先はおれの知ったこっちゃねぇよ。どっかからかっぱらうなりして、新しい武器を手に入れるこったな。」


「そっ、そんな・・・!!」


「おいおい。エイルよぉ、あんまおれを怒らすんじゃねぇよ?」


突然眼光が鋭くなるイタメリに、エイルはビクっと肩を震わした。


「えっ・・・?」


「おれは親父を殺したかもしれねぇヤツを見逃そうとしてんだぜ?そいつから親父の遺品を取り返すだけでもだい~ぶ譲歩してるとは思わねぇか?なのに、“愛しの彼から武器を奪わないで下さい~!!”なんて、そりゃちょっと頭お花畑過ぎねぇか?」


イタメリの言い分は、最も過ぎて返す言葉もなかった。


エイル自身、愛する者を理不尽に殺された内の一人だ。


だからイタメリの気持ちは痛いほど分かる。


だけど・・・。


あの斧があったからこそ、私は・・・彼は、今までこの理不尽渦巻く残酷な世界を生き抜くことができたんだ。


あれほどの業物を、この先、手に入れられる保証など、どこにもない。


この先の旅路、おそらくこれまで以上の苦境が立ち塞がるだろう。


だとすれば、生き残ることができないかもしれない。


エイルも、シノも、ヨトゥン=ハイも・・・。


頭に浮かぶのは、敵の手にやられ、無惨に死にゆくヨトゥン=ハイとシノの亡骸。


考えたたけで、視界がぐらぐらと揺らぎ、倒れそうになる。


「分かりました・・・。その斧は、お返しします・・・。」


「おう。分かりゃいい・・・」


イタメリがそう言いかけた時、エイルは彼女に向かって、静かに土下座しだした。


「ああ?おい、何のマ・・・」


「ならばお願いします。彼のため・・・新しい武器を、鍛えてもらえては、くれないでしょうか・・・?」


「おっ、おれが?」


「イタメリさんのお気持ち、重々承知しております。ですが私達には、彼には・・・どうしても、この先の旅路を乗り越えるために、身を護る武器が必要なのです。イタメリさんのお父様は、岩削種ドワーフ随一の鍛冶職人だとお聞きしました。その娘さんでもあるイタメリさんの腕を見込んでお頼みします。どうか・・・彼の、新しい武器を鍛えて下さい。お願いします・・・。」


「たっ、確かにぃ~親父にきっちりしごかれたおれなら、コレには及ばねぇが、いいモンができるかもしんねぇ。」


嗚咽混じりながら、エイルにおだてられたイタメリは、照れ臭そうに人差し指を鼻にやって自慢げに言った。


「だがよぉ、タダってワケにはいかないぜ?払うモンはきっちり払ってもらう。」


「お金なら、今持っている分を全額お支払いします。だから・・・!!」


「金ならいらねぇ。」


「でっ、では・・・何を・・・!?」


イタメリはエイル近くに寄って、彼女の顔の傍までしゃがんだ。


「エイル・・・テメェの身体だ。」


「そっ、それはどういう・・・。」


「おれと寝るんだ。それ以外にねぇだろ。」


「きっ、貴様・・・!!ふざけるのもいい加減に・・・!!」


イタメリの傍若無人な態度に我慢できなくなり、シノはイタメリに掴みかかろうとした。


そんなシノに、イタメリはエイルに向けたのと同じ鋭い眼光で睨みつけた。


「だってそうだろぉ!?おれはコイツじゃなくておれの親父を殺したヤツのために武器を作るんだぜ?到底無理なお願いを、コイツは土下座までしておれに頼み込んでんだ。それは何でもする覚悟があるってことだ。そうだろ?エイル。」


イタメリの言葉に、エイルもシノも沈黙するしかなかった。


「で、どうすんだ?やるのか?やらねぇのか?いい加減はっきりしろ、エイル。」


「・・・・・・・。分かり、ました・・・。」


「ほぉ~!!コイツぁ恐れ入ったよぉ!!そんじゃ、決まりだな。」


「えっ、エイル!?ばっ、馬鹿を申すな!!きっ、君がその身を汚す必要など・・・!!」


「シノちゃんいいの。私の身体でヨトゥン=ハイさんの新しい武器ができるんだったら、安い方だよ。それにイタメリさん、女の子だよ?」


「だっ、だが・・・!!」


シノにとって、視界を共有し、自分に新しい生きる道を与えてくれたエイルが、何処の馬の骨とも分からない相手に抱かれることは、耐えがたい屈辱だった。


それは男でも、女でも・・・。


だが、エイルの、泣きながら土下座しながらも、固い決心が宿った姿を見て、彼女の覚悟を汲み取り、最早何も言わなかった。


「エイルを・・・わたしの友を深く傷つけたら・・・イタメリ!お前を必ず・・・殺す。」


シノにドスがきいた言葉に怯えることなっく、イタメリは「くっくっくっ」とふざけた笑いを見せた。


「お~コワいコワい~♪そう怒るなよ。くれぐれもデリケートに扱うからよ。そんじゃ、今夜は楽しもうぜ~♪エ・イ・ル♡」


エイルがくいっと顎を指で上げられると、下卑た岩削種ドワーフの少女の笑みが、目の前にあった。






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