第二十六章 相席者

 燈火が消えるまで待って、エイル達は山を駆け下りた。火の見櫓の先には暁が迫り、街を包む霧を剥がすように晴らしていく。


 山道と街の境界となる門は立派な造りだった。巨大で厚い鉄の塊は如何なる攻撃であろうが傷一つと付けられない。だというのにその面には、繊細な意匠が施されていた。微かな凹凸は、一見目を凝らすと意味を成さない。


 門をくぐる前に一度足を止め、街に立ち入ることに最大の経緯を払ってこそ、傷がこの街をかつて統べた王族と彼らの生きた時代を言葉なく物語っているだと実感できるのだった。


 側の土に突いた槍の柄の跡はあるが、門番の姿はなかった。人一人が通れる幅ほど開いた門から数人の大人と思しきいびきが聞こえてきた。


 その声が大きくなる位置まで移動したシノははやる気を抑え切れず呟いた。


「首尾よくいったな」


 山に面した街の正面は火を絶やさないでおくことで魔獣や侵入者を遠ざけている。警備に立つ衛兵の警戒心も高いに違いなかった。


 そんな彼らの張った緊張が、仮に最も緩むのとしたら、太陽が顔を出すか出さないかの明け方だろうと踏んだ。いつ魔物や盗賊が襲撃してくるかもしれない、……唯一の入口である正門を守護する兵の緊張は鍛錬を積んだ肉体でも凄まじい疲労を蓄積され、夜明けと共に安心し切り、爆発する。


 本能に従う魔族も襲撃は闇に紛れやすい夜を選び、だからこそ彼らの風土に根付いた対策だった。


「奴らの習性を見越し作戦を思いついたなら、間抜けなトロルにしては頭が回るじゃあないか」


 嫌味を言いつつ横目を返した鬼人オーガの娘に、ヨトゥン=ハイはふんと鼻を鳴らした。エイルを前にどこか自慢気な態度に殺意を抱くが、そうのうびり争っていられるほど状況が好転したわけではない。


 陽が昇り切れば、街道にいる三人の様子は住民に丸見えだった。隠れようにもここは森ではないので、当然隠れられる林もなかった。舗装された道には足跡こそつかないが家ばかりでどこに行っても人目が付いて回る。


 霧に紛れ、忍び足で、三人は街の中心を目指して走った。


「あったぞ……っ!」


 途中、街道沿いに建つ一軒の平屋をシノは前前方の二人に指差した。軒天に窺う看板に書かれた人類種にんげんの共通文字は、彼女の示す通り、確かに『呉服』とある。


 奴隷として生まれた彼女が、この世界の共通言語に聡いとエイルの前で言い張ったのはどうやら見栄ではないらしい。


「なんだ、その目は。さては貴様、このわたしを疑っていたな?」


 入口の錠を斧で割ろうとしたヨトゥン=ハイに睨まれ、エイルの前で恥をかかされたシノは不快に呻いた。


「じゃあそんな貴殿に伺おう、貴殿にはあの看板の文字の意味が読めたのかな? 童に盗みを教唆するような下賤なトロルが言語を操れるとは到底信じられんが」


 黒光りする鬼人の爪をヨトゥン=ハイの胸筋に突くシノ。見下げてくる巨影に掬うように上目遣いに角のない小鬼はめ付けた。 


「シノちゃん……」

「……ま。エイルの側に立つのに相応しいのはだれか、すぐに証明してみせる。今だけは、今だけは、我慢してやろう」


 と言いつつ。エイルの頬に自身の額をエイルは擦りつけ匂いをマーキングした。


 しかしこう、なにかと始まる小競り合いをエイルはどうにかしたかった。歩く時もどちらが側で護るか正当な位置を巡って争奪戦を始め、エイルが割って入るまで収拾がつかなくなる。先に突っかかるのはシノ、それに軽くあしらうヨトゥン=ハイもシノをエイルの近くに寄りつかせない位置に立っていた。


 両者共にエイルを目当てに争っているが、中心のエイルは、正直仲間外れにされたみたいで、肩身の狭い思いだった。


「えいる こっち」

「いーや! エイルはこちらの方が似合う!」


 憂鬱な気にこめかみを押さえるエイルを放って張り合う二体の魔族。


 顔をずっぽりと覆える外套ローブを見せつけるヨトゥン=ハイにここぞとばかりにシノがちらつかせたのは、安物の布切れではなく、たった一着で店の角を独占するドレスだった。


 エイルの懐に忍ばせた銅貨ではとても買えそうにない。埃を被り、衣服を剥ぎ取られ転倒したマネキンも痛んでいたのが、その衣装が店の客引きに長年に亘って貢献してきた証だ。


「それ へんそう むかない」

「“大は小を兼ねる”と言う。敢えて着飾ることで存在感を隠すのだ!」


 なッ!? とエイルに同意を求めてくるシノ。ヨトゥン=ハイは妥当なチョイスをしたが彼女の言い分も一理あるとエイルは個人的に思う。


 街に紛れるなら現地で変装する衣裳を調達しようと言い出したヨトゥン=ハイは不服そうに顔をしかめ、最後にちらとエイルの方を見やった。


「えいる も それ きた い?」

「あ、私……」

「やはり、目立たない方がよいのか……?」

「え、……あの」

 

 服を手にエイルに詰め寄るトロルと鬼人オーガは瞳をうるうるさせた。まるで箱の中で雨に打たれながら飢えに震え、助けが来るのを待つ子犬だった。


「んー、んー、んんー……」


 闇ばかりを映す視界も、今はシノを通して明瞭だ。だというのにシノの目を通して視える眼帯の少女ときたら目の前の現実から目を背けるかのように天を仰いでいた。


 日の出は近い。長居は禁物なのにさっと言葉は出てこなかった。


 悩み果てたエイルをいつまでも待とうとしたシノの視界が涙で曇った。


「エイル、……なんでもいいから、しゃべってくれ……無言で頭がどうにかなりそうだ……!!」


 混乱に異常を来たした脳から滲んだ膿汁を噴き出したシノのくしゃくしゃに歪む顔に、危険を察知したヨトゥン=ハイは、ゆっくりと距離を取った。


「ごっごめんなさい、私そんなつもりじゃ!?」

「こわいよ、エイルの沈黙がこわいよぅ……」


 すすり泣きが歯噛みする嗚咽になって、すり寄ってきたシノをエイルは強く抱き締めた。エイルの温もりで感じるうち、赤ちゃん返りでも起こしたように腕を丸めひっくひっくと鼻水をすすった。


 とりあえず一度、日を改めた方がよさそうだ。


「――だれ?」

「ヨトゥン=ハイさんもシノさんを…………え?」


 エイルはシノを立たせようとし、……だが固まってしまった。押したり引っ張ったりしても硬直した身体は身じろぎ一つ取れなかった。


「ふえ……?」


 手の甲で涙を拭ったシノがエイルの背後を覗く。すると窓から射す白桃色の斜陽は中腰のエイルの肩を温め、そのさらに後ろに立つ人影を暗闇から炙り出した。


 エイルの名前を訊いたのはそれだった。


「盗賊!?」


 しゃがれた威嚇する声、それに次いで固い物同士のれる音。机にあった裁断用の鋏を手にした音だった。


 石をこするように短く舌打ちするヨトゥン=ハイは背の斧の柄に腕を回した。


 お暇するタイミングを逃した。


 事前に打ち合わせした計画で、できれば想定外にしたかった最悪のシナリオだった。


 門番なんて置く限り、来訪者に対しこの街の検閲は厳しく設定されているに違いない。


 正当な手続きなく関所を通過したよそ者が街で犯罪者と認定されれば、再び戻ることはおろか、街から出るのも困難になる。期待して命からがら森に逃げおおせても、追手が諦める保障は、やはりない。


 だが、怪我の功名とでも言うべきか。目撃者はまだ一人しかいなかった。


「盗みじゃなくて血が目的かよ!!」


 空気の流れが曲がるほどの殺意でヨトゥン=ハイは戦斧を目撃者の目と脳幹へ捻じ込もうとした。自衛の鋏もこうなっては役に立たないと少しでも身軽になればと放り捨てる。


 あまりにも無防備な背にヨトゥン=ハイが銀錆を叩き込もうとした、その時だった。


「ヨトゥン=ハイさん……!?」


 太陽とは別の光に包まれたかと思うと、エイルの見ている前でヨトゥン=ハイは突然苦しみ出した。攻撃とは明らかに異なる挙動で振り回した斧を地面に捨てた。


「斧が!?」


 正気に戻ったシノが目にすると、ガツンと落下した戦斧はまるで鍛えて間もないかのように発光し、蒸発した鉄が大気中でくすぶっていた。


 喉から血反吐を吐くように呻くヨトゥン=ハイの手は炭化した骨の一部が露出し、斧を手放した際に剥がれ落ちた肉は、五指の形で柄に溶接されたままだった。


――てめぇら」


 両側からヨトゥン=ハイを抱えたエイルとシノを追う目線は光の届き切っていない闇の奥で閃いた。視線の高さで、目撃者はまだ年端のいかない子どもだったと知った。


 シノが正面玄関のガラスを蹴り破りエイルを路地裏へ先導する。起床した人々が朝の陽を入れようと窓を開け放ち街道には出られなかった。仮眠を済ませた衛兵の姿も門にあった。


 大樽の陰に回ったシノが外の様子を観察する間、エイルはヨトゥン=ハイの傷を視つつ後方を警戒した。折り重なる屋根で太陽を遮った路地に対向する気配はない。階段を上がった先には石橋が掛けられていた。この街にはどうやら水路を引いているらしい。


「トロルの様子は」

「出血は大丈夫です。でも、火傷が酷くて」


 エイルがシノに見せたヨトゥン=ハイの手はひっついた斧を強引に引き剥がした際、高温が傷口を焼いて治癒が遅い。新しく修復した組織と熱傷部分が衝突しヨトゥン=ハイは小さな悲鳴を断続的に繰り返す。


「ここも安全ではないようだ」


 路地裏に残るエイル達以外の足跡はできてまだ一日と経過しておらず漂う人の臭いも真新しい。


「だったら はやく……!」


 痛みを堪え、ヨトゥン=ハイは膝に力を込め立ち上がった。


「その図体では裏道でも目立つ。挙動を低くしろ、あからさまにならない程度にな。あとは、身を隠せる物があれば」

「だったらこれを!」


 ヨトゥン=ハイが渡すはずだった外套を彼から頂戴するとエイルは被せた。頭のてっぺんから膝まで隠すとシルエットは人間と区別がつかない。


「やっぱり、エイルが着るには大き過ぎるではなかったか」


 嘆息するシノは懐をまさぐりながら、エイルの所持金も念のため確認した。


 ちなみに、エイルに危険を冒させるくらいなら持参したシノの服でも変装は十分だという案は、他ならぬ服の持ち主から上がったがエイルに却下された。


 洗濯もできない服をローテーションで着合うとなると、シノの精神がどこか違うゾーンに行きそうなそこはかとない危険を感じ(この時からシノの様子はどこか変だった)。


 ある程度の住民が暮らし、衛兵を用立てるだけの自衛がある街同士だと通貨も共通に使える。呉服屋の品揃えを見た限りだと銀貨数枚もあれば大抵の日常品は調達できそうだった。


 シノの所持金は、服を持ち出す時にいっしょに屋敷から掠めた金貨二枚に銀、銅貨が三枚ずつ。一時は無実の罪で投獄されたエイルも武器となる杖は奪われはしたが、檻の中では使えない硬貨は無傷でポケットに入ったままだった。銀貨が四枚に銅貨は五枚。生れ育った村は裕福とは言えなかったが、旅に出る娘にと“こっち”の両親が預けてくれた。


「これはエイルが持っていてくれ」

「シノちゃん、でも」

「〈人類種にんげん〉の通貨を〈鬼人オーガ〉が持っていても仕方ない。それに、わたしは……それをどう使うか、知らないんだ」


 照れ隠しのように目を泳がせて言うシノ。


 家族単位で住民だった山での暮らしで、食糧と衣裳は領主だったセツナが奴隷を売った地域から輸入していた。食欲旺盛な子どもが大勢ひしめき合って生活していたのでそれでも足りず、自給自足でも補ったが、栽培は奴隷の仕事。


 そんな奴隷の一人が、この金属の塊をどうして『通貨』だと学習できたのか、エイルもシノも敢えて言及を避けた。


 強くなることと、親からの愛情以外、あの子達は不必要な知識を与えられずあの山で


 首を横に振り、エイルはシノの掌を上から包み金を手の中に返した。


「持っていてください。また、使い方を教えます」

「――――うん」


 大通りに悟られないよう声を潜め、シノはエイルと笑い合った。


 正直まだ辛い記憶ばかりで過去を克服とは言えないシノだったが、彼女といると、かつての自分を思い出す余裕もなくなると期待に胸が躍った。


 ――エイルはどうかと、シノは、ちらりと胸を窺った。


 もちろんこれも、エイルには筒抜けで二秒後には手で隠された。


 ☆★☆


 二階建ての宿は二階が客室となっており、一階はフロアを丸々酒場にしていた。


 安っぽいリキュール、発酵したビールが乾いた匂い、それらはどこからしているのかも判らないほど宿の換気は不十分。天井に浮かぶ厚い層の正体である蒸発したニコチンとタールの蒸気は見ているだけで肺が焦げそうだった。


 まだ朝というのに、切り株ほどの太さのあるジョッキにアルコール度数の高い酒を並々と注ぎ、一気に煽る。せっかく口に入れたのに、大口を開けて笑うと、唾液と煙草の煙と混ざってほとんどが丸テーブルにぶち撒かれた。


「はい嬢ちゃんたち、ミルクとパンお待ちどー!!」

「あ、どうも」

「んー、チェックインでも言ったけど、あのデカい兄ちゃんといいやっぱりここいらじゃあ見掛けない顔だね、他所の街の冒険者かい?」

「いえ、冒険者じゃなくて」

「とぼける必要ないさ。こんな掃き溜めで冒険者相手に酒売ってるとね、外か内か、どっちの世界から来たか自然と目利きを覚えるんだよ」


 払うもんさえ払えばだれだって平等に客として扱う、そう言って女将はカウンターに戻って男達の相手を始めた。


 髪を束ねた女将はエイルと肩を並べるくらいの身長だが、片手に大ジョッキを三本同時に持つ太い腕は血管が脈動し筋肉にまで達しているだろう古傷は腕以外に、頸と顔にもあった。


 接客の様子から、カウンターで談笑するのは彼女の元冒険者仲間。


 今は、この冒険者組合が管理する依頼所で受付嬢と女将を兼任している、といった感じか。


 こういった、バーカウンターと依頼書を貼り出したクエストボードが同時に設置されている施設はエイルが初めて訪れた貿易都市にもあった。


 冒険者と一言に言えば耳触りはよいけれど、贅沢できるほどの利益を生むパーティーは一握り。力を認められた者は教会にスカウトされ、一介の冒険者には対処できないような大規模なクエストを受注する。


 そんな特権階級からあぶれた仕事が、この世界の世間一般で『冒険者』とされる人間にお鉢が回ってくる。清潔度の低い依頼所に入り浸るのは、獄中生活明けの者か、貧しい家や村で育ち就ける職を選べなかった者。漫画やアニメの題材になるように名を挙げようと志願する一部も混ざっている。


 この一部の大半こそ、元の世界で冒険者の概念を学んだ、エイルのような転生者だった。神の赦しで生まれ変わったと云われることもあり才能に恵まれ、世間的な評価も例外して高い彼らは陽の当たる依頼所しか寄りつかないのだが。


「高望みできないとはいえ、こんな場所にエイルを置くことになるとは」


 角についたカビを爪でこそぎ落としたシノが朝食のパンを頬張った。


「シノちゃん、あまりそういうこと、ここでは言わない方が」


 こういう場では声を落とすようエイルは忠告する。ただで男ばかりの場に酒も飲めない少女が二人もいるのだ。


「しかし、しかし! ……わたし達が泊まるあの部屋は、本当にあれほどの額を払うほど高かったのか!?」


 俗世に疎いシノはエイルに真相をたずねるしかなかった。


 三人一部屋食事つきで、エイルもシノも有り金全て使った。あの女将にいくらまで出せるか最初に聞かれ、素直にシノが答えるとそれが宿泊料だと言われた。顔も見られた後なので、払うしかなかった。


 強気に来られたのは、傷を負ったヨトゥン=ハイを見られ逃亡者だと悟られたから。商売を続けていると、そういった勘は確かに育つらしい。


 少々エイルの予想と外れたが。シノにこの世界での通貨の『使い方』を教える羽目になってしまった。


「いらっしゃーい!」


 また客が来た。街道の対岸だというのにここは薄暗い区画でも活気があった。


「すいません、今はどこも満席なんです。相席でもよろしいでしょうか?」

「朝食を済ませようと立ち寄っただけだ。ついで二、三訊きたいことがある」


 会話を小耳に挟みながら、エイルはシノに聞いた。


 話題は、今部屋で休んでいる、自分の守護者について。


「ヨトゥン=ハイさん、どうしたんでしょう。斧があんな」


 攻撃を止めようとする前に、彼の方から斧を手放した。肝心の斧は店の人間が街の警備隊に届けられただろう。


「手掛かりをみすみす提供するような真似、やはり、トロルは愚かだ」

「シノちゃん、シノちゃんはどうして、ヨトゥン=ハイさんを目の敵にするの……? やっぱり」


“トロルだから?”


。トロルはのろまで、頭も悪い。なにより奴らは臭い。どういうわけか奴は平気だが、陽の光の下も歩けない奴らはこの『アースミガルト』の底辺に位置する生き物だ」

「…………」


 口を塞ごうとパンを、エイルは置いてシノと向き合う。


「私、街を追われた後、トロルの集落でしばらく暮らしていたの」

「え?」


 エイルはそこでの生活をシノに説明した。


 よそ者、それに自分達を忌み嫌う種族から来たのに彼らは実の子のように扱ってくれたこと。友達ができたこと。邪悪でもなければ、愚かでもないこと。


 そこで起きた悲劇は語らなかったが、話すうちに熱が入るエイルに、住みやすかったのにどうして彼女がヨトゥン=ハイと村を出たのかシノは理解した。


「そう、だったのか……。君の友人を、家族を……思い出を穢すような発言をして申し訳なかった!」

「あ、頭を上げてください! わかってくれたらいいんです……っ」


 テーブルに頭を擦りつけるシノとエイル。


 そこに割り込む、筋の通った声。


「お取込み中失礼するが、隣、いいだろうか」

「今どこもいっぱいなんだい。相席いいか」

「えっ、ああはい!」

「目の視えない嬢ちゃん、ずいぶん緊張してるっぽいけど。安心しな、ド低能の男共の違って、この御仁は――あの『雷霆らいていのトール』様だからな!」


 自慢げに言う女将にカウンターから抗議の声が上がった。


「らいていの…………?」


 失礼する、と。エイルの隣に腰を下ろす全身に鎧を纏った冒険者。エイルとの距離、僅か――一寸。


 兜を脱いで一息つく。新品同然の甲冑を梳かれた長い髪がさらさらと撫でた。


「んなッ、お前!?」

 

 先にシノが声を上げた。エイルはそれすら忘れ、隣に座る女冒険者の横顔に魅入られる。


「私の顔になにかついているかね?」


 振り向く目線。鼻筋は高く目許は若干吊り気味。声のトーンはアルトで訊く者に勇気と癒しを施した。


 兜の中でもハネない髪。


 彼女は、燃えるように眩しい赤毛だった。


「――?」


 

 



 


 

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