第二十五章 雷を見た日
『培養室』に到着したヨトゥン=ハイは、縋りつくように這ってくる少女の名を呟いた。一段と高くなった最奥はまるで玉座だった。空間全ての光が集束している。
「……ヨトゥン=ハイさん、シノさんが……!」
エイルの背後にある玉座のカプセルは、空だった。内を満たしていた養液は涸れ果てている。栄養を供給するチューブ、垂れ下がる呼吸器具は内蔵のようだった。
それに巻き付くのは
絶滅した魔族の〈
あの巨大な〈角〉で、自分の分身を操っている。他の生物には知覚されない共感覚。念動、精神感応。あるいは名すら付いていない領域で、彼女は繋がっている。
だが、その奇跡も長くは続かないようだった。貫通した付近から天井の崩落はすでに始まっていた。瓦礫はエイルのつむじを弾く程度の大きさしかないが、数分と経てば飛来する残骸は、エイルと同じ質量に育つ。
「えいる にげない と」
ヨトゥン=ハイは両手を掴んでエイルを立たせようとした。ところが彼女の反対の腕は、天の大木を仰ぐ魔族と一体となるように手首に張り付いていた。
「こいつ は たびの じゃまに なる。 おいて いこう」
頭に大木を生やしているような状態では、この山を出る事も出来ない。追手からも目立つ。身を隠すのも。千切れた意識が奴隷に宿ったのなら大勢との移動も視野に入れなければならない。
諦めようとエイルに諭すヨトゥン=ハイ。強引に腕を引き剥がそうとしても抵抗できる筋力はなかった。
彼が生きて欲しいと望む
この旅で、彼は、一度も間違えてはいけない。今回の件で得た教訓。エイルには価値がある。それは敵も味方も呼び寄せ、彼女を遠くへ連れ去ってしまう。足となり、腕となり――目となると誓った。二度と違えない。
「約束しました、ここに来る前……シノさんと」
「オレ じゃ…… だめ ?」
「女の子同士の約束って言ったでしょう。……ヨトゥン=ハイさん、私やっぱり、この世界が、嫌いになっちゃったみたいです」
人は醜い。他者を値踏みし見下すと価値を下げた相手を辱めようとする。支配を美化するために『愛』という呼び名を作った。侮蔑も寵愛も、結局は命を支配する本質に理性がくっついただけに過ぎない。
「この世界と同じくらい、私は……私が嫌い。好きって言おうとする私の口が嫌いです。だけど、ヨトゥン=ハイさん、私……好きなんです!」
ああ……あたたかい。なみだがでそうなくらい。うれしくて、なきたくて……“ここにいるのはわたしなんだ”って実感をくれる。
「私を好きだって言ってくれる――シノさんの声が!!」
「……わたしも、エイル殿の声は好きだ。東の山に射す太陽のようで、どんなに眠くても目覚められる」
腕に抱かれたシノは、目の前の眩しさのあまりエイルの胸元に顔を
「おちおち夢も視ていられんな」
「どんな、夢を視ていたんですか」
「自由になる夢だ。たくさんの民と手を繋ぎ、平原を駆ける。束縛も迫害もない世界でわたし達は幸せに暮らす。でも判っていた……。そんな世界は、ないと」
夢の中で掴む幸福は、まるで雲だ。空にたゆたう様は実に美しい。だが手の届かない場所にあるから、実在しているか常に疑っている。
触れるまでは、どこにも存在しなかった。
「空の果てまで逃げたら、自由になるのかな……?」
「私も知りたいです。……
「……卑しい奴隷の目なんかでよければ。約束もまだ果たせていないしな」
シノの額の角は折られていた。より正確にいえば一刀で両断され再生する気配はない。スキルの制御もできず統制の失った複製体は目に映るものを手当たり次第を貪っていた。
「どうして置き去りにしなかった?」
シノに背中を向けたヨトゥン=ハイ、握り締めた斧には信号の光が失せつつある〈角〉の破片が付着していた。根元から切り落とし横倒しになった成熟した〈角〉は石材を
一つ手元を間違えていれば全員が天井の下敷きになった。分散した複製体から受信したヨトゥン=ハイは最後までエイル一人だけを案じているようだったが、判断を変えるだけの価値があったとはシノ自身も思えなかった。
「たすけて やったんだ。 これからは えいるのためだけに いきて しね」
「……そうか。だがトロル如きに礼は言わんぞ? エイル殿を側で護るのに相応しいのは、誇り高い血を受け継ぐこのわたしだ。貴様もせいぜい頑張るのだな」
充血に見開いた目、口からは怒気を吐いて、斧を引き
「な……なかよく、でおねがいします」
「「いやだ!」」
守ると志は同じなのに――顔を合わせるなり目の前で殺し合おうとする二人にエイルは乾いた笑みを口にしたのだった。この先、やっていけるか。不安の種はそれだけだった。
「急ぎましょう! もう
振り返れば、瓦礫の波に光景は沈んでゆく。魂のない者共がそこを“故郷”とかつて呼んだ。放浪の果て、異端者の築いた新しい世界。
「シノさん」
施設の出口へと続くこの一本道を抜ければ外まですぐだった。すぐそこに焦がれた自由が待っている。これまで牢獄だった見慣れたはずの霊山の景色は、金色に眩く輝いている事だろう。
「行きましょう」
エイルに手を引かれ、シノは自由の許へ歩き出した。
眼が視えないはずの彼女は、シノを果たしてどこに自分を連れて行こうとするのか。彼女と共に往く先に安寧はない。息をつく間も許さず剥き出しの世界は残酷な結末を旅する者に容赦なく襲いかかる。
砂上に呑まれるは、故郷。呪いのような優しみと毒の如き安息のあった、いずれは旅立たねばならなかった場所。こんな場所でもいざなくなれば、生れ育ったシノは想いを馳せてしまった。
創った者にとって、ここは楽園になるはずだった。時の流れから切り離れされ久遠の理想郷に。
だが、彼の夢は、今日ここで
目覚めれば叶わない夢は、いつかは虚しく消えてしまう。どれだけ隠れても、やはり世界から、現実からは逃げられないのだった。
そんな真実に立ち向かおうとしたエイル達を背後から引き留める声がした。
「エイル……おねえ、ちゃん……」
「セツナ? ――いや、おまえはッ!?」
地面に這うその姿から聞こえた声が聞き間違いでなければ、セツナに意識を預け消失したはずのアカガミだった。
「たすけ、て……シノ、エイル……おね――ッ!」
腕をエイル達に伸ばしてアカガミは助けを求めていた。群がる複製体に食い千切られた腕が骨から筋肉の順に再生する。
エイル達に追い付く半ばで力尽きたアカガミの辿ってきた進路には血の跡がここまで続いていた。起動に粘り付く血を吐きながら懸命にシノのくるぶしにしがみ付こうとするが、それ以外の器官は動かせないようだった。まとわり付く魔族など簡単に剥がせるはず腕力があるのに。
身体を動かしていたセツナの意思は施設の最奥の本体の死亡によって、セツナ=グレートフィールドという意味も消失した。休眠状態でその現象を間近で感じたアカガミには、体内での父の人格の死は、己の死と同義だった。
一度、生物としての終わりを内側で体験したアカガミの身体は、アカガミの本来の人格が覚醒する度に矛盾を感じ機能不全に陥った。
癒せる方法、それはただ一つだけだとアカガミはエイル達を引き留めた。生きているとそう再認識するには、ほかの命の承認が不可欠だった。即ち――“君は生きている”という『同意』が。
涙を流すアカガミに、シノは躊躇った。彼の口で語ったセツナの言葉が本当なら、今、助けてと訴えているのは――。
ヨトゥン=ハイは傍観を心得た。死闘は決着がすでに着いていた。殺したくても傷はすぐに塞がる。
ただ一人、アカガミの命を絶つ資格を有した盲目の少女は、言葉の尽きた口を虚ろに開けていた。
漆黒の視界に記された提案。それはエイルの決断を待っていた。
『アカガミとの
「えいる」
「エイル殿」
「……おねえちゃん……」
編成を組むヨトゥン=ハイとアカガミにもその文字は見えていた。シノはエイルと主従の契りを結んでいる。
記録されたアカガミの文字を消したいと望めば、編成を解除されたアカガミはエイルとの繋がりを失い彼女の恩智も受けられなくなる。回復途中だった傷は彼本来の時間で治癒を始める。
周囲の複製体の数はさらに増していった。シノが脳にいた感覚をまだ憶えているらしくエイル達に襲いかかる気配はないが、内と外の境界線だと山中の奴隷が殺到した。
天井も崩落も加速する。境界から早く脱出しないと全員生き埋めだった。
『アカガミとの
ここで生まれた彼もまた、セツナに人生を狂わされた犠牲者だった。この山の下で生まれ育った子ども達は皆、父への愛を植え付けられ完璧であれと生き方を強制された。
シノの血を分け、純粋な血統ではないならば彼らには、エイルに助けられる権利はあった。
魔族との混血である幼子には、エイル以上の苦難が待ち受けている。寄る辺のない彼らを、山から這い出た子らの出生を知った外界は迫害の眼差しで石を投げるだろう。
エイルは、シノと友達になれる。だが、セツナの子は人として育った。魔族を憎み、穢れた血の流れる己を憎み、愛されたいと望む世界からは憎まれる。
エイルにも判っていた。何も知らないまま、誰にも知られぬまま――このまま山の下で死ぬのが彼らが人としての唯一の救いなのだと。
「おねえちゃん、アカガミも、……いっしょに……つれてって?」
お願い、とアカガミはエイルに手を伸ばした。綻ぶ顔、輝く瞳にはエイルのすぐ後ろに広がる外の世界が待っていた。
父の言葉を思い出す。外の世界――山を下りたそこには素晴らしい場所がたくさんある。夢でも視た事のないような世界に、いつの日か、一緒に行こうと約束した。
だけど、少年にはある一つの事が心配だった。
“もし、パパが行けなくなったら、アカガミも行けなくなっちゃうの?”
お仕事が忙しくなったり、奴隷を売ったお金がなくなると、一生外には出られないのかと袖を掴むアカガミの手を取った父は、不安を和らげるように手を撫でて笑ってみせた。
“だいじょうぶです。アカガミは特別な子ですから、パパとどこにでも行って帰ってこれますよ? パパがいなくなっても……アカガミは外に出られる”
仲間ができる。兄弟や姉妹のような血の絆ではなく、心で繋がった仲間と旅に出る。楽しさのあまり、帰り道を忘れてしまわないかそれだけが気掛かりだと無邪気に笑う父にアカガミは言った。
“アカガミのなかまは、どこにいるの? いつ会えるの?”
“パパもぜひ知りたいです。ですがきっと、会えますよ”
“ふーん、どうしてパパにはわかるの?”
“それは……”
アカガミは、この世界に深く愛されているのですから。
「おねえちゃんは……なかま……」
やっと会えた。外の世界に連れ出してくれる、パパの言っていた『仲間』に。一緒に行こう、どこまででも行こう……。
『アカガミと
フレイヤの啓示が止む頃には施設の天井は完全に崩落した。
中腰になったエイルがそっと取るのは、瓦礫に埋もれた少年の手。伸ばした手は胴が岩の下敷きになった拍子に肩の辺りで千切れ溢れた血に冷たくなり始めていた。
掴み返そうとしない手からエイルは離れた。
瓦礫が崩れてくる直前でエイルに助けられたシノはヨトゥン=ハイの側まで引っ張り出された。まるで何かに気を取られていたようなアカガミの手は抵抗もなくシノを放した。
「ごめんなさい、アカガミ君を……」
「セツナの言った事が真実でも、奴らはわたし達を辱めた。敵である事に変わりない。それにアカガミを食い殺したのは、エイル殿じゃない」
と笑顔で励ましつつもシノには判っていた。そして気遣おうとするシノと知覚を共有したエイルにも。
意識を取り戻したアカガミが再びセツナとして覚醒するのか、不確定要素が多過ぎた。だからこそここに残ってもらわねばならなかった。
「やだ、やだー!」
「あっちいけ、あっちいけ!!」
幼い悲鳴に炎は竜巻となり彼らの故郷を紅葉色に染める。
「たすけて、たすけてよ! た、たすタスッた、け、エ」
エイルにしがみ付いたまま少女の背中に取り憑いた複製体が彼女を生きたまま肉を牙で削いでいく。よく見れば、シノに街を案内された時に街道で奴隷を蹴り飛ばして唾を吐いたあの子だった。
逃げ惑う一人ひとりと目が合った。エイルを見て駆け寄ってくる前に全員、魔族に捕まってしまった。
「一気に駆け抜けるぞ。こいつらの興味がいつこちらに向くか判らん」
「……ヨトゥン=ハイさん、どうかしましたか……?」
「…… いや 」
エイルに見せた横顔をヨトゥン=ハイは視界の左右に戻した。瞳に瓦礫の山宿した彼はどことなく不機嫌そうで、シノに手を引かれるまで気に掛かった。
これまでの戦いに振り返る必要などなかった。
アカガミは敵だ、――仲間じゃない。敵の強さにいちいち立ち止まっていてはならない。今やこの世界のあらゆる知性が逃亡者の死を欲して昼も夜もなく追い掛けてきた。
だというのに、新しく加わった〈
「あれは……?」
切り立つ断崖は、夏季に溶けた針葉樹林の氷床が滝となって洞窟の壁を削り出し
岩壁の先に立つ道は、大穴から飛び降り――空気を蹴らねば辿り着けなかった。魔法を使えば奇跡を起こすのは容易い。だが〈
やがて――それは右の
そして、世界は、唐突な白に包まれた。明暗を区別するあらゆる生物の認識を焼いた双光、衝突した光の咆えた
伏して見よ、
山の
それを伝えるために『奴』は遣わされたのだ、とシノは思った。
初め、洞窟内に散ったのは小さく細い発光だった。だが夜から飛来した閃光は百頭の
「あれが……外の世界の、『敵』」
息遣いさえ滅却され残り火が微かに
「ヨトゥン=ハイさん……?」
轟音のせいでまだ耳鳴りの続く耳小骨で自分の声を覚えたエイルは近付いた。人影のあった崖の方向を、ヨトゥン=ハイは斧を下ろしたまま見つめていた。
雷が鳴っている最中、彼は、光に向かって何かを隣で叫んでいた。獣が怒りに打ち震えるような、あるいは……胸の痛みを堪えながら懸命に呼び掛けるような顔で。
“トール”
全容を正しくは聞き取れなかった。だが、口と呼吸器官に治癒が働くまで吠え立てていた彼は確かに、最後。その
☆★☆
「……あの。最後に訊きますけど、本当に、いいんですか?」
「約束したじゃないか。そうかしこまらず一思いにやってくれ」
椅子の上にて膝に手を乗せたシノは顎をしゃくってみせた。いつまでも同じ体勢のままにしておくのも申し訳ないので、では、とエイルは腹を括った。
シノを通して視る景色。鏡台の背後には簡素なベッド、二人分の寝相となるとさすがに耐えられなかったのかシーツから詰めた藁が
鋏の
「終わりました」
「…………。うまいじゃないか」
一時間ほど掛けて整えられた容姿を鏡に映したシノは、見違えた自分に満足した。
「小さい頃は、自分で切ったりもしていましたので」
「エイル殿に頼んで正解だった」
“髪を切ってほしい”。それがエイルに持ち掛けたシノの約束だった。靡くほど長かった髪は要望通り短く切り揃えられた。散らばった毛先をエイルが掃うと、首筋と刈られた白いうなじが陽の光に輝く。
「小屋に散髪用の鋏があってよかった」
「シノさんがヨトゥン=ハイさんの斧を借りに行こうとした時は、朝からヒヤヒヤしました……」
生活臭の残る山小屋はエイル達が滞在したものとは若干広く造られていた。食糧を貯蔵する樽も大きく澄んだ水の張った
セツナが建てた簡易宿泊場は、山の随所に設置されている。その内の一際広い一ヶ所を夜の山の中で発見できたのは本当に運がよかった。
鋏の他に串も鏡台の棚に入ってあった。野外訓練を施すにしては不必要な物のようにも思えるが、エイル、そしてシノはすぐにピンときた。いつ、そこが如何なる場所であっても――女性は身の回りを整えたいのだ。それを娘はあの男に身を以て思い知らせたのだろう。
「えいる」
「はい、……ちょっと行ってきます」
「じゃあ、こっちは済ませておく」
山小屋の付近で警戒していたヨトゥン=ハイは出てきたエイルに今一度確認した。
「 やめた ほう がいい 」
「シノさんを通して山の下に灯りを見ました。村ではありません、街です。あの大きさなら恐らく、冒険者も滞在していると思います。なら、いつまでもここにはいられません」
この山で狩りをしながら潜伏を続けていれば必ずバレる。冒険者は動植物の変化に敏感だ。ヨトゥン=ハイの気配を決して見逃さない。
「ここがどこなのかも私達にはわかりません。陽が昇り切る前に潜り込みましょう」
どちらにしても追手から逆方向に逃げるには街を超えねばならない。そのために色々と準備もした。あとは、ヨトゥン=ハイの覚悟だけ。
「怖いなら残ればいい。エイルはわたし一人でも守ってみせよう。トロルなど
小屋の中で悪態をぼやきながら出てきたシノの変装は完璧だった。髪も切り奴隷と容易に見間違えられるようのないよう、装いも変えた。
「シノさん」
「こういった恰好は不慣れだが、袖を通してみるとなかなか、…………やっぱり山を下りるのはやめよう! ここにいよう! 人が来たら殺せばいい!」
共有した感覚で着替える一部始終は見られていたが、面と向かうと気恥ずかしさが勝ってしまう。
「待って!」
小屋に引っ込もうとしたシノの手首を掴んだエイルは流れるように彼女を鏡の前に立たせた。
「うう……」
顔を鏡の中のエイルから伏せるシノは、一枚の薄着を脱いで簡略化された装いからより具体的な姿に変わっていた。
雪を踏んでいたのは裸足ではなく底の厚い輸入品のレザーブーツ。黒の靴下は光を跳ね返す。肩からフリルのスカートに掛けてラインを描く群青の生地は新月の空を表し、夜風をペイズリーに近しい柄で表現していた。
こんな服を子どもに選んで着せようとするとは。人類種の“愛”はやはり頭がどうかしていた。屋敷であれだけ嫌がっていたエイルの気持ちが判った。
「あの時はすまなかった…………どうした?」
「だ、だめなんですけど、こんなことおもっちゃ……でも……」
わなわなとしながら――エイルは鏡越しにシノに叫んだ。それは彼女の元いた世界の装束といくつか共通項があった。俗に“ゴスロリ”と呼ばれた服装は少女のみならず少年でも着こなせた。
とはいえ、シノに頼んだ恰好は魔族だと周囲に悟られないようにするための、あくまで変装。角のない彼女が外見を工夫すれば
「もっとよく見せてください!」
「なんかこわいよ、エイル殿」
しかめっ面も可愛かった。やはり形容しがたいのは短く切った髪にスカートの組み合わせ、単色の可憐さとは一線を画した鮮麗さが生まれる。地が釣り目なだけに短髪でこういった服が似合うと、シノの強気なイメージが魅力として発揮された。
「も、もういいだろうか……。エイル殿にこう、まじまじと見られると……身体の奥がむず痒くなってきて……っ」
身の内で垂らした滴が、熱湯となって全身を解すような。ぽつぽつと発汗するシノは口で呼吸し熱を外に逃がそうと試みるが一向に解熱しない。
「さあ、もう行くぞいくぞ!」
「そっそうですよね。何でしょう、太陽が昇ったからでしょうか――熱くなってきましたし外で涼みましょう!?」
小屋からやっと出てきた二人は何故か汗だくで、ヨトゥン=ハイとも全く目を合わせようとしなかった。
「あ、さっきシノさん――“エイル”って」
「…………だめ、だろうか。これから長い付き合いになるのだし、よろしくのつもりだったんだけど」
どさくさに紛れて一瞬だけ馴れ馴れしくなってみた。エイルが嫌がるならこれきりにするつもりだった。
だがそれが、聞き間違いでないと知ると、エイルは朝日を背に頷いた。
「――私からも、これからよろしくお願いします。“シノちゃん”」
去り際、シノは手に持つ自分の髪の
「せめてもの
朝の風に乗り、シノの手から彼女の一部は突き抜けた青天に舞い上がっていった。
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