第四章 新しき拠り所

“私は今、にいる”


その考えがエイルの頭を光陰の如き素早い速度で頭をよぎった瞬間、彼女の心に灯った感情は、ただ一つ。


それは、『恐怖』。


彼女自身、洞窟の一件以来、トロルという存在が人々が言うように冷酷無比な魔族であるなどと思ってもいない。


しかし、今自分が幼き頃より危険であると言われている、山のような体躯をした者たちに囲まれていると思い知らされたら、自然と心臓の鼓動の制御が効かなくなる。


「おい だいじょうぶ ざんすか?」


獣の唸り声のような、たどたどしいトロルの声が耳に響いた直後、エイルは身を縮こませ、後ろの方へと後ずさりした。


「おっ、おい?」


自分が話しかけた途端、全身から恐怖を漂わせて逃げようとする人種の少女にトロルは困惑した。


「ぱ、ぱ・・・!!これ め りょうほう ない だ・・・から こまる」


 少し甲高い子どものトロルの言葉から、エイルは顔に手をやり、目に巻かれた、砂にまみれて薄茶色に汚れた布切れに隠れた瞼を指でなぞった。


そこには、丸みを帯びた眼球の感触はなく、ただぽっかりと開いた空洞を感じるのみだった。


(あれ、私の目が・・・ッッッ!!そうだ、私・・・)


次の瞬間、エイルは自分の両目が自らを助けようとしたヨトゥン=ハイに、斧の切っ先で潰されたことを思い出した。


その時、エイルは複雑な感情に駆られた。


何故なら、これで自分と関わった者を脅威に晒す忌々しい監視魔法から解放されたワケだが、同時に、エイルはもう二度と異世界このせかいの姿を見ることができなくなってしまったことを意味していた。


もう二度とあの美しい街並みも、壮大な大地も、鮮やかな空も、この目で見ることによって心を躍らせたり、感嘆の声を上げることは叶わない。


転生前の世界では、ガンに冒され「辛い」なんて生易しい言葉では言い表すことができないほどの闘病生活と向き合ってきたことから、彼女、金澤理恵子にはある夢があった。


それは、「生まれ変わったら、その世界を思いきり楽しもう。」というものだった。


彼女が冒険者を選んだのは、自らのスキルで人々を救うというもの以外に、新たに生まれ出たこの世界の物をたくさん見て、触れてみたいという純粋な願いもあった。


でも残念ながら、それはもうできない。


そればかりか、最期にこの目で見た景色が、故郷が焼き尽くされ、両親が惨たらしく殺され、自分とともに助かろうとした同じ転生者が目の前で息絶える光景なんて・・・


気が付けば、エイルはもう開くことができない両目から涙を流していた。


「ね ぇ・・・ど したの?」


しくしくと泣くエイルに、トロルの子どもは困惑した様子だった。


「ごめ、、ん、なさい・・・」


エイルは自分の行いでトロルの子どもを困らせてしまったことを謝罪した。


「おれ の しちゅー やる!! げんき でろッッッ!!」


エイルは子どものトロルが差し出した取り皿を、手で探りながら受け取った。


「ありがと・・・」


エイルは笑顔で礼を言いながら、渡された木のお椀から立ち上る湯気を肌で感じすすった。


「ッッッ!!」


次の瞬間、エイルは思わずお椀を零しそうになった。


理由は単純。


めっちゃマズかったから・・・


酸っぱいと思ったら辛く、甘いと思ったらしょっぱく、とにかくこの世にある調味料を全部網羅、否、ブチ込んだと言っても過言ではない代物だった。


おまけに中に何やら正体不明の物体が混入しており、歯で潰すと「グニュ・・・」とイヤな感触とともに潰れ、直後に口いっぱいに苦みが広がり、気を緩めると、つい嘔吐しそうになった。


「まま きょう めにゅー は?」


子どものトロルが母親に聞くと、在り得ない解答が返ってきた。


「あき の じむし やまもり しちゅー あんた だいこうぶつ」


「・・・。」


エイルはその瞬間、今の自分に視力がなくて良かったかも、と思った。


カシャ・・・カシャ・・・カシャ・・・


自分達のいる場所の右奥から、微かに鎧の擦れる音が聞こえてくる。


その音は次第に自分たちの許へと近づいてきて、静かなのだが大きくなってきた。


そしてとうとう、その気配を間近で感じ取れるところまでに到達した。


目が見えないエイルが感じたのは、トロルではなくどちらかと言えば自分と同じくに近いものだった。


「マーティ 人種語 また うまく なった えらい」


その気配の主が発した声を、エイルは決して忘れてなかった。


仲間を殺し、自分を狩ろうした者たちを屠り、光を奪うことで死にゆく運命の自分を救った、冷酷で、慈悲深き人種トロル


「お前 おきたか」


目を覚ましたエイルに、ヨトゥン=ハイは穏やか口調で語り掛ける。


そこには、彼女の目の前で血の餐宴を生々しく見せつけた、絶対強者の最強のトロルの面影など微塵も感じられなかった。


「はっ、はい」


エイルはまだ若干少し萎縮しながら、ヨトゥン=ハイに向かって返答した。


「め いたい?」


「いっ、いえ。もう、大丈夫です。」


心なしかシュンとした声色で、いきなり目のことを心配されたエイルはつい面食らった。


「あのとき ああするしか なかった ごめん・・・」


ものすごく申し訳なさそうに自らの行いを謝罪してきたヨトゥン=ハイに、エイルは段々と焦ってきた。


その態度が、視力はすでに無いが、可哀相になってしまいそうなモノだったからだ。


「あっ、いや、その・・・そんな風に謝らないで下さいッ。私もあれは仕方がなかったことだって思ってますから。」


エイルに励まされ、ヨトゥン=ハイは重いこうべを上げた。


だがエイルにはそれが分からず、彼が未だに頭を下げているのと勘違いしてしまった。


「そいつ むらおさ とこ つれて いく ざんす」


トロルの父親に促されたヨトゥン=ハイは何かを思い出したかのようにハッとしてあせあせとするエイルの手を引いて連れて行った。


鎧の下地から感じ取った彼の手は暖かく、不思議とエイルは頬をポッと赤らめさせた。


◇◇◇


カチャ・・・ザリッ・・・カチャ・・・ザリッ・・・


薄暗い洞窟の中に、ヨトゥン=ハイの鎧の音と、彼に手を引かれたエイルのブーツの足音が交互に鳴り響いていた。


彼女の頬を、洞窟の湿った空気が撫で、鼻を獣臭と岩肌の錆びた臭いが混じった独特の香りが突いていた。


トロル達が棲み処とするのは洞窟といっても、自然にできた洞穴ではない。


異世界・【アースミガルト】では、太古の昔に魔族の祖と神々との間に激しい大戦が繰り広げられていた。


やがて戦争は泥沼化していき、最終的に魔族側に寝返った半神と彼の者と示し合わせた魔族の大将である巨狼が仕掛けた権謀術数によって、神々の力は大幅に弱体化してしまい彼らは天界へと落ち延びる憂き目に遭ってしまった。


その際、この世界のシステムに重大な欠陥バグが発生してしまい、それによって元はこの世界の者ではない魂たちが、新たな躯体を持って生を享受する、即ち【転生者】と呼ばれる存在が生じた要因になってしまったと言われている。


話は逸れたが、その大戦時に岩削種ドワーフによって建造された地下の砦が、まるで迷路のように縦横無尽に張り巡らされており、ゴブリンやトロルといった下級から中級の魔族たちの、恰好のねぐらに再利用されている。


エイルが連れて来られたトロルの村も、その内の一つであった。


「あるける か?」


ヨトゥン=ハイが心配した様子でエイルに聞くと、彼女は何も言わずコクンと頷いた。


視界が漆黒に包まれ、一切の物が見えなくなってしまったエイルだったが、はっきりと分かったことがある。


“自分は今、無数のトロル達の只中にいる” ということだ。


エイルの耳には、彼らの生活音がひっきりなしに入ってきた。


何か重い物を運んでいる者、焚火用の薪を斧で叩き割る者、おそらく盗んできたであろう家畜の肉を咀嚼する者・・・


エイルは自分の周りのトロル達が、皆それぞれの生活を営んでいることを理解した。


そんなエイルだったが、彼女はあることが気がかりだった。


それは彼らが、ことだった。


幼い頃よりエイルは、トロルは獰猛で人を小枝のように握り潰すと、我が者顔で食料や財宝を奪う、知能のカケラもない魔族と聞かされてきたからだ。


だが先ほどの家族もそうだったが、彼らはエイルが想像していたよりも大きくかけ離れた、純朴かつ温厚な性格をしていた。


だって、両目が見えなくなってしまった自分を介抱し、悲しみに暮れる時に励まそうとしてくれたのだから・・・


その時、エイルはあることを思い出した。


転生前の世界で味わった、あまりに苦々しい体験を・・・


エイル=フライデイ、転生者・金澤理恵子には以前の世界では大変親しかった友人がいた。


中学入学と同時に知り合ったその子とは、出会った瞬間から馬が合い、どこで何をするのにも連れ添って行動し、高校も同じところに進学すると誓い合っていた。


そんな彼女の趣味はアクセサリーの作成で、よく作った自作のネックレスや指輪をよく理恵子に与え、理恵子自身それを大変喜んだ。


彼女は理恵子のガンが発覚した中学3年の春にも足しげく病室に顔を見せ、彼女を励ますためにアクセサリーを手渡していた。


ところが、理恵子は後に親友の『真意』を知ることになる。


親友は、闘病中の理恵子がアクセサリーを受け取る様子を、美談として盛り上げSNS上で自作のアクセサリーを見せびらかしていた。


戸惑った理恵子が親友を問い詰めると、彼女から思いもよらない返答が返って来た。


“アクセをバズらせたかったから。リエも分かってくれると思った。”


理恵子は驚愕し、言葉を失った。


親友は病に伏せる理恵子を元気づけたかったのではなく、ただ単に自らが手塩にかけて作った作品を宣伝したかっただけだった。


自らの承認欲求に従って・・・


理恵子は結局、その親友と仲違いし関係を修復させることなく命を落とした。


そうして手にした二度目の生で理恵子、エイルはまたしても『きれいごと』というメッキに覆われた本質を見抜けなかった。


この世界の住人と転生者たちは愛しき仲間。


魔族はクエストを遂行する上での憎き敵。


だが実際は、転生者たちはこの世界の住民の憂さを晴らすために自らと同じ立場の者を不当な罪で罰し、非転生者たちもそれに喜々として乗じ、挙句の果てには生きるために抗う罪人を、まるでスポーツのように蹂躙しようとする。


今のエイルにとっては、転生者たちの方が、よっぽど魔族のように思えてならなかった。


次の瞬間、エイルは悟った。


今、自分が置かれている一連の出来事は全て、女神・フレイヤからの戒めであるのではないかと。


転生前の世界で、自分は目に見える物だけを信じ、結果として親友を失い、転生後のこの世界で同じ轍を踏み、結果として両親を失い、そして両目を失った。


両目から光を取り上げることによってこの世界の本来の形、転生者が残忍極まりなく、魔族達が絶対悪ではないことが分かるを手に入れることができたなんて、何と皮肉に満ちたことか・・・


エイルは二度目に手に入れた人生においても、またしても本質を見誤りそれによって失敗した己の馬鹿さ加減に「フフ・・・」と自嘲気味に笑ってみせた。


ヨトゥン=ハイはエイルの変化に気付いたものの、半ば憔悴しきった彼女の顔を目の当たりにし、掛ける言葉が見つからなかった。


◇◇◇


洞窟の先を進んだヨトゥン=ハイとエイルがたどり着いたのは、おそらく人種の豪邸がすっぽり入り込んでしまうほどに広大な石造りの大広間。


かつてそこは、岩削種ドワーフの王族たちの宮殿で、当時はそれはそれは煌びやかな空間だったのだろうが、今は薄暗くて壁に描かれた絵画も勇ましさ溢れる彫刻も全てボロボロに剥がれ落ちたり細部まで欠けていたりと、かつての面影は微塵も残されていなかった。


しかしそんな殺風景な空間を飾るものがあった。


それは、トロルが狩りで仕留めた巨大な魔獣たちの頭骨や毛皮。


トロル達には、狩りで仕留めた獲物を平らげた後に、残った骨や部位を像として飾り立てる風習がある。


こうすることで、自分たちに恵みを与えてくれた大地の神に感謝を贈るのだ。


不揃いな骨と毛皮の像が並ぶ中で2人が歩いた先にそれは居た。


身体に着る布切れに巨獣の牙や爪が付けられ、首には獣の頭骨の首飾りをぶら下げた、この村のトロル達の長が。


彼の周りには、ただ樹木から枝を取り除いただけの棍棒を持ったトロルが2、3体張り付いていた。


見たところ、この村の数少ない戦士みたいだった。


「――!――――。」


『――。――――?』


ヨトゥン=ハイと村の長がトロルの言語で言葉を交わした。


まるで牛が唸るようなその言葉の意味を、エイルはまるで理解できないでいた。


「――、――――――――?」


「――――!?――――――――!!」


ヨトゥン=ハイが何か言うと、別方向からトロルの咆哮のような大声が聞こえてきた。


何やら村の戦士が、ヨトゥン=ハイに対してを示しているようだった。


「あっ、あの・・・」


心の中に不安が募りつつあったエイルは、横にいるヨトゥン=ハイに声を掛けた。


「さっきは、何と・・・?」


「おまえ ここにおく ていあん した」


彼の回答にエイルはたいへん驚いた。


人種、ましてや転生者であるエイルがトロルの村に置くことなど、そんなの反対されて当然である。


「そっ、そんなの・・・!できるはずが・・・」


「むらの まもり みんな はんたい  なかま いっぱい ころした」


ヨトゥン=ハイの言い分は、呆れるほどにごもっともであった。


転生者たちは、前の世界でもトロルは恐ろしい魔物であり、人々の生活を脅かすから力を合わせて打倒しなければならないというイメージを抱いていた。


そして、生まれ変わることができたこの世界でもそのイメージが常識として定着し、更にはそれが実際に体験できると知れば、皆、喜々として打ち込むはずである。


実際、かつてのエイルもその内の一人だったのだから・・・


勇々と、そして愉しみながら自分たちの仲間を殺した転生者憎き敵の一匹が、今目の前におり、そいつを自分たちが暮らす中に置こうという案が飛び出してきたら、トロルだけでなく、どの種族だって猛抗議するはずである。


エイルはこの時、義憤に駆られたトロル達に仇討ちとして殺されてもおかしくないと覚悟していた。


『――。――――――?』


「・・・えっ?」


周りの者が誰も村の長の言葉に返しを送らない様子から、エイルは自分が話しかけられていることを理解した。


「むらおさ どうして お前 あの子 助けたか 聞いてる」


とは、エイルが洞窟で庇ったあの子どものトロルのことだろう。


エイルは少し考え込んだのち、ゆっくりと口を開いた。


「・・・私、あの時思ったんです。あの子は、って思ったから泣いてるんだって・・・」


『――――?』


エイルの返答に、村の長は『続けろ。』と言っているようだった。


トロルの言語は一切分からないエイルだったが、何となくそんな気がしていた。


「私は前の世界で病に冒されて命を落としました。私は死の直前まで、“もっと生きたい”って神様にお願いしました。ですが、その願いは結局聞き入れてもらえませんでした。」


エイルの言い分を、ヨトゥン=ハイはトロルの言葉に翻訳し、周りの者たちに伝えていた。


「この世には、私のように命が消えようとしている中で、“生きたい”と願う者がたくさんいます。ですが、神様はその全てを叶えてやろうとはせず、無慈悲に命を取り上げてしまいます。ですが、神じゃない、同じように生きている者が、その想いを踏みにじるような真似をすることは絶対にしてはなりませんッッッ!!だから私は、あの子を助けました。かつての私のように、“生きたい”という想いを、紙切れのように破り捨てられたくなかったから・・・」


エイルの言葉を翻訳する中で、ヨトゥン=ハイは思った。


あの時、捨てられた自分を救ってくれた、も、同じようなことを想ってくれていたのか、と。


「・・・。――――――。――――――。」


エイルの考えを聞いて、村の長は考えこんだ後にある結論を出した。


「むらおさ お前 しばらく 置くって」


「本当、ですか・・・!?」


「お前 他の転生者やつらと なんか違う 変わってる って」


ヨトゥン=ハイが訳した村の長の言葉を聞き、エイルはちょっぴり照れ臭くなった。


確かに、自分がたった今述べた台詞は、魔族ではない者たちが聞けば「頭のおかしいヤツの戯言ざれごととして嘲笑の的のされ、蔑まれる。


だが、心に正直になったことで、今自分は仲間を大勢無惨に殺されたトロルの怒りを少ないながらも鎮め、もうどこにも行き場がなくなってしまった自分を庇護下に置いてくれることを決めてくれたのだから。


村の長だけでなく、周りのトロル達も唸り声は上げつつも、エイルの発言に思うことがあったのかそれ以上のことは言わずにした。


「あっ、ありがとうございますッッッ!!!」


エイルは腰をめいっぱい曲げて、自分のことを置いてくれることにした村の長と周りのトロル達に感謝を伝えた。


その日の晩、といっても洞窟にいるので昼夜の判断はつかなかったが、村のトロル達が、村の新しい一員となったエイルの歓迎の宴を催してくれた。


だだっ広い岩削種ドワーフの宮殿の跡地の真ん中に火をくべて、それを囲んでどんちゃん騒ぎをするトロル達の気配を感じ、エイルは胸が高鳴った。


その時、彼女は横に座り込む一つの気配を感じた。


「お前 ここにいてくれて 安心した。」


エイルの耳に、ホッとしたようなヨトゥン=ハイの声が入った。


「ありがとうございます。私をここに置いてくれて。」


「お前 これから どうする?」


「分かりません。ですが、これから先は、この村で皆さんと色々なことを肌で味わってみたいですね。目はもう、見えなくなってしまいましたが、だからこそ、はっきりと感じることがあるんじゃないかって思います。これも、慈悲深い女神さまが与えて下さった啓示だと信じ、それを余すことなく経験していきたいって思ってます。」


どこまでも信心深いエイルの言葉を聞いて、ヨトゥン=ハイは鎧に隠れた顔で微笑んだ。


「――?」


エイルは自分を呼びながら袖を引っ張る静かな唸り声を聞いて振り返った。


その声は、あの時エイルが助けた子どものトロルのものだった。


「ん、どうしたの?」


「――――。――!!」


子どものトロルはエイルに向かって自分が持っているものを差し出した。


 お前に ごちそう 持ってきて くれた。」


エイルはこの時、初めて自分が助けたトロルの名を知ったのだった。


「本当?ありがとうね、サム。」


エイルがサムの頭を撫でると、はち切れんばかりの笑顔を彼女に向けた。


「いただきますッ。」


エイルは手にしたナイフとフォークでぎこちなく切り分けると、それを口に含んだ。


「うっ・・・」


エイルは口いっぱいに広がった苦みと、ジャリっとした砂の感触にむせ返りそうになった。


「口 合わなかったか ダイオウナメクジ の ステーキ」


ヨトゥン=ハイから食材を聞いて、エイルは卒倒しそうになった。


【ダイオウナメクジ】


体長は大きい個体だと5mは優に超す、山岳地帯の大害虫。


トロル達の間では、村に新入りが入って来た時にメインディッシュとしてふるまわれる。


だが当然、人種のエイルの口に合うはずなどなく、不味いなんて言葉は生易しかった。


更に、目の見えないエイルは知らないことだがも問題だった。


だった。


正直今まさに気絶寸前のエイルだが、純粋無垢なサムの視線をビンビン感じているため、彼をがっかりさせないために冷や汗ダラダラの顔でやっとこさニコっと笑った。


「いへ・・・へっほう・・・美味ひい・・・です・・・」


汗でぐっしょりになったエイルの取り繕った笑みを見て、サムは満面の笑みになった。


どうやら彼女がトロル達の食文化に慣れるには、未だ途方もない時間がかかりそうである。


でしょうね・・・





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る