さぼりと罪悪感は魔のレシピ

「ようこそクアッドへ!」

 門番の声を聞き流しながら門をくぐる。なぜ聞き流すかと言えば、


「ようこそクアッドへ!」

 彼は押し寄せる旅人や商人、


「ようこそクアッドへ!」

 学生やエトセトラ、


「ようこそクアッドへ!」

 に挨拶をするマシーンとかしているからだ。声は朗らかでも目が笑っていない。私はあの目を知っている。仕事に忙殺された目だ。


 これ以上見ていたら嫌なことを思い出す。


 同族嫌悪ってやつかもね。


「さて、何しよっかな」

 ぶっちゃけ、何も決めていない。観光したいからクアッドに来たわけでもない。精霊の住処から一番近いのがここだっただけだ。


 木ちゃんにいらない子扱い大義名分されているので気兼ねなく時間を浪費することができるだろう。


 いらない子ってことは仕事しなくていいってことだよね?


 まぁ、これはマズい理論だという自覚はある。サボって逃げ出した罪悪感もある。しかし、後悔はしていない。


 罪悪感がないサボりはサボりではないから。


 気を抜いて歩いていると、いつのまにか門からは遠く離れ、出店が立ち並ぶ通りまでやってきていた。


 私の足は優秀なのだ。しかし、この街に来るまでに筋肉痛になったのは減点対象。もっと励んでほしい。


「いい匂い。これは魚かな」

 どこからともなく焼き魚の匂いがしてくれば、私のお腹は正直にアピールしてくる。


 先ほど私がクアッドに入るときに通った門にも魚の意匠が施されていたし、名産品なのかもしれない。


「おぉっ」

 匂いにつられながら歩いていると、おいしそうな出店で焼き魚を発見した。食事にありつこうとと人の波に逆らって……


 逆らえなかった。あれよあれよと人にもまれてめぼしいお店ははるかかなたにいってしまった。


 うぅっ、君のことは忘れないよ。


 おなかを鳴らしたまま歩く。腹減りのアンサンブル。アンコールはナシでお願いしたい。

 

「おや?」

 視線の先に気になる出店。なぜ目に留まったかというと客が少ないから。並んでいるのは強面の男の三人組で、 周りの通行人がその店を避けるように歩いている。


 まぁ私は気にしない。彼らは木ちゃんより弱いもんね、絶対。ってことは私よりも弱い。


「おい! だからいつ払ってくれるんだ?」

 店に近づくと怒声が聞こえてきた。ひときわ大きい男が叫んでいる。リーダー格かもしれない。


「ひえっ……、で、ですから、あと一日だけ待ってもらえれば」

 

「だ、か、ら! 昨日そう言われて待っただろうが! いい加減にしろよ」

 真っ青な店主に詰め寄るリーダー格――めんどいから以後は甲とする、が手をふるえば焼き魚がぶちまけられる。


 すさまじい勢い。私の足元にまで飛んできた。


「あー、ごめんなさい。前を少々」

 熱くなっている甲の前に出る。


「一匹、頂戴!」

 

「え、あ、はい…」

 店主、天然なのだろうか。銀貨を受け取るとこの状況で普通に魚をくれた。


「な、お、おいてめぇ!」

 

「ん?」


「ん? じゃねぇよ、何勝手に割り込んでんだ、あ?」

 凄いすごんでくる。スゴスゴ。


「割り込みって……、魚買いたいわけじゃなんでしょ?」


「そういうことじゃないだろ! なんだお前……」


「じゃあ客じゃないじゃんね。てことでさよなら」


 あ、これおいしい。

 

「店主さん、また来るね~」


「また来るね、じゃねぇんだよ!? まてやこら」


 騒がしい男だね、甲。乙がいないんだから出番は無いのに。今だってお情けの登場だろう。


「俺ゃ今虫の居所が悪い、お前のせいでな。だからこの店はつぶす。そしてお前もつぶす」

 その言葉を皮切りに後ろの取り巻きズが剣を抜く。それを見て周りがどよめいた。


 ちょっとちょっと。


 店主さんを見るとさっきよりも顔が真っ青。もうブルーベリーだね。


 目が良くなるかな? あ、その話は迷信だっけ。


「まあまあ、落ち着いて。悩みがあるなら相談のるよ?」


「っ! おめえが、悩みの種だよ!」


「ガーン……(迫真の演技)」

 甲はもうヒートアップしちゃってる。子供の泣き声聞こえるし、泣きつかれた親が私をにらんでるし……


 よし、閃いた。木ちゃんがいないから通報はされないだろう。


「店主さん店主さん?」

 未だブルーベリーの店主さんに耳打ちする。


「(あいつ追い返したら焼き魚もう一匹サービス、どう?) 」


「……」

 原因が何言ってるんだ、みたいな顔をするな。一瞬でも許さん。


「とりあえず後ろの二人の剣をしまってさ、ね? 街中で破壊行為なんてしたらそっちもまずいでしょ?」


「うるせぇ! 店主もお前も…」


「なら! 賭けしよう、賭け」

 甲の言葉に割り込む。木ちゃんの「賭けなんて汚いことはやめろ!」って声が聞こえた気がするが、やっちゃう。


 トラブルも楽しく切り抜ける、それが私の流儀(今決めた)。


「簡単にサイコロ。ね? 一以外が出たらそっちの勝ち。一が出たら私の勝ち」


「賭け? いやあきらかに怪しいだろ、さすがにその条件じゃのれんな」

 条件次第で乗るんかい。短気で暴力的、賭けが好きなんて地雷男の鉄板じゃん。


 キモっ。


「それでもいいんじゃなくて? 私が勝ったら今日は帰る、そっちが勝ったら私を好きにしてもいいよ? しかも、そっちは何回かやり直してもいい」


 胸元を広げてなまめかしく。


「いや幼児体型に興味はねぇよ。あ、いや……売ればそれなりになるか?」


 小さい声でそう呟く甲。


 ……。


 ………。


 …………、ムカッ。


 ムカつく、幼児体型が事実でも、仮に冗談だとしても、……冗談だとしても!


 絶対に勝つ。完膚なきまでに勝つ。最悪負けたらとんずらのつもりだったがやめた!




「ふは、ふははははははははははははははははははは!!!」


 通りに私の高笑いが響いた。


「ふふっ……、ざぁこ♡、三人ともざぁこ♡。六分の五を何回も外しちゃうの笑えるぅ」

 目の前にはパンツ一丁の男が三人。毎回一しか引けず負けに負ける。ヒートアップした甲は賭けを大きくしてあらゆるものを私に取られてしまった。


「も、もう一回……」

 デカブツが顔を真っ赤にしながらそう言った。


「まだやるの? 私はいいけど……また負けるよ? ふははっ」


 子供は大笑い、親は三人に侮蔑の目線。デカブツたちはそれはもうみじめな感じ。


 サイコロなど魔法で確率操作すれば容易い容易い。


 久々に仕事を忘れて大笑いした。


「……引くに引けない戦い、くふっ」

 

 会議では非常に不愉快な思いをしたが、今はとても気分が良い。

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