精霊賢者の昼休み~さぼりに味を占めて太りたい~

桃波灯紫

さぼりは希望で光で矢のごとし

 楽しくない。ただひたすらに楽しくない。心がときめかない。

 

 昔はありあまる時間を浪費して過ごすことに苦痛を感じなかった。ただただやりたいことをやって楽しんで生きていた。


 あぁ、昔に戻りたい……


 ここのところそう思いをはせてしまう。いや、最近に限ったことではない。頻度が……って話。


 思わずあくびをかみ殺す。目に浮かんだ涙をぬぐうのでさえ億劫だ。


「こういうのは……」


「いやそれなら……」


「っ! もっとよく考えてから……」


 だんだん熱を帯びていく会話は右から左。いや、左から右? 私は右利きだから右から左かもしれない。


すい!」


「水さん!!」


「……はぁ」


 私を呼ぶ声が聞こえる。しかし、どうでもよかった。


 耳は遠くなって瞼が重いし、これは良い睡眠がとれる合図だ。


 欲望に忠実に従って目を閉じれば瞼の裏に草原が広がる。一匹二匹、羊も見えた。私はかわいい羊たちを目で追って、羊がこっちに……こっちに?


「うっ……おわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 ガタンッと椅子を倒して立ち上がった。勢いよく目が覚め、急に立ち上がったせいで頭痛が襲う。


 何なのだ。さっきは気持ちよく眠れそうだったのに。羊のやつめ、肉にしてやる。


 自分でも理不尽だと自覚しながらも羊にへイトを向けることで気分を上向きに――というところで私に注がれる視線に気が付いた。


「み、みんな聞いてよ! 羊の、羊の群れが私に向かって走ってきてさ!!」

 いやー怖かった。かわいい羊でもたくさんせまってきたらビビるビビる。


「でね、その羊が……」

 そういって皆を見ると、程度の差こそされ複雑な表情を浮かべている皆と目が合う。


「ちょっともくちゃん、おでこにシワなんてよせてないでよ。戻らなくなっちゃう。それにほかのみんなも、なんかあった?」

 頭痛は既に収まっており、反動で元気が有り余っている。ごく短時間の仮眠は不自然なほどに気分が良くなる。人体精体の不思議。




 「痛い……」

 殴られたらしい。らしいというのは殴られた瞬間が分からないから。気づいたら外で寝転がっており、土と血の味が口内でパレードしている。


 観客の私が不快感を感じているので、次回の講演は中止だ。


 何の気なしにそのまま空を見上げぼーっとする。しばらく寝転がっていると小精霊が飛んできた。私の顔の前を飛んで飛んで飛んで、鼻をちょんちょんと叩く。


 そしていなくなった。なぜか帰りは走ってった。


「よいしょ」

 地面と戯れるのも飽きてきたので立ち上がり、ローブとスカートについてしまった土を払う。


 あくびはもう出そうにない。仕事をする気になってきた、気がしないでもない。


「……」

 右を向くとそこには私たちの家が目に入る。窓ガラスが割れてあたりに飛び散っており、おそらく木ちゃんが私で割ったんだと思う。


 そう考えると背中が痛くなってきた。今にして傷が出来た気がする。訴えれば勝てるのでは。


 許せぬ。しかし、私は自分でも思うほど律儀に窓の下まで行って散らばった破片を拾う。多分拾わないと木ちゃんに怒られてしまうし、怖いから。


 まぁまぁの時間をかけて破片を拾い切り、けだるい気持ちのまま扉を開けて三人がいる部屋に戻る。


「ジーナ、ちょっと」

 紛糾する話し合いから一歩引いたところに立っている執事を呼び寄せる。


「なんでございましょうか、賢者様」

 ジーナは白髪白髭で見た目の通りの執事。いつも私たちのサポートをしてくれる。


「いまどんな感じ?」


「まだまだ終わりは見えませぬな。しかし――」

 ジーナによると会議はまだまだらしい。ただ、私が気になったのは言いよどんだところ。

「しかし?」

 問いかけなおしてもジーナは気まずそうに口ごもるだけ。


「しかし?」

 もう一度、さっきよりも圧を込めてそう口にした。


「その、賢者様がお戻りになられても……」


 ……うん?




「ようこそ、観光都市クアッドへ! 王都ほど大きくはないけど王都にも負けないよ!」

 私はさぼり……もとい、昼休みにやってきた。


 およそ、20年くらいヒト換算二か月の予定。

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