タロウのラーメン探訪 セカンドライフは寮母さん異聞 無ければ作ればいいじゃない

今卓&

郷愁という名の渇望そしてラーメン

”ラーメン喰いたい”


敵陣に切り込みながらタロウは突然の強い執着に心を捕らわれた、次々と襲い来るゴブリンを切り裂き、蹴り飛ばし、弾き飛ばした、ふと気づくとゴブリン共の足は止まりタロウの周囲には空間が広がっている、タロウの身体はゴブリンの返り血で真っ赤に染め上げられ手にした刃からは滴る音が聞こえる程に真っ赤な液体が零れ落ちていた、胸に抱くミナの顔を見る、このような状況でもしっかりとタロウの左胸に貼り付いて目をギュッと瞑っている、タロウがそうするように言った為だ、タロウは優しくミナを見詰める、もう少しそのままでいてくれ、さっさとすまして宿舎に戻ろう、そしてラーメンを食べよう・・・タロウはそこまで考えて自身がラーメンに憑りつかれた事に気が付いた。


それから暫く、タロウとミナの奇妙な冒険は続いた、タロウは常に最前線に立ち、ミナは常にその胸に抱かれている、友人と言える仲間も出来た、クロノスに、ゲインに、ルーツ、ユーリ、そしていつの間にやら恋仲となったソフィア、冒険者として傭兵として戦場を渡り歩いた。


そんなある日、


「だから、ミナの事を考えればここに預けていくのが一番よ」


ユーリは激しくタロウを責める、


「いや、だから・・・」


タロウは困った顔でソフィアに助けを求める、しかし、ソフィアも心情的にはユーリと一緒であるらしい、悲しそうな顔でタロウを見る、


「でも、世界で一番安全な場所だぜ、ある意味さ」


普段寡黙なゲインがボソリと言った、


「そうだな、ゲインにしては良い事いうじゃねぇか」


ルーツがゲインの肩を持つ、


「クロノスはどうなのよ」


一人沈黙する長身の男にユーリは意見を求めた、


「うーん、タロウとミナの問題だと思うよ、それに、まぁ、タロウがやる事は概ね良い結果になるからなぁ」


見た目に反して覇気の無い声である、


「なら、ミナに決めてもらいましょう、ミナ、どうするの?」


ユーリはタロウの胸元に蝉のように貼り付くミナを見る、どうするのと言われてもミナはまだ2歳程度の幼児である、どうするも何も決断できるとは思えない、


「ユーリ、みんなの言う通りよ、私も預けていった方がミナの為とは思うけど、タロウさんの言う事も一理あるとは思うし・・・」


怒りで顔を真っ赤にしているユーリをソフィアは宥めようと声をかける、


「それに無理に離そうとすると、また泣いちゃうわよミナちゃん」


ユーリはタロウの胸に片頬をつけて涎を垂らし安心したようにしがみ付くミナを見詰め、フンと大きく鼻を鳴らしてソッポを向いた、タロウは収まったかなと思いつつ、ある感情を思い出す、


”ラーメン食べたい・・・”




「では、ミナの事任せていいか?」


「そのつもりよ、アナタこそさっさと帰ってきなさいよ」


「勿論だ、君とミナがいる所が俺の居場所だからな、それ以外に無いよ、この世界には」


タロウはソフィアの肩を抱き締めた、タロウとソフィアとミナは魔王討伐後、便利屋件冒険者として嘗ての魔王城があった都市周辺を放浪していた、いまだ魔王軍の残党や残兵が多く、それらは野党となったり森を占拠していたりと周囲の人々にとっては厄介者でしかなかった、タロウ達はそれら一つ一つを壊滅したり、魔族領に逃がしたりと目立たない泥仕事

に奔走していた、そのうちにレインという名の女子が旅の仲間に加わり、ミナがタロウから離れて自立した生活を遅れる様になったのを見計らって、ソフィアはタロウに相談したのである、ミナの為にも一所に落ち着こうと。


「ソフィア、ミナとレインを頼むぞ」


ソフィアの生家に戻ったが彼女の両親は既に他界しており、兄弟もおらずその家と畑の管理は叔父夫婦に任せられていた、そこへソフィアが夫を連れて戻ったのである、放蕩三昧のソフィアが村に戻った事もそうであるが夫と子供連れである、叔母夫婦はタロウ達を厚く歓待し、村でもまた村を上げての祝言代わりの歓迎会が開かれた、村は新しい住人としてタロウとミナ、レインを迎え入れたのである。

それから半年はタロウは静かに暮らした、前世界の知識と風習に基づいて風呂を作り料理を工夫し生活習慣を伝えた、それらは当初は忌避されたがその実を知るにつれ受け入れられていった、しかし、タロウにはどうにも足りないものがあった、ラーメンである。


戦闘中に患ったラーメンへの渇望は他のどのような快楽であっても代替する事はできず、時間という忘却に縋ってみても、癒すことは出来なかった。


故にタロウは作ってみた、ソフィアを助手にしてスープ作りから始めてみた、


「えっ、煮込むって豚の骨を野菜と?骨を食べるの?えっ食べない?・・・タロウさん正気?」


「えっ、このまま半日煮込む?薪がどんだけ必要か分かってる?はぁ、見ててくれって、いや、無駄すぎるわよ」


而して、ベースとなる出汁は良い感じの豚骨出汁が完成した、だがしかしである、味噌も醤油も無い、ならばと塩ラーメンを作る事とした、塩であれば種類も多くその味も多彩であった。


今、タロウの前には、海で採れた藻塩、山で採れた数種の岩塩が並んでいる、


「え、塩を混ぜて使う?塩は塩よ全部同じよ、今日はどうしたのタロウさんホントに変よ」


愛するソフィアにボロクソに言われつつ調味を続けた、そしてスープは完成した、初めてにしては良い出来である、”これだ”とタロウは思った、タロウ特性塩豚骨スープである、黄金色に輝く澄んだスープに小さく細かな脂の鱗、かぐわしい香りが鼻を楽しませ、それと知らぬものであれば王侯貴族の食する前菜として供されたスープであると錯覚してもおかしくない代物である。


そして、麺に取り掛かる、


「麺?この小麦粉を細く切るの?折角練り上げたのに?わたしパイにするものと思ってたのにー」


またしてもソフィアからの非難の声である、しかし、タロウは負けない。


タロウは小麦粉のみで生地を練った、卵は入れない、それなりに形になった生地を薄く伸ばし裁断する、見た目は良い感じである、少々太いが手打ちストレート麺と言い張れば十分通用するであろう、そして茹で上げる、


「だから、どうしてそんな大量のお湯を沸かすのよ、えぇ、その麺とやらを茹でるだけ?なんて無駄の多い事をしているの?」


ソフィアの非難は全てまったくもってその通りなのである、この中世に酷似した異世界に於いてタロウの日本風ラーメンの制作は非常に無駄が多い調理方法なのであった、しかし、タロウは負けない、茹で上げた麺をチャキっと湯切りし、スープに沈める・・・できた、タロウは具の無い塩豚骨ラーメンを前にして感動に身を焦がす、


「頂きます」


タロウは手を合わせる、ソフィアは険しい顔をしつつも興味深げであり、ミナとレインはスープの香りに涎を垂らしている、


タロウは箸を構え麺を摘み啜った・・・、


「うん、これうどんだ・・・、凄い美味しいけど・・・うどんだ・・・」


タロウはくずおれた、ラーメンじゃない。


ラーメン風うどんはソフィアとミナとレインには大好評であった、うん、美味しいからね、でもラーメンではない。


そしてタロウは旅立つ事にしたのだ、ラーメンに必要なもの、それはかん水である、天然のかん水を求めてタロウは各地を放浪する事になった、愛するソフィアも愛するミナも置いて、彼女達に旅の真の目的は話していない、ただ、俺はそういう人間だと言っただけである、ソフィアはそれで納得したらしい、ミナは泣き、レインは笑っていた。


やがて、タロウは見付けた、天然の重曹を、それはかつての主戦場のあった山の麓、断層が剥き出しになっており一際白く輝く地層にタロウは目を奪われた、勘が告げたのだ、これだと。

早速、鑑定作業に入る、結果は上質な重曹であった、不純物も少なく食用も可能、素晴らしい発見である、


「これだよ、これがあれば」


タロウは得意の収納魔法を展開し小麦粉を取り出すと、重曹と塩を溶かした液体で麺を練った、そして一晩寝かせる、


「やっと、やっと、ラーメンが喰える、ラーメンが喰える」


その晩、崖の下にテントを張ったタロウは輝く星々を眺めながらラーメンの味を夢想するのであった。


翌日、早朝からお湯を沸かす、限界であった、ラーメンへの渇望は限界であったのだ、ボコボコと沸き上がるお湯を見詰め、収納魔法を展開し作り置いていたスープ類、具材類を取り出した。

そして麺を裁断する、ギュッと揉み込みちぢれ麺にした、俺の塩豚骨ラーメンにはちぢれ麺だ、ラーメンと言えばちぢれていなければ。


具も考えていたのだずっと、この重曹を見付けるまでに、長かった、この異世界で最高のラーメンの具を、それはやはり肉である、それも上質の天然の猪肉、その肩ロース、醤油は無い為に塩で下味を付けワインと生姜で煮込んだ、そしてそれを贅沢に分厚く切る、そして焙る、さらにゆで卵だ、これも半熟でなければならない、そして味付け卵でなければならない、ここにも醤油が無いのが悔やまれる、がしかし、俺特性の塩豚骨スープで煮込んだ、きっと合う筈。


落ち着こう、まずは作り置いた塩豚骨スープを仕立てる、温めた木製の椀に特性スープを並々と注いだ、そして麺を茹でる、タップリのお湯の中で麺が舞い踊る、じっと見詰めてここだと気合を入れて麺を上げた、チャッキとお湯を切り素早くスープに潜らせる、さっと麺を整え、煮込み肉、半熟味付け玉子を添える、出来た、出来たのだ。


タロウは箸を構える、麺を掬いあげ、啜った、2度3度咀嚼する・・・、


「美味い、これだ、ラーメンだぁー」


やっとこの渇望を埋める事のできる料理を口に出来た、心からの思いは叫びとはならずただ静かにタロウの口から押し出されるように周囲を震わせた。


そしてタロウは貪り喰った、早朝の爽やかな大気の中、巨大な崖を背にして、野性の生物達が不安気にタロウを警戒する中、タロウは喰い続けた、そして椀に口を付け大きくあおる、完食した、スープも残さず。


「美味かった、美味いラーメンだった」


タロウは大きく息を吐く、


「うむ、タロウ特製塩豚骨ラーメン、重曹バージョン完成だな」


タロウは満足して大きく頷く、身体の中にかつてないほどのエネルギーがのたうっている、幸せだ、この手足の先まで満たされた暖かい感覚こそが幸せというものなのか、


「げふぅ」


誰に遠慮する事も無く巨大なゲップを鳴らした、しかし、その瞬間、タロウは新たな疼きに気付いた、それは小さく小刻みに揺れている、これは何だ?タロウは目を瞑る、自身に語りかけた、そうかまだ足りていないのか、


「次は、やはりかん水バージョンだな、それと醤油だ、さらに、味噌もか、海苔、シナチク、ほうれん草、スイートコーン、もやし・・・」


タロウは満面の笑顔を浮かべる、晴れ晴れとした中にさらなる野望を秘めた優しくも恐ろしい笑顔であった。


そしてタロウは立ち上がった、新たなラーメンを求めて。

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